(37)有馬家リビング①

 稟議書のチェックをしながら、先々週の家族会議について思い返していた基隆だったが、恵が友達と買物に行くと言っていたのは、今日だったはずだと気が付いた。結局、翻意させることは出来ずに、学校の帰りに買物に行くことを容認した。この2週間何も無かったので、問題ないだろうという空気にもなっていた。


 そんなことを基隆が考えていると、リビングのドアが開いた。先に反応したのは隣でお茶を飲んでいた涼子だ。


「あら、崇。早いわね。 」


「うん。まあ。。。」


「どうしたの、浮かない顔をして。」


「晃君の話。薫は今日は在宅だよね。今、手が離せるかな。離せるなら話をしたいんだけど。」


「何か良い話じゃあなさそうね。ちょっと待ってて、呼んでくるから。」


 家族四人がリビングに集まった。次女の恵は友人と買物に行くと言っていたので、まだ帰っておらず、恵抜きで話をはじめた。崇の表情からあまり良い話ではない感じだが、あの晃のことらしいので、どの程度の話なのか皆測りかねていた。


「ほぼ学校内の話なので、調査会社も中々調べるのに手間取っているみたいだ。一見、学校と家との往復しかしていないように見えるので、それ以上のことを調査会社に求めることは出来なかったよ。」


 それはそうだろう。テレポテーションか、転移か判らないが、何らかの力で他の場所に移動出来るはずだから、移動先の動向を調べろ。とは言えないだろう。


「現段階の報告によると、彼はその、、、随分前から、かなり陰湿なイジメを受けていたらしい。高校生になっても、そんな馬鹿なことをする連中が居ることに驚くけど、イジメを受けてクラスでも孤立していたらしいね。触らぬ神に祟りなしといったことで。酷い話だよ。で、例の倒壊事故があって、何日か休んでいたんだけど、ウチに来た次の週から久々に登校したみたいだ。そこで、イジメグループの一人に早々に絡まれ、、、相手を病院送りにした。何でも身長が180cmもある少々太めの少年の首を片手で鷲掴みにして吊り上げ、痙攣し始めるまでブラブラさせていたと報告書に書いているね。教師に止められたので、残念そうに放り投げたと結ばれてる。」


 最初、基隆は愕然とした表情になり、涼子や薫は痛ましそうに聞いていたが、ブラブラの辺りで目が点になっていた。


「晃君の話なら、冗談ってことは無いわよね。」


 諦めたように言う涼子に頷き、崇は話を続ける。


「その後も懲りずにイジメは続いたらしいんだけど、晃君は実質実害の無いものはスルーし、実害が有りそうなものは手痛いしっぺ返しで対応していたみたいだ。」


 気のせいかもしれないが、崇の目には基隆が安堵しているように見えた。崇にとって、基隆の晃に対するスタンスは謎だ。


 支援の手配などを行っていた、秘書室の清水によれば、可愛がっていたようには見えないものの、虐待していたわけではない。血の通った育児という意味ではネグレクト気味かもしれないが、支援は必要以上に与え、定期的に会ってもいたようだった。そう言う意味では基隆世代の普通の父親とあまり変わらない親子関係とは言える。


 父母の間で折り合いがついているのなら、既に成人して久しい自分が何も言うつもりは無かった。実際涼子は、『まあ、時効としてあげますかね。 でも基隆君、しっかり反省してね。』とか軽く言ってのけていた。なので、このことは自分の中でのささやかな疑問のまま置いておくつもりだった。


 妹達のスタンスまでは判らないが、多分、薫は崇と似たようなスタンスだと思うし、恵は深く考えていなさそうなので、何れも問題ないのでは無いかと考えている。


 こんなことを話の最中に思うのは、ある意味現実逃避なんだろうなと思いながら、崇は話を続ける。


「そして、昨日のこと、話は急展開した。まず晃君の姉と称する女性が、同じクラスに転入した。もちろん薫や恵じゃあない。一応聞くけど、父さんは晃君のお姉さん、佐智さんという名前らしいけど知ってる?」


 驚いた顔の基隆は、寝耳に水と言った感じで、首を横に振った。頷きながら話を続ける崇。


「支援など、色々手続き関係もやっていた秘書室の清水にも確認したんだけど、住民票にもそんな記載は無いし、これまで少しでも存在を匂わせるような出来事も無かったと言っていた。しかし、その場で晃君は、特に否定しなかったみたいだ。まあ、この佐智さんが何者かは置いておこう。その彼女が、晃君に対する執拗なイジメを主導していた生徒に対して、爆弾を落としたんだ。」


 そこで、また言葉を止め、基隆に目を向ける。


「因みに、イジメを主導していた生徒だけど、僕は一度、父さんは何度か会ってると思う。母さんや薫は多分知らない。名前は遠山幹、遠山興業の社長の息子。父さんは、あそこと結構懇意にしてるみたいだけど、全くもって最悪な巡り合わせだよ。」


 基隆は確かに遠山興業とは懇意にしていた。通常の取引はもちろん、それ以外でも、結構リスクがある取引も行う程度にはビジネスパートナーとして信頼している。社長の遠山とはプライベートでも交流があり、何度か遠山に誘われて、遊行を共にしたこともあった。


 晃にイジメを行っていた主犯が、遠山社長の息子と言うのは驚いたし、腹立たしいことには違いないが、婚外子であるため基隆の実子であるとは知りようもなく、敵対の意図があったとも思えない。何れにしても、しょせんは16歳の少年がすることなど高が知れているというのが正直なところだった。


 だか、崇は最悪の巡り合わせと言っている。どういう意味なのか、そういう意図を含めて、基隆は崇を見た。


 崇は話を続ける。酷く不愉快そうだ。


「遠山幹は、ここ最近かなりイライラしていたらしい。原因は、良いように甚振れる玩具とみなしていたはずの晃君に、逆に軽くあしらわれていたからだと、情報収集に協力してくれた生徒達が言っていたようだよ。その日も、相当イライラしていたと証言にあった。晃君の姉と称して転校してきた佐智さんが、無理を言って晃君の横の席を確保しようとしたことに腹を立てて、状況的に遠山幹は全く関係が無いのにも関わらず、佐智さんに噛みついた。それで溜飲を下げるつもりだったみたいだけど、逆に取り返しが付かない事態になってしまう。」


 取り返しが付かないとは全く穏やかじゃない。晃をイジメていたことに、その佐智という娘が腹を立てたとしても、口喧嘩になる程度だろう。刃傷沙汰でもおこしたのだろうか。そんなことを考えながら、基隆は、崇の話を聞いていた。


「佐智さんは、言われたら言われっぱなしにはならなかった。極めつきのクズと嘲笑しながら、遠山幹の悪行を暴露しはじめたらしい。最初はイジメの常習犯であることを暴露した。だけど、それはまだ良い方だった。続けて暴露されたのは、殺人教唆が2件、拉致監禁が1件、傷害致死が1件、障害致傷が多数と言った明らかな犯罪歴だったんだ。そんな人間が何故大手を振ってここに居るのか判らないと、佐智さんは自問し、実はそれも調査済みで、親族のヤクザに証拠隠滅してもらってるからだと、わざとらしく自答して嘲笑ったそうだ。その言葉の端々には、遠山幹に対する憎悪が、隠しようもなく滲み出ていたらしい。当然、遠山幹は、荒唐無稽だ、誹謗中傷だ、訴えてやると、真っ青になって反論したが、晃君を殺害する依頼を白水会の田所と言う男に断られた動画があるが見るかと言われて、顔面蒼白で教室から逃げ出したそうだよ。全く信じがたいが、事実だったんだろうね。因みに白水会って言うのは、指定暴力団の銀杏会黒水組の中にある組織らしい。本当に存在する。詳細は判らないけれど、海外にある民間軍事会社の日本窓口で、非合法な仕事を請け負ってくれるとの噂があって、そこのトップが田所と言う名前らしい。実際、白水会の代表は田所という人物だというのは、本当のことだった。後、遠山興業は銀杏会と太いパイプがあると言う噂も確かにある。」


 今の話は、本当に高校1年の少年についての話なんだろうか。札付きの半グレでも、もう少し経歴が綺麗な気がする。しかも、子供のイジメの話だったのにヤクザの中に潜んだ、非合法組織の話に変わる意味不明さにクラクラした。間違いなく家族で同じ思いを共有していると皆が思った。


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