(33)逆鱗④

「大丈夫ですか?恵姉さん。」


 どこからか、この場の雰囲気にそぐわない心配気な言葉が発せられた。


「、、、え?」


 名指しで呼ばれた恵は、目を真っ赤に泣き腫らし、未だ滂沱と言った観だったが、異形の存在に釘付けになっていた視線を眼球だけで辺りに彷徨わせた。身動きして異形の存在に襲いかかられる愚は犯したくなかったのだ。しかし、甲斐もなく、辺には恵に呼びかけた存在は見当たらない。助けを求める恵の心が作った幻聴だったのだろうか。


「ああ、この態(なり)では判らないですね。晃です。先日お宅にお伺いした、動坂下晃です。これが一番早い方法だと言うので、取り敢えず創りたてのこの身体で追いかけて来ました。そりゃ驚きますよね、いきなりモンスターに話しかけられれば。」


 そう言いながら近付く異形の存在。信じられないことに、自分に声をかけたのが、この異形の存在であると、ようやく認識する恵。


 さらに、この異形の存在が動坂下晃だと言う話がじんわりと滲み込むものの、絶句した恵は、ただ瞠目することしか出来なかった。そんなことが有り得るの?と言う感じだ。


 恵の前まで来て跪いた異形の存在を、恐ろしさに身動きも出来ないまま、仕方なく、まじまじと見れば、面差しは確かに一度だけ会った異母弟の晃のように見えなくもない。


「あ、認識してもらえたみたいですね。何とか貞操の危機に間に合ったようですが、酷い目にあっちゃいましたね。大丈夫ですか?怖かったでしょう。でも、もう大丈夫ですよ。」


 異形の存在(晃?)が、先月突然現れた怪しい異母弟である動坂下晃だと言われても、にわかには信じ難く、近付かれることで身がすくんだ恵だったが、異形の存在(晃?)が虚空に手を突っ込み、見えなくなった手が、毛布とドリンク剤の瓶のようなものを持って再び現れたのを目にして、「え?!それって、ア、アイテムボックス?」と、ラノベやその手のアニメが人並みに好きだった恵が反応する。


「え?ああ、そうですね。似たようなものと言えばそうです。はい、この毛布、羽織ってて下さい。目のやり場に困ります。後、殴られているみたいなので、この、、、薬と言って良いのかな?まあ、薬みたいなもんなので飲んで下さい。しっかり治りますから。後は、少し待っていて下さい。ゴミを掃除した後で家まで送ります。」


 晃はアイテムボックスについて、曖昧に返事をしながら、毛布を掛け、ドリンク剤(?)の瓶を渡して、飲み干させた。ドリンク剤(?)を飲み干しながら、これはポーションなのかと問う恵に、「うん?ポーション?ああ、ポーションではないかな。でも、まあ、それなりに効果がある薬?みたいなもんです。キチンと飲んで下さいね。」などと、非常に怪しい回答をしている。一方、恵は「ポーションじゃない、、」と、少し残念そうだ。


 最悪なクライムストーリーが、いきなり恐ろしいホラーに変わったかと思ったら、ラノベテイストのご都合ストーリーの様相を呈する状況になった。現実感がどんどん希薄になっている恵だったが、どうやら恵の不幸イベント自体は中止になった様子だったので、恵は幾分か人心地ついた感じになる。


 とは言え、実際には、それほど能天気では無かった。集団レイプされそうになり、容赦なく殴打されたのは現実で、さっき迄の恵には絶望しか無かったし、そんな最悪な気分は生半可なことで持ち直さない。しかし、この超絶に非日常な異母弟は、絶望を吹き飛ばすインパクトがあった。


 すでに恵を最悪な気分にした元凶たる少年の1人は、異母弟によって強制的に退場させられた。


 ドッキリや、モニタリングでは絶対に無いと言える程に濃厚な死の気配は本物で、実際に少年は足を切断され、切断された足は、質の悪い置物のように、変色し始めた血液を纏わせながら、そこに転がっている。少年自身は、物のように蹴り飛ばされて、墜落死(?)した。


 これまで出会ったことが無く、物語の中でしか見たことが無いような、抗い難い暴力が目の前に有る。何の間違いなのか、この現実離れした暴力は、恵の手札として配られたように見える。このイレギュラーなゲームの中だけの、一時的な配布かもしれないが、さっき迄の状況で、こんな僥倖を拒絶するなど恵には出来なかった。


 恵は元の平穏な生活に戻りたい。優しい母や姉、大好きな友達の元に戻りたい。そのために、自分の異母弟だと言う異形の存在に全振りすると決めた。


 そう思い定めると、さきほどまで異形の存在(晃?)が恐ろしくて、胴震いが止まらなかったのも嘘のように治まり、人外の相貌ながら、異形の存在(晃?)が、心配気に自分を見ていることに恵は改めて気付いた。


 あの日、初めて会った、飄々とした異母弟がこの異形の存在(晃?)と同じだと言うのは未だ受け入れ難いものの、嘘をつく意味もないのだから本当と考えるしかない。それに、あの日の異母弟は初対面から非常識だった。更に非常識な体で現れただけと思い切ることにする。


「うん。さっきより全然マシになったみたいですね。じゃあ、ちょっとだけ待って下さいね。ゴミを片したら帰りましょう。」


 そう言いながら晃は恵に背を向け少年達の方に振り向いた。その顔は先程まで恵と話をしていた時の異形ではあっても穏やかな表情とは異なり、憤怒一色だった。あまりの圧に顔面蒼白になりガタガタと震えが止まらない少年達。


「お前らが、僕の身内にしたこと、しようとしたことは許されない。例え、唆されただけだったとしても関係ない。」


 運転席の少年だけ、『唆された』と言った晃の言葉に反応したが、後の二人は何のことか判らなかったようだった。田所に唆された者だろうと、唆された少年に誘われた者だろうと、行いに変わりはないのだから、行き着く先も同じだ。


「お前らの様な害悪が行く場所は決まってる。」


 晃がそう言うや否や、三本の尻尾が凄まじい勢いで少年達に向かって伸び、後部フルフラット側に居た少年二人の足を絡め取り、運転席の少年の胴体を絡め取って、容赦無く車から引きずり出した。


「「「ぎゃー!!」」」


 何処にぶつかろうと頓着することなく、破損した車両から引きずり出された少年達は、酷い状態になって尻尾の先で揺れていた。


 裂けた車体のギザギザな断面に接触しながら引きずり出されたために、至る所で皮膚は裂け、身は削れ、酷い箇所では骨が剥き出しになる程に脂肪や筋肉が剥離して垂れ下がっている。当然出血も大量で、ボダッ、ボダッと塊になって体内から失われて行っている。手足が変な角度に曲がっている者も居た。


「い、痛い、痛いょお、助けてくれよ。。」

「血が、血が、すごい血が出てる、、、は、早く、早く、医者に連れてって。」

「で、手が、動かない。な、なんでこんな、お、俺は悪いことしてないのに。。」


 それぞれ痛みの為に何か色々言っていたが、どうでも良いことだったので、晃は無視した。


「○ね。」


 シンプルな言葉を発して、そのまま尻尾を二度三度と振り上げ、地面に叩き付ける。少年達は直ぐに静かになったが、頭部が原形を留めていた者が居たので、念の為に踏み潰す。


 事を終え、返り血などの汚れは、『cleaning』で綺麗にする。


 映画の中でしか有り得ないと思うほどの凄惨な光景に、声もなく固まっている恵を、左手でヒョイと小脇に抱え、晃は軽く翼を打ち振って上空に飛び上がる。


「ひゃ?」

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