(19)動坂下佐智③

「始めまして。只今紹介頂いた、動坂下佐智です。晃ちゃんの姉です。」


「先日のことですが、うちの晃ちゃんが大変な災害に巻き込まれました。九死に一生を得たものの、私は、あれ以来不安で夜も眠れなくなってしまいました。今までは色々事情があり別々に暮らしていたのですが、このままでは不安で私の方が参ってしまう。そう思って、この際一緒に暮らすことにしようという話になり、転校して参った次第です。これからは姉弟(きょうだい)共々宜しくお願いしますね。」


 佐智は完璧な美貌と、天上の音楽も斯くやと思われる美しい声色でクラス全員を陶然とさせたが、一方でクラスの一部の生徒を『ぶぶっ!!』『あ、あきらち、ちゃん?!』『ぶっ!マジか?』とツボらせていた。晃も『さ、さすがに衆人環境の中で晃ちゃんはハズい、ハズすぎる!二人の時は、まあ良いかで済ましていたけど、まさか人前でも同じように言うとは!』と心の中で悪態をついていた。


 更に佐智は、座席についても晃の隣を当然のように要求してクラスメートをあ然とさせた。晃は窓際で、前から2番目の席に座っていたが、晃の隣の席にいる生徒を後の空いた席に強制移動させ、強引に隣の席を確保したのだ。その際、担任の河野は晃の隣の席にいる生徒へ有無を言わさず移動を命じたのは言うまでもない。


 残念なことに佐智の暴走はそれだけでは止まらなかった。と言うのは、放って置けば良いものの、余計なことを言う馬鹿者が居たのだ。


「先生、それはどうなんてすかね。転校生は後の空いてる席が定位置じゃあないんですか?それに多田の意思確認は無しですか?」


 文句を言い出したのは当然、遠山幹で多田はさっきまで僕の隣に座っていた男子だ。 


 しかし、最後通牒まで出し合って、一触即発な緊張状態にあるのにも関わらず余計なチョッカイまで出すなよ、うっとうしいから。そう考えた晃は特に反応せず、無視を決め込んだ。代わりに反応したのは佐智だった。


「勝手言って、ごめんなさい多田さん。それで、席変わってもらっても大丈夫だったでしょうか?」


 席を移動した多田に向かって、深々と頭を下げて謝罪し、じっと多田を見つめると、単刀直入に問題あるか?と切り出した。


 絶世の美女と言って良い美しい少女に見つめられ、弟が心配で転校までして来たというその少女の願いを、あえて断る理由などそうそう或るものでは無い。当然のことながら、多田にもそんな理由は無かった。


「い、いや、全然問題無いです。」


 しどろもどろになりながらも、しっかり問題無いと返答する多田に、佐智は満面の笑みで「ありがとう。」と微笑んだ。多田の心は鷲掴みされ、後日カノジョと別れる羽目になる。


「これで問題はないですよね。」


 佐智は能面のように無表情になって、遠山幹に振り返り、問いかけた。忌々しげに唇を歪め、そう言う問題では無いとか何とか遠山幹が返事をしようとするが、その前に更に佐智が爆弾を投下する。


「聞きしに勝る性格の悪さですね。遠山幹。これまではその辺りを糊塗して、クラスカースト上位とか良い気になっていたようですが、私が来てしまいましたからもう無理だと知りなさい。弱い者を徒党を組んでイビったり、パシりを強要したり、果ては殴る蹴るの暴行。まあ、有り体に言って貴方ってクズの極みですよね。」


 唇を忌々しげに歪めたままの状態で、驚愕に目を見開いて固まる遠山幹に対して、更に追い打ちをかける。


「あはは、驚きましたか?晃ちゃんの知っていることは私も知っています。でも私は晃ちゃんのように甘くありませんよ。貴方については、私独自にも調査を行いましたからまだまだ有りますよ。大きな所では中学時代と数ヵ月前の殺人教唆2件。その数ヵ月前の殺人教唆とセットの拉致監禁1件。中学時代の傷害致死が1件。障害致傷については多数。まあ、未成年とは思えない、死刑になってもおかしく無いレベルの犯罪歴ですよね。何でそんな人間が大手を振って学校に通っているのか善良な私には理解不能です。実はそこも調査済みですけどね。ご親族のヤクザと懇意にしている、元特殊部隊か、民間軍事会社か知りませんが、そんな感じの組織の出先を使って証拠隠滅してるんですよね。未成年者のすることかって感じでビックリですね。」


 先程の能面のような無表情とは打って変わったニコニコ顔で佐智が垂れ流す情報は、とんでも無い内容で、高校生が現実に行っている話とは到底思えなかったが、佐智が言うのだから本当のことなんだろうなと晃は感心しきりだ。


 それと同時に、そこで言っちゃうのかよと呆れて半笑いになる。最後通牒出したと言うことは、そこで止めれば許してやるって意味なのに(確かにほぼ暴発確定と思ってはいたが)そこで暴露して、更に超ヤバい爆弾投下するとは。


 一方遠山幹はそれどころでは無い。佐智が話している間は赤くなったり青くなったり百面相をしていたが今は顔面蒼白で固まっている。その口から何とか搾り出すように遠山幹が言う。


「な、何を言ってるんだ。そ、そんな荒唐無稽な話有るわけが無いだろう!証拠も無い誹謗中傷は止めろ。め、迷惑だよ!う、訴えてやる。」


 某芸人のギャクのようなことを言う遠山幹に、クラスの何人かは『どうぞどうぞ』と内心で呟いていたのは間違いない。


「ふふっ。良いですよ。今、動画でも見せて欲しいですか?晃ちゃんを殺害する依頼を白水会の田所に断られた動画とか有りますよ。他にも色々。まあ、慌てなくても動画投稿サイトには全部アップする予定ですから。」


 佐智は亀裂のような薄いカーブで微笑みを形作りながら言った。


「ひっっ!」


 田所の名前が出て来たことで、佐智がハッタリを話しているのでは無いと確信出来てしまい、遠山幹はパニックに陥った。端正と言える顔を蒼白にして言いようの無い表情に歪め、フラフラしながら席を立つと、後に席が有るのも構わず後退る。


 遠山幹が後退ることで後の座席もガタガタと押されるが、後に座った生徒が何とか踏ん張り、『と、遠山。やめろ。』とか言っている。しかし、当然のように遠山幹には聞こえない。


 ハッと思い出したように教室をキョロキョロする遠山幹は、クラスメートの恐ろしいモノを見るような表情に曝された。そして、今しがた佐智によって曝露された秘密が、クラスの中で周知されてしまったことを悟る(正確には動坂下佐智と言う訳の分からない生徒とその追い込みにもドン引きしているのも多々あっての視線だったが)。


「わ、わあぁ〜〜」


 遠山幹は自分の机を蹴倒し、クラスメートの机をガタガタと押し退けながら走って教室を出て行ってしまった。


 取り敢えず晃の身内ならイビってやる。そんな浅はかな意図だけの発言だったと思うが、それがとんでもない破滅を遠山幹にもたらしたようだった。


 静まり返る教室。


「山崎、山田、鈴木、佐藤。」


 佐智が遠山幹の取り巻きの生徒を、それぞれの生徒に目を向けながら名指しする。遠山幹が出て行って開け放たれたままの扉を呆然と見ていた取り巻き達は、ハッとして視線を佐智に向けた。


「貴方達はどうしましすか?」


 突然話しかけられ、どうしますかと言われても何と答えて良いか分からず呆けている4人。冷たい目をした佐智は更に言う。


「判らないですか?遠山幹は終わりですよ。貴方達と行った悪行は暴かれ、人に言えない犯罪行為すら白日の下に晒されようとしています。終わらないはず無いですよね?では、貴方達はどうしますか?」


 佐智の言葉が頭に滲みてくると、4人はどんどん青褪めていった。遠山幹と行った行為が白日に晒されれば、唯では済まないと言うのは判る。停学、下手をすれば退学になるかも知れない。


 それだけでは無い。佐智が糾弾した遠山幹の犯罪行為が事実であれば、校内だけの話で済まず、刑事事件になり自分達の前にも警察が訪れるだろう。立件されれば、新聞や週刊誌の取材も来る。


 殺人教唆や拉致監禁、傷害致死など自分達は全く知らないが、事情徴収はされるだろうし、記事にも関係者として登場する可能性は高い。ネットで叩かれることもあり得る。そうなってしまうと、高確率で特定され、家族共々街を逐われ、親は会社を逐われる未来が見えるようだった。


「判った?自分達が詰んだってこと。」


 佐智が4人に囁く。4人は更に顔面蒼白になる。


「助けて欲しい?」


 佐智の言葉に激しくうなずく4人。藁にも縋る思いなのだろう。


「うふ。晃ちゃんに酷いことをして来た貴方達を私が助けると思う?」


 絶句し、更なる絶望に項垂れる4人。


「ふふ。でも良いわ。私と晃ちゃんに絶対服従するなら助けてあげる。どうする?」


 4人はワラワラと佐智の足元に跪き、異口同音に「お願いします。助けて下さい。」と言った。


佐智は亀裂のような薄いカーブで微笑みを形作りながら言った。


「いいわぁ。じゃあ今この時からお前達は血の1滴まで私達姉弟(きょうだい)の所有物にしてあげる。」


 佐智がそう言うと、4人の身体全体を光の粒子がまとわりつくき、程なく消えた。


「じゃあ席に戻りなさい。また後でこれからのことを話しましょ。」


 佐智がそう言うと「はい。佐智様。」と、正に下僕のような口調で答え、4人は席に戻った。


 この異様な遣り取りにクラスの生徒達は何の反応も示さなかった。いや、示せないようだ。理解不能な出来事と、佐智から出る晃由来の恐怖の波動によって、ザワザワすることすら出来ないでいる。更に「遠山は早退と。では授業を始める。」と言って、何事も無かったかのように授業を始める河野を見て、晃は深々と溜息をついた。


「はぁ。やりすぎだろ。」


 晃としては、別に山崎達がどうなろうと知ったことでは無い。と言えばそうなのだが、精神を隷属された彼らは、佐智の実験体として際限なく弄くり回されることになる。それが確定的に予想されるので、同情せざる得なかった。まあ、自業自得と言えばそうだが。


「まあ、がんばれ。。。」


 かってのいじめられっ子は、かってのいじめっ子の手下に小さくエールを送った。


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