(24)襲撃②

「かしら。来ました!男の方はまあ普通のガキですが、女の方はヤバい。超ヤバいすっ!!潰すのは無いですぜ!!!!」


 気持ちの悪い笑顔で顔を赤らめる手下は既に相当に興奮しており、口角からよだれが今にも零れそうな按配だ。見る人が見れば病の随伴症状である口角流涎かと思うレベルだった。


「馬鹿野郎!!よだれ溜めてんじゃねえ!浮かれて逃がすんじゃあねーぞ。」


 そう言うや、手下の比ではない気持ちの悪い笑顔で、踏ん反り返って座っていたボックスカーの後部座席から立ち上がり、空き地に出てきた。


 車の向こうから手下に囲まれるように高校生二人がこちらに歩いてきている。さぞかし怯えているであろう高校生達に、嗜虐的な気持ちで目を向けた玉置だったが、どうも様子がおかしい。


 高校生達には何ら怯えの表情がなく、何事もないかのように二人で話をしながら歩いてきているのだ。


 やくざ者に囲まれて、拐われようとする子供の挙動ではなかった。


 高校生達を取り囲む手下は、道路側から見えないように得物をチラつかせながら恫喝のセリフを吐いているようだが、平静な高校生達との対比はチグハグで違和感が半端なかった。


 もちろん晃と佐智なので普通の高校生ように怯えることなどないが、佐智は兎も角、晃は十数年の人生で染み付いた常識に影響され、表に出ない程度には緊張していた。


 とは言え学校の阿呆共で、問題無く対応可能であることも判っていたので、その時より若干緊張の度合いが違うだけではあった。


 ボックスカーの隙間を押し込まれるように、晃と佐智が空き地の奥に入ってきた。


 それを見ていた玉置は、手下の言う通りだと感じた。男の方は何処にでも居る感じの、無害そうな高校生だったし、女の方はアイドルが裸足で逃げ出す壮絶な美しさだった。


 さっきまでは様子がおかしいと訝しんでいた玉置だったが、そんな気分は一瞬で吹っ飛んだ。玉置は先程を倍する気持ちの悪い笑顔で、女子高生の方に一歩を踏み出した。


「晃ちゃん、この劣情丸出しで、股間を膨らませた下品な男が、田所の代わりに依頼を受けてのこのこ出て来た玉置だね。」


 玉置は佐智の美しさを一目見るなり、一気に下半身に血が集まり、条件反射的に晃はボコり、佐智を有無を言わさずこの場で押し倒そうとしていた。しかし、佐智の口から予想もしなかった名前が出てきた上、自分の名前まで言われて思わず立ち止まってしまう。


「ミカの報告だと、ゴミカスが服を着て害悪を巻き散らかしているような男みたいよ。」


「ふーん。なら、佳純さんのお披露目用にはもってこいってことか。似たようなクソクズの遠山に酷い目にあった人なんだよね。」


「そうね。」


 玉置は午前中に襲撃されたマンションに、佳純と言う女が囲われていたと聞いていた。と言うことは、マンションを襲撃して、組員を廃人にしたのはこの高校生達なのだろうか。まさか。この無害そうな子供が。玉置は嫌な予感が膨らんでくるのを感じた。


「てめーら、いったい何の話をしている!?田所さんや俺のことを何で知っ?!なっ????」


 田所どころか、自分のことまで知っているような口振りの二人に、かなり警戒してイラついた玉置だった。とりあえずボコって、身の程を判らせる。話はそれからだと更に一歩近づいたが、そこで、晃と佐智の背後にあるボックスカーが、凄まじい音をたてた。


「ドゴーーーン!!!!」


 ボックスカーは、上から落ちてきたモノに押し潰されて、真っ二つに折れていた。鋼板がひしゃげて裂け、ガラスは砕け、破片が辺りに弾け飛んだ。破片の一部は、狙ったように玉置の手下達に次々と降り注ぎ突き刺さる。


「ドスッ!「ぎゃーーー!!!」」


「グサッ!「ぐわっ!!」ザシュ!「い、痛てーーーー!」」


 運悪く鋼板の破片が頭に刺さった組員は、脳挫傷と外傷性脳内出血によって、けいれん発作をおこしてビクビクしている。あれでは程なく死んでしまうだろう。鋼板やガラスの破片が刺さったり、破片で打撲や裂傷を負った組員達は、痛みに悲鳴をあげうずくまる。


 いったい何が起こったのか。呆然として立ち尽くす玉置と組員たち。破壊されたボックスカーは、砂埃が酷くて、真っ二つに折れていること以外、何がどうなっているのか全く見えなかったが、唐突に砂埃の中心から、白地に端が紅い布のようなものがバサッと音を立てて広がった。


 それはかなりの力が込められていたようで、布のように柔らかそうな質感であるにも関わらず、真っ二つになったボックスカーの残骸だけでなく、その隣にあった無事なボックスカーの車体をも巻き込んで弾き飛ばした。


 まるで、たいした重量が無いダンボールであるかのように飛んでいくボックスカーと残骸。更に驚愕する玉置と手下。


「ド、ドーーーーン!!!」


「グシャ!!!」


 決して軽くはないことを証すように地響きをたてて空き地の両端に落ちる。


 白地に紅い何かは、軽く地面を打って浮き上がると砂埃を突き抜け、晃と佐智の前まで移動し、広がったそれを畳んでひざまずいた?


 砂埃も収まって、その姿が見えて来たが、何と表現すべきか。美しい白い羽毛に包まれ、風切羽と尾羽の先、肢、そして冠羽が鮮やかな紅で染まった翼のある人間。翼人?。とでも言うべきだろうか。


 俯いているので分かり難いが、顔から頸部には羽毛は無く、色素の薄い肌色の顔は鳥のそれではなく見目麗しい人の顔に見える。ただし目の辺りだけ安眠マスクのような形に朱い。冠羽以外の頭部はショートボブの白い頭髪で覆われている。体型は、背面から生え、今は畳まれた翼を除くとたおやかな女性のフォルム。


 羽などの色の乗り方を見ると、白紅、白黒と配色は異なるものの、ヘビクイワシに人のフォルムを与えたようにも見えた。


 昆虫などの翅は体の側面の突起が発達したものであると言われているが、鳥類の羽は鱗から派生した羽毛を経て、上肢が手指の機能を淘汰転換して翼を形成するに至ったものだ。コウモリなども手指の機能を転換し、腕の前面から肩、指の間、腕の背面から足、足と尾、つまり片方の指の先から反対の指の先まで体全体を囲むように膜を形成し、それを翼と成している。しかし、この翼人は、人間とほぼ同じ位置にある上肢とは別に、体側にあった副上肢のようなものを、背部に移動させながら淘汰転換して翼を進化させたように見えた。


 翼を形成していない上肢の上腕は、体の他の部位同様に羽毛に被われているが、前腕は鳥類の下肢と同じ様な鱗に覆われており、凶悪な鉤爪をもっている。ただ、鳥類の三前趾足や対趾足のような止まり木に止まるための構造にはなっておらず、指の数も形も人の手指の構造に酷似していた。


 下肢も同様に大腿は風切羽等と同色の紅い羽毛に被われているが、下腿は鳥類の下肢と同じ様な鱗に覆われ、これも凶悪な鉤爪になっている。趾足の構造は、前腕のそれとは異なり人の足指の構造よりも鳥類の三前趾足に酷似している。


 膝と思われる足の関節は人間と同じ可動方向なので、鳥や猫、犬のような指行性(かかとをあげてつま先だけで歩く)や、馬や牛のような蹄行性(かかとをあげて指(蹄)の先端だけで歩く)では無く、人間や熊のような蹠行性(かかとを地面につけて歩く)のような構造の足になっていると思われる。それは鳥類のように見えていても、瞬発力を犠牲にし、安定することによって得られるアドバンテージを持っていると言うことだった。


「晃ちゃん、晃ちゃん。佳純よ。」


「ああ、佳純さん、この身体では始めましてになるかな?動坂下晃です。その新しい身体の、具合はどうです?」


 未だに啞然としている玉置達をよそに、俯いていた翼人を指して佐智が晃に話しかけ、特に動揺するでもなく普通の受け答えで翼人に話しかける晃。玉置達にはこの状況が全く分からなかった。


「マスター、、、そうですね。その高校生の外見では始めましてですね。この身体、、、凄く気に入りました。ありがとうございます。凄く強くて、頑丈で、びっくりするほど速く高く飛べて、有り得ないぐらいに自由な感じ。何でも出来そうです。」


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