(23)襲撃①

 玉置久は端的に言ってクズだった。若い頃から悪事に一通り手を染めており、窃盗、強盗、傷害、強姦、脅迫、詐欺。あらゆることをやって、鑑別所を含め塀の中と外を何度も出入りしていた。


 もちろん、傷害致死も含めて殺しに手を染めたこともある。と言うか、コロシは最近の玉置の主たるしのぎの一つだ。しかし、巧妙に立ち回っているために、その罪状で立件され塀の中に入ったことは無かった。


 殺人は傷害致死であっても3年以上の有期懲役であり、悪質かつ残虐な態様の事案では10年以上の長期になることもある。玉置の犯した過去の傷害致死が立件されると、まず間違いなく10年以上の長期になっただろう。


 場合によっては死刑もある。いや玉置の場合は間違いなく死刑を求刑され確定する。死刑になるのは2人以上殺した場合と言う不文律が過去に存在したが、裁判員制度の導入で内容が悪質であれば1人でも死刑が求刑され、そのまま死刑の判決が下されるケースも出てきているからだ。もちろん玉置が犯したその手の犯罪は1件では無いが、そのうち1件でも立件されれば死刑が求刑されるだろうと言う話だ。


 そうなっていないのは運が良いと言うよりも、それなりに立ち回ったおかげだったが、玉置本人はリスペクトしている田所のおかげだと思っていた。


 玉置は縁があって、銀杏会系二次団体黒水組で舎弟頭をやっているが、そこには外部友好団体の出先機関があり、そのトップが田所と言う掴み所の無い男だった。


 粗暴ではあったが、昔から勘が働く玉置は、田所という男がその軟らかな印象に反して、危険極まりない人間だと直ぐ気付いた。田所の近くに行くと肌が粟立つのだ。そんな感覚は初めてだった。


 幹部達は田所のことについて多くは語らず、言葉を濁したが、言葉の端々からも恐れていることが判り、玉置の感覚は裏付けられた。


 その田所について、組長の丹原巧が感じ入った体で話した言葉を憶えている。


 例え誰かが死んでも、死体が無ければ殺人事件にならないし、失踪しても周囲が騒がなければ失踪事件にならない。田所は必ずそういう仕事をすると。


 もちろん一般人にとっては最悪の人間による最悪の理屈だが、その場にいて玉置と一緒にその話を聞いていた組の幹部達にとっても、一様にゾッする話だった。


 言っていることは理屈的には間違いでは無いのだろうが、少なからず人の生き死に関わりがある業態であっても、そこまでコロシをシステマチックに語ることはない。


 人の生き死には、面子が不可分に絡むと考える年配者は多かった。そう考える者にとって、コロシをシステマチックに実行する者や、それについて感心する者を蛇蝎の様であると感じ、怖気るのはごく自然なことだ。


 玉置の場合はそれを聞いて、目から鱗が落ちたと感じた。目から鱗が落ちたとは、キリスト教の逸話だが、コロシの気付きで使うとは、天罰があって然るべきではないだろうか。何れにしても田所の件で気付きを得てしまった玉置は、コロシも厭わなくなった。


 もともと玉置は狡猾な男だったので、傷害と殺人の量刑の差をキチンと把握していたし、警察の捜査も殺人ともなると半端なく厳しくなることも承知していた。コロシに手を染め、散々に警察に追いかけ回され、結局長い間臭い飯を喰う、或いは吊るされる。そんなことは真っ平御免だ、玉置はそう考えていた。


 田所の話を聞いて、玉置はそのルールを撤回したたわけだ。もちろんコロシ自体には他の犯罪行為よりも慎重だったが、よくよく調べて糊塗することが可能であると判断すれば、躊躇無く殺すようになった。


 死体が見つからないように処分する方法も常に複数用意し、どうしてもの場合は、騒ぎ立てそうな人間も始末した。そして、いつしか組内や友好団体内で田所に依頼しない、出来ないようなコロシの案件は、玉置が一手に引き受ける様になっていた。もちろん条件に合う限り。


 そんな玉置に組長の丹原巧が、ガキを始末してくれと頼んできた。どうやら急ぎの話らしい。


「親父。親父の命令に逆らうつもりは全くないんすが、脅すとかじゃあなく、バラすんすよね。ならガキは相当厄介すよ。繁華街を彷徨く家出したガキとかなら別ですが、普通の家のガキなら、普通に親が騒ぎ立てる。学校のセンコーが騒ぐ。親を一緒に始末してもその親の親兄妹や同僚上司が、学校のダチが。てな具合のありがたくない展開になっちまい勝ちなんで、止めに出来ませんかね。」


「ああ、お前のルールは判ってる。だが親が騒ぎ立てるってのはおそらく無いから心配するな。あのガキは、ある男が囲ってた死んだ愛人の息子でな、その男はガキに関心が無い。仕方無しに金を出してるだけだ。それに、学校でも孤立している根暗な奴らしいから学校の方も問題無い。それなら大丈夫だろう?」


「え、そうなんすか?そんな塩梅なら多分問題にならないと思いますが。。。」


 その手の話は取り繕う家がほとんどだし、調べても中々表に出てこない。学校でのこともそうだが何処から出た話なのか。信憑性はどの程度なのか。玉置が、そんなことを考えていることが顔に出たのだろう、丹原巧が補足する。


「実はガキの親は、樹兄貴を通した俺の知り合いでな。まあ、裏カジノの客だな。もちろんその親の依頼ってわけではないんだが、標的のガキについて調べたら知り合いの隠し子だったんでびっくりしたってことだ。その知り合いは、ある財閥の一族なんだが、隠し子について『懐かないし、母親は認知を求めなかったから認知もしてない。出来れば放置したいが、そうも出来無い。有り体に言って、頭痛の種だ。』とか言ってるらしい。あの調子だと、間違いなく居なくなったからと言って騒ぎになることは無いな。」


 丹原巧が開いている賭場の常連なのだろうか。財閥の一族ともなれば、自分達と大差ないクソみたいな人間もたまには出てくる。製紙会社の御曹司が100億もの会社の金をカジノで溶かしたことなど良い例だ。なので、そういうことも有るだろうと玉置も納得した。


「分かりやした。親父。この話、受けますわ。」


「おう、そうか。頼むぞ!」


**********


 そう丹原巧に言われたのが昨日のことだったのだが、つい先程、今日中にヤルようにとのお達しが玉置にあった。元々急ぎの話とは言っていたが、それにしても急ぎすぎだろうと思わざる得なかった。昨日の今日だ。


 だが、よくよく話を聞いていると、色々と不味い状況になっているようだ。


 依頼主が標的のガキに脅迫されて、今回の依頼となったのだが、その脅迫のネタが漏れ始めていると聞いた。玉置の組と関係が有るような依頼主であれば、ろくでもないネタがたくさん有るのだろう。それを少しでも拡散しないために、一分一秒が惜しいと言うことで前倒しになったらしい。


 さらに、午前中のことだが組が所有するマンションが何者かに襲撃され、組員数人が廃人にされた。酷い有様で普通の状態じゃあ無かったと聞いた。そのマンションには依頼人の関係者が居たらしいのだが、その襲撃で拐われてしまったらしい。


 この襲撃自体は、標的のガキとは関係無いと上は考えているようだ。コロシの標的になっている理由はセコい脅迫らしいし、さすがに普通の高校生にこれは出来ないだろうと判断されてのことだ。


 それよりも、拐われた関係者が表に出るのはかなり不味いらしく、組の経済的基盤を脅かすとか何とか。それが敵対する団体の介入によるなら、コチラをさっさと切り上げて、そっちに注力する必要が有ると言われている。


 義理とはいえ親子の盃を交わした親父の言うことは、極力履行する必要がある。つまり、そんな状況を説明されてしまうと、玉置も急がざる得なかったと言うことだ。


 そう云うわけで、泡を食って組員を揃え、3台のボックスカーに分乗して出発した。標的は、薬でヤバイ感じになっていて、ゴリラじみた怪力を発揮するらしい。その場で射殺するわけにもいかず、拉致する人手として、手が空いている奴を全員動員したが、大袈裟になってしまった感は否めなかった。


「ガキの一人や二人の話とは言え、慌てるとろくなことにならねえんだがな。とは言え受けちまったんだし、聞いた話の様子じゃあ動かないわけにも行かねえか。」


 そんなことを愚痴りながら、玉置達は予め目星をつけていた待ち伏せするのに良さそうな空き地に到着した。周到な依頼主は、今回のようなことを見越して、標的の周辺を調査することを怠らなかったらしい。そのお陰でこの配置も可能だった。


 ここで、帰宅途中のガキを待ち伏せし、とっとと拐って仕事を終わらせる。もちろん拐った後のお愉しみの時間はタップリ取るつもりでいた。


 心配なのは標的が増えたことだった。標的のガキに突然姉が出来たとか。そんな訳の分からない話をされても困惑するだけだが、これを標的に加えないわけにはいかなかった。主な漏洩元がこの女らしいからだ。


 まあ、ここに至れば男と同じ扱いにするしかない。拐うこと自体に何ら問題は無いのだから。避けられないならば、この後のお愉しみについて計画を練るのが良いだろう。


 男だけより、女だけの方が愉しいが、どちらか一方より両方の方が結構愉しいのだ。色々な趣向がある。これまで、姉弟(きょうだい)ってのは無かったので、玉置自身、相当期待していた。


 玉置が不道徳な計画をニタニタと気持ち悪い顔で練っていると、手下の一人が、やはりニタニタしながらやってきた。類は友を呼ぶものだ。


「かしら。来ました!男の方はまあ普通のガキですが、女の方はヤバい。超ヤバいすっ!!潰すのは無いですぜ!!!!」


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