(21)柴田佳純②

「柴田佳純。何度も同じことは話したくないので、心して聞くように。今の貴女が取り得る選択肢の話だから。」


 突然ドアが蹴破られたと思ったら、佳純を知っているらしい見知らぬ少女が現れ、少女の頭に乗ったヌイグルミのトカゲが喋った。びっくりしすぎて悲惨な現実を束の間忘れそうになったが、直ぐに現実に立ち返る。この少女は佳純の不愉快な現状に何をもたらそうと言うのか。彼女は助けに来てくれたのだろうか。


 こんな無法なことを平気で行うあの男は、言葉の端々に裏社会と表社会両方に力があると匂わせ、お前に逃げ道など無いと嘲るように話した。もちろん力があるのはあの男では無く親、もしくは親族が、と言うことだろうが。佳純には大差の無いことだった。


 少女はこの監禁場所の扉を物理的に破壊しながら来たようだったが、この後はどうなるのだろう。セキュリティの通報で駆け付けた、あの男の取り巻きにあっさりと蹂躪されてしまうだけなのではないだろうか。


 いや、そんなことはどうでもいい。このままならば遅かれ早かれ佳純の心は死ぬだろう。それはあの男に殺されるのも同然だった。もしこの少女が別の選択肢を提示してくれるなら、それだけで少女の言葉は聞く価値がある。


 少女は非常識で犯罪臭がするこの場所に、あたかも学校の教室にでも居るように自然に立っていた。


 10代の空想上の力だけが背景と考えるにはココは不穏すぎる。何らかの実際的な力があると考えたい。実際、その外見に見合わない力を行使し、破壊しながらここまで来てもいるようだった。そう考えると自然と次の言葉を待つ気持になった。


 佳純が聞く体制になったことにうなずき、少女が話し始める。


「私のものになりなさい。ヒトを捨てることになっても貴女をここで甚振っているクズに報いを与えてやれるわよ。貴女の手で。」


 え?報いを与える、と言う箇所には前のめりになったけど、ヒトを捨てるって言うのはどう言う意味?私のものになれって、百合?訳分からないんですが?と言う顔の佳純を見て、「ちっ!コレだから。。。」とか小さく悪態をつく少女の顔面にパシッと枯れ葉の様な尻尾が振り下ろされた。


「。。。痛い。」


「省略しすぎ〜〜。」


 どうやら少女の頭に乗ったヌイグルミ?が少女の顔面を枯れ葉の様な尻尾で打ち、少女の説明不足についてたしなめたようだった。


「え?そうかな?」


「そうよ〜。アタシが説明する〜。佐智が元人工知能とか有り得ないと思う〜。」


「え〜!ミカ失礼すぎ!深宇宙探査用の世界に1台っきりの超絶高性能人工知能だったのに!!てか、今でもそうだし。」


 佳純の切羽詰まった心情などお構い無しに、緩い雰囲気で意味不明なことを言っている一人と一匹?


 ヌイグルミではなく、今流行のAIを搭載したロボットなのかしら。


「始めまして〜。アタシはミカよ〜。アタシがヌイグルミなのか、AIなのか、トカゲなのかは、この際関係ないから気にしなくて良くて、貴女は自分の心配だけしてれば良いと思うの〜。」


 心の中を見透かされ、少し動揺しながらコクコク頷く佳純を見て、ウンウンと頷きミカは話を続ける。


「判ってくれてありがとう〜。まず、アタシと佐智には主がいて、主は、貴女を拉致っているあのクズが嫌いで、色んな悪事を公表されたく無ければ大人しくしてろと命令したの〜。なのにあのクズ〜。あろうことか、主を殺すことを別のクズに依頼したの〜。当然、許されないの〜。クズの破滅は決まったの〜。ここまでは判った〜?」


 佳純には良く判らなかったが、あの男と敵対している人の部下と言うことなのだろう。だが、ここで佳純が見たあの男の取り巻き達は、かなりガラが悪く屈強な感じで、トカゲ型AI搭載ロボやベリーショート少女では太刀打ち出来ないと思った。


 しかし、この人達の上司の逆鱗に触れたあの男を許さないと言う意思は理解したので、ウンウン頷く。


「判ってくれてありがとう〜。それで、貴方のことは、クズの調査中に知ったの〜。今回のことで、悪事の発覚を恐れたクズが、証拠隠滅に走ることが予想されるの〜。多分、貴女は、酷いことをされて殺されるの〜。私達にとって、貴女は何者でもないから、死のうが、生きようが、実はどうでもいいことなの〜。でも〜。証拠隠滅出来た〜とか、クズが安心するのは、すご〜く嫌なの〜。そこで、提案なの〜。貴女がどうでも良ければ助けないけど、もし仲間だったなら助けるの〜。つまり、主に忠誠を誓って、人間を止めて、アタシ達の仲間になるなら、助けるの〜。」


 どうやら、彼女(??)の主に忠誠を誓い、人間止める(???)決心をして、仲間になれば助けると言っているようだ。意味不明だが、そうしないと悪事の発覚を恐れたあの男に、証拠隠滅の体で殺されると言う。身勝手なあの男であれば、あり得る話だった。


「人間止めるって、意味不明だと思うの〜。別に人間体のままでも良いと言えば良いの〜。要は、主の役に立って、足手まといにならない程度には強くないといけないってことなの〜。本当は、役に立たなくても主は気にしないの〜。でも〜。アタシ達はそれじゃあ駄目だと思うの〜。ちなみに、この佐智は、元々が人間じゃなくて、生物ですらなくて、前の主の体を元に新しい身体を作って、今は人間の皮を被ってるの〜。アタシは人間の身体は持ってないの〜。そんな変な体は要らないから〜。あ、もうクズの手下が来るの〜。貴女に飽きたクズから、好きにして良いって言われて、交尾しに来るの〜。クズの手下は、佐智が本当の姿で撃退するから〜、それ見てどうするか決めると良いの〜。」


「え?!何勝手に決めてんの?」


「え〜?嫌なの〜?暴れる場所が無い〜とか、ぼやいてたじゃない〜。」


「全然違う!私は、前のマスターの最強チューン個体を更にチューンアップしたこの身体で、猿どもの艦隊を蹂躪したかったって言ってただけよ!」


「お猿の艦隊ってな〜に?」


「お猿の艦隊なんて言ってない!前のマスターに敵対していた、猿から進化したいけ好かない奴等の宇宙艦隊のことよ!」


「へ〜」


 このトカゲ型AI搭載ロボと、ベリーショート少女の危機感の無さは何だろうか。今から来るのは危険な人間だと言う認識は欠片も無さそうに見える。


 佳純は混乱して、途方に暮れた。


**********


 外で、エレベーターが止まる音が聞こえ、複数の人間が下品な会話をしながら近付いて来る足音が聞こえた。程なく部屋の前に到着したようだ。


「ゲッ!ドアが壊されてるぞ!どういうことだ!!まずいことになっちまうぞ!」


 この部屋の入口で焦ったダミ声が聞こえ、ドカドカと部屋に入って来る。


「おいおい!お楽しみが台無しかよ!」


「まて!監禁部屋が問題無ければ大丈夫だ。あそこは相当頑丈に作ってるはずだ。」


「!?」


「くそ!!監禁部屋のドアも無いぞ!!」


 そう口々に言って、柄の悪い数人の男達がバタバタと部屋に駆け込んで来た。


 先頭の男は部屋に入るや否や佳純を目にし、安堵の表情を浮かべた。おそらく佳純が居なければ役得が無くなるどころではなく、自らの命で責任を贖う羽目になったのだろう。


 安堵の表情は一転して下卑た笑いに変わるが、全く予期しない佐智が視界に入り一瞬身構える。しかし、若干筋肉質で上背もそこそこあるが、自分達の脅威になりそうもない美しい少女であることが分かるや否や、先の下卑た表情に倍する度合いで品性下劣な本性を晒した。


「おいおい、カシラのサービスか?飛び切りのがもう1人居るんだが?ヒャホー!!!!!ってか?」


「えっ?!ま、マジ?!うひ!?ひひっ!じ、上玉じゃんか!!」


「うお!ホントだよ!俺はこっちが良い。こっちは俺が最初だかんなー!」


「うはっ!うはっ!うはっ!!」


 バカ騒ぎを始める男達。ドアを破壊した者が居ることも既に意識から無くなり、下卑たことを言って喜んでいるバカさ加減。


 それを佐智は冷ややかに見詰めた後、諦めの表情の佳純を振り返って、頭に乗ったミカを引き剥がして佳純に放り投げた。


「柴田佳純、見ていなさい。私がどんな存在なのか。」


 そう言うと、おもむろに、ブーツを脱ぎ、レーシングスーツを脱いだ。


 スーツの下はグレーのウィメンズ デイリースポーティブラ&ショーツだけだ。顔を見れば判ることだったが、佐智の肌は滑らかで雪を欺く白さだった。均整のとれた肢体は力強く美しい。


「へっ?!へへっ、この女、ヤル気満々じゃね。」


「ひへっへへへ。」


「お、俺だ!俺からだ!!!!!」


「ふっ!ふっ!ふっ!」


 色めき立ち、今にも襲いかからんとする男達を尻目に、佐智はスポーティブラとショーツも取り払った。釣鐘型の美しい乳房が揺れ、薄いピンク色の乳首も露わになる。股間の淡い陰りを隠すものは何一つ無い。


 もう1秒も待てんとばかりに一歩を踏み出した男達だったが、突然『ぞりゅ。。。』と、襲ってきた強烈な悪寒に二の足を踏む。


 男達の前には異様な何かが立っていた。


 さっきまでは自分達の劣情を滾らせた美しい全裸の少女だったし、今も目の前に立つのは同じ全裸の少女のように見えていたが、違った。全く別の異様な何かが立っている。


 既に空気も元のままでは無かった。重く立ち込めたそれは男達が知るものとは一線を画しており、気の所為だろうか、キラキラと輝きを放っているように見えた。


「マスターに肉体を賜って(とは言っても自分で作ったのだが)この惑星で初のお目見えだ。その晴れの舞台に立ち合えることを喜べクズども。」


 佐智がそう言い放ち、目を固く閉じるや否やそれは始まった。


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