(20)柴田佳純①
佐智が学校で、魔法による洗脳を実行していた時間帯。学校に居る佐智とは別の佐智が、とあるマンションにバイクで乗りつけていた。
マルチで動くことが可能なリサーチは、人間体を複数生成し、別々に行動することも問題なく可能だった。
バイクを止めた佐智は、マットブラックなフルフェイスヘルメットを外して、マンションを見上げた。そのマンションは大層立派で、セキュリティも万全と評判が高いところだ。
乗ってきたバイクはタンクとアッパーカウルがオレンジ色のHarley-Davidson LiveWire。ライブワイヤーは、ハーレーダビッドソンの電動スポーツバイクで、0km/hから100km/hまで、たった3秒で達する加速性能を誇る。
のだが、、、どうもメーカー品と若干形状が異なっており、何かしらの改造がおこなわれているか、純正ではなくリサーチ印の違法コピー品なのかもしれない。
佐智自身も学校に居る佐智と顔こそ同じだが、全て同じとは言い難い。もちろん違法コピーなどではなく、リサーチ印の正規品だが、学校に居る佐智よりも上背があって筋肉質、活動に不要との判断なのだろうか、頭髪はベリーショートになっている。
そういった外見上の差異だけでなく、野外活動用と位置付けるならば内部仕様も相当変えているのかもしれない。
着ているものも先日のワンピースや、学校の佐智が着ていた制服ではなく、黒いレーシングスーツKlimのHardangerで、足元はSidi Rex Motorcycle Bootsオートバイのブーツだ。
佐智がバイクに跨ったまま同行者に聞く。
『ここで良いの?』
佐智は、晃同様、一定範囲にテンポラリの領域を展開していた。その領域の中に居る晃の配下間での意思疎通は、音声会話の必要が無かった。
『うん、ここ、ここ〜。ここの903号室にいる〜。』
そう返事をしたのは佐智の左肩にへばり付いていた大きなヤモリの様な同行者だった。
エダハヘラオヤモリ、英名サタニックリーフテイルゲッコーは、マダガスカル東部に分布する固有種のヤモリで、現地では悪魔の使いとして忌み嫌われている。元々は全長が7〜15cm程度のヤモリのはずだが、佐智の肩に乗ったヤモリは、そのエダハヘラオヤモリの外見的な特徴を持ちながら3倍の体長以上ありそうだった。
当然真っ当な生物では無い。名前はミカ、メスの個体だ。
『どんな様子?』
肩から佐智の顔に手をかけて、頭に登ろうとするミカに嫌な顔をしながら佐智が聞いた。
『ん〜。絶望してる〜。と思う〜。異種族だからアタシには調査結果からの推測しか出来ないけど、リサーチへデータ送付して、その送付データを解析した結果説明と併せると、理不尽な現実(拉致、暴行、番への暴行(本人は知らないが既に死亡))に憎悪を募らせ、無力な自分に絶望してる〜。死の恐怖から精神は常に緊張状態で、疲弊して、麻痺している〜。まあ当たり前だけど〜。人間が言うPTSD(Post Traumatic Stress Disorder:心的外傷後ストレス障害)を発症してて、精神の耐性限界を超えてて、精神崩壊し始めてる〜。』
『まあ、それはそうでしょうね。』
話をしながらも、佐智の頭の上で気持ち良く日向ぼっこ出来る位置を決めようと、ミカがごそごそ移動を繰り返しており、その都度佐智の目の前に枯れ葉様の尻尾がぶらぶらするものだから、佐智は相当にうっとおしいようだ。
しかも、これからマンションに入るのだから、日向ぼっこなど出来るはずもないのに、困った同行者だ。
ミカは、リサーチが自身の外出用に作成した佐智シリーズと一緒に、情報収集を目的に作成した複数の個体のうちの1体だ。
外見通りエダハヘラオヤモリをベースにしており、メンタルはリサーチが人工知能として勤めていた頃の情報分析官のものをサンプリングし、カスタマイズした上で実装している。
情報収集に役立つ機能を色々付加されており、ステルス化や生物支配の機能などを持っている。既に生物支配により眷属化した大量の生物群がミカの情報収集に貢献しており、当然この界隈のヤモリなど近縁種は総じてミカの支配下にいる。
遠山幹に提示した動画などは、ほぼこのチームの働きによるものだ。
『あ〜!ヤクザが、来るよ〜。』
『そう。じゃあ早い目に話をつけに行こうか。』
佐智達は、マンション全体をテンポラリ領域で覆い、セキュリティを丸ごとリサーチ本体に代替えさせた上でエレベータで9階に上がった。
903号室まで到着すると、佐智は躊躇なくドアノブを回す。ドアの鍵はかかったままだったが、何の抵抗も無く回り、ギャと錠ケースが破壊される音がした。それでもデッドボルトと呼ばれる施錠する為のカンヌキが、受け側のストライクの穴に残って開かなかったので、軽く蹴りを入れ、蝶番毎ドアを内側に蹴り飛ばした。
**********
度重なる暴行と凌辱に柴田佳純の心は既に反応することを止めていた。最初こそ泣き叫び、罵り、暴れたが、既に体力も気力も無く、どうして、何故こんなことに。そんなことばかり考えていた。
柴田佳純はセミロングの黒髪と涼しい目元が印象的な美しい女性で、均整の取れたプロポーションと相まって人目を引いた。それが理由と言えば理由であり、その引いた人目の中にクズが居たのが不幸だったと言える。
ここに拉致された時、長く付き合った彼と一緒だったが、佳純を助けようとするのを複数の男達に邪魔され、佳純だけが無理矢理ここに連れてこられていた。佳純はきっと彼が助けに来てくれると信じて、ひたすら彼の助けを待った。
しかし、ある時唐突に気付いた。この悪夢が始まった時に彼は何とか私を逃がそうとしてくれた。しかし、あの最悪な男の手下共に酷く暴行を受けていたのだ。何故、その後、彼だけ無事に逃げおおせたと思ったのだろう。。。逃げられたはずなどない。他者を力尽くで拉致し、無法な行為を躊躇しないクズなのだ、おそらく既に彼は生きてない。。。そう気付いた。
その時から佳純の心は崩壊し始めた。時間経過と共にどんどん崩れ落ちてゆくのが判る。砂浜の砂の城が、満ちてきた潮に洗い流される様に。程なく全てが崩れ落ち、何の凹凸も無い平坦な砂地だけが残されるだろう。
全てが乖離した現実の中、何処かで何かを壊す音がした。この、外部からしか開閉出来ない窓の無い牢獄からは、何が起きているか分かりようもないが、特に興味も湧かなかった。音がした。それだけだ。
ここ2日程あの男は来ていない。徐々に来る頻度が減っており、おそらく自分に飽きて来たのだろうと思う。その行き着く先も想像出来たが、どうでも良かった。
「ここ〜。この中に居る〜。」
「そのようね。中の人〜、聞こえてるわよね!!これからドアを蹴破るからドアの前から離れてね。警告したわよ。これで貴女が怪我してもそれは自己責任だから。」
そんな声が聞こえたかと思ったら、ドアが外側から破壊音と共に弾け飛んだ。
感情が枯死しかかっていても、驚くべき出来事には心も動く。いきなり弾け飛んだドアを何事かと驚いてい見ていると、レーシングスーツにレーシングブーツの女(いや少女だろうか?)が土足のままの部屋に入って来た。
美しいが、まだ10代だと思われるベリーショートの少女(やはり少女だった)はおかしなことに頭に大きなトカゲのヌイグルミを乗せていた。そういう帽子がJKの間で流行っているのだろうか。
突然の乱入にあ然として見つめていると、トカゲが此方を向いて「あ〜。いたね〜。」と喋った。それを聞いて少女も此方を見た。
「居たわね。」
トカゲがうんうんとうなずく。
「柴田佳純。何度も同じことは話したくないので、心して聞くように。今の貴女が取り得る選択肢の話だから。」
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