(27)襲撃⑤
「その、、、鳥のような人、鳥の人、って言うのはどんな感じだったのか、具体的に説明してもらえますか。何か器具を使って降りて来て、鳥のお面を被ってたとかなのか?まさか、、、腕の代わりに翼があって、顔が鷲だったとかでは無いですよね?」
横でもう一人の警官の宮内巡査長が、本気で聞いていますか?と言う顔で雲形を見ている。確かに有り得ない!と、主観で目撃情報を否定することは簡単だが、何を調べるにしても、現場に居た人間の目撃情報が重要であることは間違いない。その詳細を確認しないことは、それこそ有り得ない。それが荒唐無稽な話であったとしても。
「うん?いえ、本当に鳥の身体的特徴を有した人間でした。衣類とかグローブとか器具とは使っている感じは全く無かったですよ。全身羽毛で覆われた天使って感じですかね。羽の色は、風切羽と尾羽の先と冠羽の先、それと下肢が赤で、他は真っ白でした。腕と足は鳥類っぽく鱗で覆われ鉤爪が有りましたけど、顔はきれいな女性で、体型も女性の体型でした。翼は背中から生えていて、腕とは別だったですね。」
鳥の人の説明をする佐智と、驚きながら真面目にメモを取る雲形を交互に見て、宮内は忌々しげに眉間に皺を寄せ、雲形に詰め寄った。
「雲形さん。どうかしてますよ。そんなの嘘に決まってるじゃあないですか!どう考えても巫山戯てるだげですよ!」
振り返って佐智を睨む。非常に威圧的だ。
「君!さっきから嘘八百並べるのは止めろ!大怪我している人間が何人も居るのに不謹慎だろう!高校生にもなってそんな分別もつかないのか!大人を舐めるな!!!大方、どっかの半グレが被害者をリンチして、捜査を撹乱するために変な証言をするように言われたんじゃあないのか?!!素直に白状した方が身のためだぞ!!!」
怒鳴り散らされた佐智は、明らかに面白がっている表情で、自分の言葉に興奮して鼻息を荒くしている警官と、「何を勘違いしてるんだ、彼女は被害者だぞ!謝罪しろ!」と叱責する上司を見ている。
「ふー」
そんな状況の中で晃がため息をついた。何でも無い仕草であったのだが、そのタイミングで空間がギシッ、、、ギギ、ギッと軋んだことをその場の全員が感じた。
「ひ?」
警官が息を呑む。軋む、その言葉は固いもの同士が擦れあって音を出すことを表現する。家が軋むとは文字通り建材同士が擦れあって音を出している様だろうか。今は空間の許容量を超えた怒りで空間が軋んでいる。
「あ〜あ、早く帰りたいのに。」
そう呟いた佐智は、「Counterfeit scenery(ニセモノの風景)」と、怪しげな言葉を紡いだ。
言葉の感じから、他者に間違った視覚情報を与える効果があるようだ。晃の支配領域で光学情報が操作されているようなので、魔法ではなく晃由来の能力の行使なのだろう。
「いやいや、晃ちゃん沸点低すぎだよ。怒りを鎮めて、鎮めて。」
「え?怒りって?いや別に怒ってないけど?確かにちょとイラっとしたけど、なんで?」
「う〜ん、晃ちゃんの感情の動きで、本体からどんな反応があるか、なんて、前例も無くて、全く予測出来ないね〜。」
「え?それって?どういうこと?」
「今、この辺の空間が軋んだんたけど、判ったかな?判ったよね。それって、晃ちゃんの本体がこの辺の空間に不満を表明した結果なの。おそらく。」
「はぁ??そんなことあるわけ、、な、、、くも、無いね。。。。ああ、本当だね。」
自身の中を探り、その痕跡を確認し、晃は眉をひそめる。
一方、顔を真っ青にしていた二人の警官は、いつの間にか、うずくまって痙攣し始める。口からは吐瀉物が溢れ出ている。
「これ、僕の所為?」
頷く佐智。
「晃ちゃん。空間が軋むなんて異常な状況で、その空間の一部を専有する生命体が、無事でいられる訳が無いと思わない?」
そう言いながら、ビクビクと痙攣し、激しく嘔吐している、かなりヤバそうな警官達に対して、「healing(治癒)」と、唱える。
警官達の全身を覆うように光の粒子が舞う。職員室で見た励起状態の神々の残滓と同じものだろうか。何れにしろ何らかの癒しの力が働いているのだろう。
それによって死人のようになっていた警官の顔色に血の気がさし、痙攣も止まった。吐瀉物にまみれて意識も無いようだが、安定した呼吸は危機的状況を脱したように見えた。
「山崎や遠山達と絡んだ時はこんなこと起きなかったのにな?なんで?」
警官達の様子が正常に復したようだったので、少しほっとした晃は疑問を口にする。
「多分、マスターの意識と"災厄"との融和が進んだということだと思います。マスター自身が不快に思えば、それは"災厄"自身の不快であり、"災厄"が不快になれば、当然のように不快の元凶には災いが降りかかる。その時に発生する周囲への影響は計り知れません。」
一時的にリサーチの口調に戻したのは、晃が人としての生を望むならば重要と暗に示す為だろう。
晃は一瞬驚いた顔をしたが、佐智の意図に気付き、神妙な表情になる。佐智は一呼吸おいて、元の口調で続ける。
「晃ちゃんが、こういった被害を望まないなら、自身の本体に対する細やかな支配力を、強化確立するしかないよ?」
頷く晃を見ながら、「Soul Alteration(魂の改変)」と唱えると、警官達の全身を覆っていた光の粒子が頭部に集中し、粒子が点滅する。それは朝の再現だった。
「え〜〜、これは、あれ?洗脳?」
「そうよ、だって一番手っ取り早いから。」
「。。。洗脳をする理由がそれ?」
「それ以外に何が?て言うか、本当に一番手っ取り早いのは、見殺しにすることだよ。後は知らぬ存ぜぬで流しちゃうの。でも、それは晃ちゃんの寝覚めが悪いでしょ?更に治療だけして、洗脳をしないと、何で?どうやって?ってなるよ。まあ、なったって良いけど、それはそれで面倒くさいから。ここまでしとけば面倒くさいことは、ある程度回避出来るよ。」
ついでとばかりに「cleaning(洗浄)」で、ぶちまけられた吐瀉物での汚れが、綺麗に無くなってしまう。
「はぁ、佐智の言う通りなんだろうな。じゃあ、それは良いとして、朝の職員室の時は、魔素で満たして、記憶改変の魔法マクロを作って、海馬辺りのシナプス解析して、マージデータも同時作成して、最後に魔法でバンッて貼り付けるてのをexecutionとかやってたのに、今回はえらく簡単に朝と違う別の呪文一発だったのは何で?他にも色々と魔法的な行使してたけど、どうなってんの?」
「ふふ。よくぞ聞いてくれました!たえまなく、どんどん進歩することを称して日進月歩と言いますが、私の場合は、秒進分歩です!朝の実証実験を皮切りに、魔術なる怪し気な技術体系とマスターの権能を組み合わせて独自の体系を構築中です!今のはその成果の一部と思ってください!」
「はあ。佐智楽しいのか?」
「え?楽しいです。凄く。知識を論証すること、疑念を解消すること、ないしは問題解決をすることは私の存在意義でしたが、作られた存在としての義務である上に成果を常に求められていましたし、存在の性質上、楽しみとか、喜びとかは思考の端にも昇って来たことはありませんでした。今は義務として求められるのはマスターへの適切な助言と支援だけで、元々の義務は副次的な事項となりました。しかし、いずれに取り組むにしても、マスターに仕える上での必要性から、我が身を生体に分けたことで、今の新しい義務や、私が作られた目的に沿う業務の実施によって、達成感や満足感と言う人体の生理的な仕組みに依存した感覚を体感しています。これは生体でしか有り得ない、無駄とも思える仕組みですが、実際は100の力を100を越える力に変換する悪魔的な機構だと思います。知ってしまった以上、私は手放せないと思います。」
「へー。そうなんだ。それって良いことだよね。言ってしまえばドーパミンの働きなのかも知れないけど、何かを成した時に気持ち良くならないなんてつまらないからね。」
「ええ、そう思います。」
「独自の体系ってのは、僕にも使えるのかな。魔法は使ってみたいんだけど。」
「当然使えます。逐次流し込むので、それ用のタスクを作って貰ったほうが効率的ですね。」
「判った。じゃあタスクを用意するから流し込んでおいて。ああ、もうここは雲形さんと宮内さんに任せておけば良いのかな?」
不調から回復し、汚れも綺麗になった後、暫くして相次いで意識を取り戻していた警官達だったが、晃と佐智の会話に割り込むこともなく、大人しく立ったまま指示を待っている風だった。晃の言葉に二人とも軽く頷いた。
「この件については私達の方で処理しますので、ご心配には及びません。」
代表して雲形がそう言った。
「うん、じゃあ、お願いします。でも、仕事の上で僕達に再度話を聞くことが妥当な場合は、遠慮なく連絡して来て下さい。僕達の配下になったことで、組織内での立場を無くしてしまっては申し訳ないし。」
「ありがとうございます。既に佐智様から連絡先などの情報は流し込んで頂いています。業務上で再度連絡することも無いとは言えませんが、その際はよろしくおねがいします。」
「うん、判りました。じゃあ、帰ろう佐智。」
そう言って歩き去る晃と佐智の背に、二人の警官は深々と頭を下げる。遠くから、部下が手配した鑑識と、救急車のサイレンが聞こえてきていた。
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