(38)有馬家リビング②

「疲れる話で申し訳ないんだけど、話は終わっていないよ。授業が終わった後、晃君と佐智さんが帰宅途中に暴力団組員に襲われた。ああ、でも心配はいらないよ、晃君や佐智さんが、怪我をしたり連れ去られたりしたわけではないから安心して。」


 晃達が襲われたと聞いて、涼子や薫、晃に対して冷淡な基隆でさえ顔を青褪めさせたが、怪我をしたり連れ去られたりしてないと言うので、皆、安堵の吐息を漏らす。


「だけど、その時、組員は16人も居たそうだ。おそらく遠山幹の指図で、晃君と佐智さんの口を封じようとしたんだと思う。調査会社の方で暴力団組員と断定できているのは、組員を率いていた男が、黒水組内で、汚れ仕事を請け負っていると噂がある、それなりに顔の売れている玉置と言う男だったかららしい。 」


 なぜそんな状況で虎口を逃れ得たのか?例のテレポテーション?を使ったのだろう。一同が同じように考えて、崇の次の話を待つ。


「残念だけど、テレポテーション?を使ったわけではないよ。僕はこの話を最初に聞いて、何でもありだなと思った。端的に言えば、助けが来た。全身が羽毛で覆われ、背中に鳥の翼がある女性が空から現れて晃君達を助けた。その翼のある女性に、暴力団組員の1人は、殺害され、残りの15人は廃人にされたらしい。これまての経緯を考えると、晃君の関係者なんだと思う。天使か守護者か、はたまた使役獣か何か判らないけどね。ああ、調査会社が撮影した動画があるので見る?これ。」


 遠目から撮影された動画には、空から現れ車をめちゃくちゃにし、暴力団組員もめちゃくちゃにして去っていく翼のある女性の映像がしっかり記録されていた。破壊の方法は判らないが、翼を羽ばたきする度に何かが破壊されている感じだった。何というか、特撮の怪人のようだ。


「 。。。どんどん日常が破損して行く気がするわね。」


 代表して涼子が感想を述べた。


「まあ、そうだね。当初は晃君の身を案じていたのだけれども、この様子であれば、彼は全く大丈夫だろう。逆にうちの方が不安なくらいだけれども、基本的に晃君との繋がりが露見し、且つ、余程のことが無い限り問題は無いと思う、、、!?」


「バサッ、バサッ 」


「ガタ!ガダ、ガタガタ!!」


 激しい風音がベランダのサッシを叩き、ガタガタと音を立てたのにびっくりして、一同がベランダの方に目を向けると、磨りガラスの向こうに大きな人影が降り立った。侵入者かと驚きながらも、誰も対応出来ないうちに、すり抜けるようにその人影はリビングに立っていた。サッシが動いた様子は全く無い。


 驚いたことに、その人影は人間ではなかった。天井が少し高めな3mの室内にあって、天井が低く感じる。身長は2mほどだろうか。磨りガラスごしのシルエットだけならば、大きな人間と見えなくもなかった。しかし、実際に目にする姿には、禍々しい角があり、異様に幅広い口に、明らかに肉食獣の鋭く尖った歯、折畳まれたコウモリのような翼や、のたうつ五本の尻尾があった。その姿は悪魔か悪鬼羅刹。正に異形の存在。到底人間とは思えなかった。何より視線を向けずともねっとりと体感できてしまう、溢れ出し、叩きつけられる恐怖の波動。それが、尋常でない存在だと知れた。


 その存在から漏れ出す恐怖の波動と、なぜそんな存在がここに居るのかとの困惑に、為す術もなく固まっていた有馬一家だったが、誰もが頭の片隅で晃のことを思い浮かべていた。これも、晃関係なのかと。そんな有馬家には頓着せず、異形の存在は跪き、手の内にあったものを、そっと降ろした。


「着きましたよ、恵姉さん。 」


 異形の存在が、床に降ろした毛布から、恐る恐ると言った態で恵が顔を覗かせる。


「「「恵!?」」」


 驚愕する家族が、慌てて恵に駆け寄る。異形の存在の間近だが、基隆と崇は恵を背に異形に正対しつつ、涼子と薫は恵をかき抱き、皆が異口同音に「 大丈夫か!?目が真っ赤だ!!?いったい何があった????」と言っている。もちろん、じわじわと後退ることも忘れ無い。


 セレブリティについて、自分勝手で、人を人とも思わない、家族で骨肉の争いを行う様な、どうしようもない人間達。と、庶民的で割と一般的?な偏見をもっていた晃は、ごく自然に庇い合う有馬の家族に非常に感動した。家族に縁が薄い人生だった為に余計であり、嫉妬すら覚えた。


「う、うぇ〜ん、ご、ごわがったよ〜!!!」


 家族に囲まれ、怖い思いから本当に開放され、安心したのか、激しく泣き出す恵。脇目も振らずに泣き喚き、家族にしがみつく。


 しかし、家族にしてみれば、まだ安心出来るような状況ではない。直ぐ目の前に、恐ろしい異形の存在が居るのだ。


「あ〜、ええと、大丈夫です。安心して下さい。こんななりですが、僕です。晃です。襲ったり、取って喰ったりしませんのでご安心下さい。えっと、2週間ぶりですね、ご無沙汰していました。あ、崇兄さんは、初めましてですね。」


 激しくしがみつき泣きじゃくる恵を抱え、じわりじわりと後ずさっていた有馬家の面々が固まる。


「は?」


「あ〜、そうですね。意味が判りませんよね。判ります。もちろん判りますが、そこは、そう言うものと諦めて下さい。取り敢えず、今回のことについて軽く説明します。」


 恵はまだ泣いており、家族はまだ固まっているが、晃は構わず話はじめる。


「恵姉さんは帰宅途中に、半グレ数人に車で拉致され、乱暴されそうになりましたが、僕が半グレ共を排除して連れ帰りました。恵姉さんは少し殴られて痛い思いもしたようですし、そうとう怖い思いをしたと思いますが、最悪の事態、乱暴されることは防ぎましたから、その点は安心して下さい。」


 晃の話で少しほっとしながらも、殴られ、怖い思いをした話に反応して「な、何にぃー!」と、基隆が激しく叫ぶ。涼子はもちろん崇、薫も怒りを見せる。


「お怒りは御尤もですが、問題ありません。彼奴らには、きっちり命をもって償いをさせましたから。」


 そこでまた固まる有馬家の面々。少しグズるぐらいには落ち着いてきた恵に、薫が「 恵、い、今の話は本当なの?命をもって償った。て言うの。」とボソボソ聞いている。恵が鼻をすすりながら、頷き、「ず、ずずっ〜。た、多分。1人は遠くに蹴り飛ばされて、落ちる時にゴキッとか言ってたし、他は尻尾で持ち上げられて叩き付けられてグチャって潰れてた。」と擬音入りで解説した。「うっ」と唸り、黙り込む一家。


「ああ、念の為に言いますが、加害者が死んたからと言って、有馬家の貴方達が後ろめたく感じる必要は一切ありません。全て僕の責任であって、僕は自分のルールで生きることにしているので。それに、この件は、僕にも責任の一端があります。もちろん実行した者、画策した者にほぼ全ての責任があるのは当然ですが。」


 画策と言う言葉に基隆が反応する。


「あ、晃。画策とはどういうことだ?偶発的なことじゃあないと言うのか?」


 特に隠す必要はないと考えている晃は、素直に答える。


「指定暴力団銀杏会系黒水組に、田所と言う偏執狂が居て、いや、職業的非合法工作員かな?まあ、その田所が、遠山幹と言う最悪の人間からの依頼で、僕を殺そうとしています。一度は依頼を断ったりしていますが、結局受けざる得なくなり、その過程で僕と有馬家の関わりに気付き、この手札を有効利用しようとした結果が今日の出来事と言うことです。まあ、不測の事態に備えて、恵姉さんを自分達の言いなりにしておこう。その程度の話です。セックスと暴力、薬物で成そうと言うのは、全く噴飯物で、最終的には恵姉さんを含めて関係者全員、証拠を消すために殺すつもりだったようですが。阿呆かと。先程、崇兄さんが僕の調査報告をされていたと思いますが、その中で出てきた通り、遠山幹とそれを取り巻く人間は、常軌を逸しているのは明白でしょう。有害なだけなので、排除するつもりです。」


 どういうことかと問うたは良いが、あまりの現実離れした非道い話に、常識人の基隆は二の句が継げなくなった。どんな理由があれば、他者の殺害を教唆したり、面識もない人間を、不幸のどん底に突き落とすような指示が出来るのだろうか。


 崇は、晃の口から調査報告の話が出てきたのを聞いて苦笑しつつも、簡単には有馬の家に結びつくことは無いと根拠もなく楽観していた不明を恥じた。


「何れにしても、彼らはもうおしまいです。その点はご安心下さい。僕が責任を持って滅却しますので。それに、今後、今回程度の話であれば、恵姉さん単独でも対応可能なように、強化を実施させてもらいましたので、その点も安心下さい。」


 今度は、ある程度落ち着いた恵自身も含め、家族全員が反応する。


「「「「き、強化??」」」」

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