(36)2週間前の家族会議②

『、、、薫、冗談を言ってるのか?』


「いいえ。真面目に話してるわ。」


『、、、げ、幻覚を見せられた。とか。』


「ああ、有り得なくないかもね。でも、要求したのはどうやって家の中に侵入したか教えろって話。幻覚を見せるだけなら、扉の外に移動する幻覚で十分じゃあ無い?音も匂いも場所がそんなに変わらない分、気にならないから。」


『、、、西山町の家には音も匂いもあったと?』


「そうね。あそこは近くに中学や高校があるから運動部の掛け声とかうるさいくらい聞こえてたわ。道は細いけど車の往来が多い場所だから、排気ガスの匂いが結構きつかった。ああ、山も近いからか、私はあそこで蚊に喰われたわね。」


『、、、Really?』


 崇は冗談に紛らわせたかったのか、英語で聞いてきたが、薫としては別に面白くもないので、日本語で「本当。」と、短く答えた。


「大体の話は共有できたかしらね。家庭崩壊の危機くらいなら、落とし所の目処も立てることは出来たと思うんだけど、これはちょっと対応の仕方が判らなくて困ってるの。対応を誤ると大変なことになるんじゃあないかと思っているんだけど、崇はどう思う?」


 概ね話が通ったと思った涼子が、色々細かい補足を加えた上で崇の意見を聞いてきた。振られた崇は困惑顔だ。


『。。。今しがた、このぶっ飛んだ話を聞いたばかりの僕に、それを聞くってのはどうなの?まあ、これまでの話がドッキリやモニタリングじゃあ無い前提で、聞き齧った状況だけて話せば、マンション倒壊が原因なのか結果なのか判らないけど、倒壊前後で何かあったのは確実だろうね。それを機に僕の異母弟は何か得体の知れないものに成ったのか、代わったのかしたんだろう。多分だけれども、得体の知れないものに成ったんだろうね。別物に代わったとしたら、ここに来る理由なんか無い。金が欲しいなら銀行の金庫にでも行けば良いし、人間が喰いたければ、その辺で拾い喰いすれば良いんだから。ここに来て繋ぎを付けたってことは、力は得て前とは変わったけど異母弟は異母弟ってことなんだと思う。で、父さんのことだから、いたいけな異母弟に対して、ずっと圧迫面接みたいな態度だったんだろ?だから、父さんに対する恨み辛みが無い感じではないけど、だからといって、力を得て復讐しようと思う程ではない。或いは、得た力が頭に登った血を冷ます方向に作用する系だったってことも有り得る。何れにしても、世話になったことに対しては素直に礼が言える程には冷静で、常識的ということなんだと思うよ。ありがたいことだね。そして、見せた力は、テレポテーションとリペア?する力?何れも原理は全く不明だけど、センセーショナル過ぎる力なのに出し惜しみしないところが、本人にとっては大したことでは無い証なんだと思う。だからまだ出来ることは有りそうというのは同意かな。ああ、遺伝子エラーの修正が簡単という口ぶりだったんだよね。普通に考えて、そんなに簡単な話で有るはずがないのに、そんなに自信満々ってことは、超科学を有した宇宙人にアブダクション(拉致)されて、スポークスマン的な何かになった可能性があるね。うん何かしっくりくるよ。事故が起こって、宇宙船があのマンションの辺りに不時着し、偶々居合わせた異母弟がスポークスマンに選ばれて、改造的な手法で不可解な能力を得て、性格も変わった。無くはないな。どう?』


「倒壊事故について、宇宙船が墜落したとか、アブナイ人が不謹慎な話をしているとも取られかねない憶測は控えなさい。何人も亡くなっているんだから。そういう想像の域を出ない話は不毛だから、もう少し材料が揃ってからね。少なくとも今の時点では結論は出ないでしょ?そういった諸々の不可解な可能性がある中で、晃君の件について、どう対応するのが良いのかと言う話がしたいの。」


 饒舌で上っ調子な息子にいささか呆れながら、涼子は、どう思うか問うた意図を話す。


『ああ、なるほど。そういう話なら、今の段階ではこちらからの接触は避けるべきだと思うよ。聞いたようなことが出来るのは異常なことだし、過去に兆候もなく急に出来るようになるのは、異常を通り越して危険だ。危険を承知で近付いて一攫千金?を狙うのは勝手だけど、そうでないなら近付くべきじゃあない。父さんが話してた、人が変わったと言う話も同じことを示唆してると思うね。彼は彼であるとしても、元の彼とは全く同じじゃあない。確実に断絶がある。その断絶は、不可解で、異質で、相当危険だと思う。そう考えておいた方が安全だよ。』


 基隆は微妙な表情だ。今回のことを消化しきれてないのだろう。涼子は安全サイドを考えれば、まあ順当と言う感じだろうか。薫は判ってはいるけれど不満が有ると言った感じ。恵は只々不満。と皆それぞれスタンスは違う様子だった。

 

『逆に晃君からの接触があった場合は、ちょっと難しいかな。理も非もなく拒絶なんかは論外だけど。そうだな。。。話の中で晃君は家に侵入した方法の説明が面倒臭いと言っていたよね。それはきっと、理解を求める気が無く、判ってもらう必要が無い。理解を得る労力なんて無駄。と言うことなんだろう。だけどそれなりに不愉快な相手の父さんに対して礼を言いに来たし、薫や恵のミーハーで変態な申し出も前向きに検討すると言った。つまり彼の立ち位置は、『面倒なことをしてまで他者の理解を得たり、繋がりを持つ必要はない。』『だからと言って礼儀を失してまで他者との関係を忌避しない。』『恋愛も含め、人間関係に禁忌忌避事項は多く無い。』と言ったスタンスってことだから、決して相談出来ない相手じゃあないと思う。向こうからのアプローチなら尚更。あまり回りくどくなると、面倒がられて忌避されるだろうから、ストレートにお願いする。血縁とは言ってもまだ晃君のことを良く判ってない。だから他の家族と一緒に話を聞かせて。礼を失しない彼は受け入れてくれる可能性が高いと思う。』


 『ミーハーで変態』のくだりで、薫と恵が目を剥いて崇を睨んだが、口を挟んだりはしなかった。崇は続ける。


『常識の埒外の存在が家族の前に突然現れ、急遽この家族会議が召集されたようだけど、埒外の存在が異母弟と言う予想外の展開。こう動いてくれるはず、ああ動いてくれるだろうと期待して対応を検討せざる得ない、甚だしく不本意な状況。内容的にも感情的にも、他に持って行き先か無いから家族で対処するしかない。しかし、、、どうかな?考え過ぎかもしれないけど、身辺警護的なサービスの契約をしたほうが良くない?もちろん、マンションは警備保障が常駐しているし、恵の行き帰りは送迎のサービスを付けているけれど、それとは別にオールタイムの身辺警護を付けることだって可能だ。安全サイドを考えれば有りと思うんだけど。』


 一瞬、びっくりしたような顔をした基隆が、次には渋い表情になった。申し訳なさげに涼子の方を向いて幾許かの時間目線で話し合い、結論は涼子の口から出た。


「そうね、そういったことも考慮する必要はあると思うけど、晃君自身には、私達を害する気持ちは無いように見える。今回も暴力的な何かがあって、家族会議に至ったわけではないしね。もし、それをやったとして、そのことが彼の知るところとなれば、関係がこじれて修復不可能になる可能性があることのほうが気になるわね。少なくとも現時点では、信頼感の醸造を目指したい。だからその話は次の段階に持ち越ししたいのだけど、どうかしら。」


 涼子の言葉に少し失望した素振りを見せた崇だったが、気を取り直して頷く。


『あ〜、まあ仕方ないか、端からディフェンスを用意されちゃあ、晃君だって気分が悪いよね。判ったよ、じゃあそのオプションは、取り敢えず止めて他のことを検討しようか。とは言っても他で出来るのは調査位だから、父さんと母さんは、ホールディングス傘下企業なり、不動産の調査部なり使って晃君のことを改めて調べてみてよ。僕は僕で懇意にしている外部の調査会社を使って調べるから。ダブルチェックしよう。』


 基隆は今度は表情を変えず、ちらりと涼子の表情を見た後、崇に向かって軽く頷いた。涼子に『時効と言えなくも無い』と言われ、謝罪と感謝を表した後、殆ど意見を差し挟むことなく、表情と仕草で意思表示するに止めている。おそらく、自身は極力意見を差し挟むべきではないと考えているのだろう。


 崇は妹達にも目を向ける。薫は、「まあ、仕方ないわね。」と言いって頷き、恵は、「え〜?身辺警護って何で〜?調査って?何調べるの〜?」などと言っている。


 崇は恵の言葉はスルーして『じゃあ、そう言うことで手配しとく。』とまとめた。スルーされた恵はブーイングしきり。


『それから、僕はしばらくの間、ここから出勤しようと思っている。こう言う、いろんな意味で有り得ないことが起こっている時は、出来るだけ家族が一緒にいた方が良い気がするからね。薫はどうする?問題無いなら薫もそうしたほうが良い。あと、僕は仕事柄無理なんだけど、もし可能なら薫は在宅させてもらった方が良いだろうな。とにかく、皆、出来るだけ不要不急の外出は避けるようにしよう。』


 そこで、先程スルーされ不貞腐れていた恵が反応した。


「おニイ!来週の水曜日は、ハルカちゃんと買物に出かけるから!必要至急だから!」


 虚を衝かれた崇が渋い顔になる。


『いや、必要至急なんて言葉は無いだろ。それより念の為に、今はなるべく家に居ろよ。さっきの話は聞いていただろ?ハルカちゃんには申し訳ないが買物は別の機会にさせてもらえ。』


 そう諭すも、恵に「ふん」と鼻で笑われて、スルーされてしまった。


 それが先々週の話。

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