(22)柴田佳純③
全裸の佐智が、目を閉じ、大きく息を吸い、身体を弓形に反らす。ぞぞぞっと音を立てるように頭髪、眉など全ての色が落ちて全身が白くなる。頭髪や皮膚が硬質化して行き、またたく間に全身が細かい鱗に覆われてしまう。
全身が波打ち、ビキッビキッと不気味な音を立てながら身長が2m程度まで伸展し、その過程で手足は馬鹿げた強靭さを追加され、凶悪で堅牢な鉤爪が伸びる。足に至っては、手指と同程度の機能を得るほどに形状が変わる。
変化は存在しなかった器官をも創り出す。尾骨がどんどん増殖し、筋肉と皮膚がそれに追従していく。気が付けば身長を越える長さまで尻尾が作られ、ビッタンビッタンとのたくっている。
頸椎も伸展して筋肉と皮膚が追従し、人間ではあり得ない長さの首になる。
頭蓋骨の変容は劇的だ。後頭部が二箇所隆起伸長し骨質突起となり、二対の角が形成される。変形は骨質突起に留まらない。眼窩が深く窪み側面に移動し、鼻骨が平板になり鼻梁を形成する軟骨も追従し、口吻が異常に突出して前に前に細長く伸び、口角が深く深く後退する。
頭蓋骨格自体、既にヒトではなくレイヨウのような形状に変化しているが、口角はレイヨウと比べようもない程深く、口腔内では拡がった上顎、下顎に歯列が増殖すると共に先鋭化して、明らかに肉食獣のそれだ。
骨格の変容が完了すると、後頭部から尻尾の先端まで背骨に沿って凶悪な突起が隆起する。
背中からは、4箇所で皮膚が隆起し、細く長く伸びる。長く伸びた皮膚は翅脈となり、更に翅を進展させる。同時に翅脈の基底部分では、筋肉が追加増大増強され、強靭な羽ばたきを可能とする。
とは言え、その翅は飛行において舵の役目こそするが、実際に飛行するには力不足だ。飛行は、体腔内に怪し気な器官を増設し、そこに留置した亜空間で膨大なエネルギーを生成し、重力制御を行うことで実現しているとか。
最後に頭部、胸部、腹部、背部、上腕、前腕、大腿、下腿と全身の部分部分を覆う様に、鎧状に皮膚が隆起し硬質化して変態が完了する。
閉じていたまぶたがゆっくりと開き、金色の瞳に縦の瞳孔が辺りを睥睨した。美しい少女の面影は全く消え失せ、あらゆる意味で人間ではあり得ない。
そもそも姿形の話以前に、男達が悪寒を感じてから変態が終了するまでの間、どんどん死の気配が高まっており、曲がりなりにも暴力の世界に住む男達は、歯の根が合わないような有様になっていた。
「どう?ミカ?宇宙一強そうで美しいでしょ?」
ガタガタ震えている男達を尻目に、興味深そうに変態する様子を見ていたミカに聞く。
「そうかしら〜?そもそも変態する意味が判らないし、二足歩行って美しくないし、強くないと思うの〜。変態はカエルやイモリだけすれば良いし、アタシの美意識は、安定=美しいなの〜。主は別にして、不安定だと強さも望めないの〜。」
「うーん、入れ替えだけでも良かったんだけど、変身はマスターが喜ぶかなっと思ったのよ。変態じゃなくて変身ね。へ・ん・し・ん。面倒なのは確かなのでミカが撮ってくれた動画をマスターに見せたら止めるわ。安定か~。確かに四足の種族はそうなるよね。」
「う〜ん?そうなの?でも今の佐智の顔は、割と好き〜。目の色も好き〜。主や元の佐智の顔は平べったくて変なの〜。」
二人は楽しげに話していたが、男達からしたら異形の二匹が訳の分からない話をしており、今だに続く強烈な悪寒でパニック状態だ。それでも一人が何とか誰何する。
「な、な、何なんだ!お前らは〜!」
「ん?お前らゴミを始末する者だが?」
爬虫類(?)の表情は男達には判別出来なかったが、声音には、会話を邪魔するなと言う意思と、男達をゴミと認識していることが、ヒシヒシと感じられた。
「ひっ!!」
そのやり取りで、ついに恐怖と緊張に限界が来た者が、懐からコルト・ガバメントを取り出して乱射し始めた。
「う、うわっ〜〜〜!!し、死ねー!!ば、化け物がー!!!」
切れた者に触発され、他の者達も相次いて限界に達し、各々拳銃を乱射し始める。出入りでも無いのに全員が拳銃所持とは呆れるが、最近抗争が有って護身で持ち歩いていたもので、銃は3丁がフィリピン、ダナオ製の複製で、残りは米軍横流し品の古いコルトだった。
「ひぃ!死ね!死ね!死ね!!!!」
「化け物がーーー!!!」
「ひやーーー!!」
全て打ち尽くしてもトリガーを引き続けている。
「へ、へ、ざ、ザマア?ひっ!!!」
佐智達には何の被害も無かった。と言うより、あろうことか、発射された弾丸は、あたかも透明の壁に突き刺さった様に尽く宙に浮いていた。
このマンション全体を含む領域全てテンポラリとして支配下にあるのだ、佐智達を害するモノが近付けるはずは無かった。
これはネットワーク機器でパケットフィルタを設定してパケットを制御するようなことを空間でも行っている結果だ。つまり、パケットフィルタならぬ事象フィルタのようなもので、問題無い事象はpermit(通過)させ、問題のある事象はdeny(破棄)する。
愕然とする男達。
「な、なんなんだよ。。。」
男達にとっては悪夢以外の何物でもないだろうう。頼みとする銃が全く役に立たないのだ。後は笑う膝を何とか宥めて逃げるしかない。
しかし、そんなことが許されるはずもなかった。踵を返そうとするが、びゅうと言う不吉な音と共に尽くもんどり打って床に叩きつけられる。
「「「「ぎ?ぎゃーーーー!!」」」」
佐智の尻尾がのたくっている。おそらく男達を巻き込むように凄い早さで尻尾を振り抜いたのだろう。痛みに泣き叫ぶ男達の足は尽く下腿部分に逆向きに関節が増えていた。
「い、いでー、いでーよー」
骨片が3つ以上に分かれた骨折のことを粉砕骨折と言うが、尻尾に薙ぎ払われた部分の骨は一桁で済まない骨片に分たれており、収縮する筋肉を支えられるはずもなく、元の体格とは異なるバランスの太さと長さになっていた。痛みの為にのた打ち回る男達の下半身で支えを失った下腿がブラブラと不自然に揺れる。
そんな無様を晒す男達に近付きながら佐智は佳純に話しかける。
「どう?びっくりした?ん〜、そうでもないみたいね。解離性障害が出てる感じかなぁ。」
佳純は、唐突に怪獣映画を見させられている様にあ然とするばかりで、現実味を感じていない表情だ。
まあ、今の境遇じゃしかたないか。そう独りごちると、佐智は最も手近で痛みに呻いている男の下半身に片足を乗せ、踏み抜いた。
バキっと言う骨盤が割れる音、グチャと言う膀胱や腸管、外性器などなどが潰れる音、ブシューと体液が圧に依って体外に噴き出す音等が同時に響く。
「グギャーーー」
先に倍する魂消る様な悲鳴をあげ痙攣する男。
「私達もね、基本はこいつらと同じ。他者の命とかに何の興味も無いし、奪っても問題無いと思ってる。他者を喰い物にすることも同じ。喰い物にしちゃあ駄目なの?何で?て感じ。」
現実味こそ持てないが、佐智の男達に対する容赦ない仕打ちを話の片手間にやっている感じも、話の内容も佳純には恐ろしく、言葉も無かった。
そうやって佳純に話しかける間も佐智は次の男に歩を進める。
次の男は痙攣する仲間を呆然と見ている間に目の前に死神が立ったことに気付き、慌てて足の痛みを押し、這いずって逃げようとするが、時既に遅く、腰部を踏み抜かれる。
「や、やめ!ギ、ギャアアーーー」
命乞いをしても何の興味も示さない。
「強いてこいつらと違う所を上げると、、、?無い?無いかな?」
残りの男達は何とか逃げようと、這いずって入口まで進むが、見えない壁に行手を阻まれ、パニックを起こす。何とか壁を取り除こうと、殴ったり引っ掻いたりするがびくともせず、イヤイヤしながら泣き始める。
「い、いやだ〜!た、助けて〜。」
そんな男達の様子にも特に斟酌せず、見えない壁に張り付いて震える男達に、満遍なくヤクザキックを浴びせる。
「い、いや、、グ、グボッ!」
「た、助けて、ヒィ、、、ゴワッー!」
男達はひどい有様で、虫の息だ。佐智に蹴られた場所は陥没と言うよりも抉り取られた様な状態で、破裂した臓器や骨片、体液が辺り一面に飛び散っている。たとえ一命を取り留めたとしても、元の生活には戻れないだろう。
「そうね。無理矢理でも違う所を挙げるとするなら、他人を害したり喰い物にするほど困ってないし、暇じゃないってところかしら。欲しいものは、そんなことをしなくても手に入るわ。もし奪うにしても潤沢なところから強奪する。弱くてちょっとしか持って無い所から、ちまちまと搾取するのは効率が悪すぎるから。ほら、そんな暇じゃないってこと。」
そう言うと、すっと一瞬消え、次に現れたのはベリーショート少女の佐智だった。一連の信じられない出来事に呆然としていた佳純だったが、予備動作もなしに元の人間に戻った佐智にもいっそう驚いて目を見開いている。
「あ、驚いた?かさを増すのは割と短時間に出来るのだけど、減らすには時間がかかるのよ。だから別の体に乗ってきたの。」
そう言いながら自分が脱ぎ散らかしたスポーティブラとショーツ、レーシングスーツを着て、レーシングブーツを履く。
「まあ、そんなことはどうでも良いわ。タイムリミットよ、返事をしなさい。クズどもに殺されるか、マスターの下僕となるか。好きな方を選びなさい。ああ、まだ選択肢があるわね。自分で死ぬ。私が貴女を殺してあげることも出来る。復讐する気力もなく苦しまずに死にたいのならそうしてあげる。ああ、それから貴女の選択に影響するか判らないけど、貴女の番(つがい)?、彼氏?は死んでるから。死体も残らないように処理されたみたいね。多分だけれど法的に復讐とかは無理だと思うわ。私は人間の法規とか知らないから多分としか言えないけどね。」
佳純の彼氏の話は、当然のように選択に多大な影響を与えた。佳純にも予想はついていたが、明確に断言されると、その喪失感は格別だった。憎しみで心が再起動し、沸騰するのが判った。
大恋愛と言うわけじゃない。たまたま同じクラスで隣の席で、話が合って、何となく付き合うことになって。笑って、笑って、怒って、笑って、そんな繰り返しで二人でやってきた。もうそろそろ結婚する?とか。最近はそんな話をし始めて、ああ、私達は死ぬまでこんな感じなんだろうな。そう思ってた。
「あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、ああああああああああああ!」
「はあ、はあ、はあ、はあ。。。」
絶対許さない。
「なるわ。」
「。。。」
「貴女のマスターの下僕になる。」
「そう。」
「人間も止める。」
「そう。」
「だから。」
「。。。」
「あいつは、あいつらは、私がぐちゃぐちゃにしてやる。」
「。。。もちろん。じゃあ、この最悪の場所からとっとと出ましょうか。」
そう言うと、どこからか自分の着ているものと同じウィメンズ デイリースポーティブラ&ショーツ、Klimのレーシングスーツ、Sidiのオートバイブーツを一式取り出し「これ着て。」と言った。
実のところ、ここでは着衣を許されていなかったので、佳純にとって久しぶりの衣服の感触だった。
「うんうん。似合ってるわ。じゃあ行きましょう。」
「ええ。」
そう言うと、虫の息の男達のことなど忘れたように、二人と一匹はその部屋を出ていった。
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