(17)動坂下佐智①

 リサーチの人間態の名称が決まった翌日。


 まだ少し時間が早いのか、晃の通う高校にほど近い通学路に学生の数は疎らだ。何時もは寝足りないと言った表情の生徒が多いが、今日は少し様子が違う。


 誰もが、これ迄見たことがないと確信する、美しい少女を見ていた。その少女が、自分達と同じ制服を着ている。耳目を集めない訳はない。


 男女問わず、見惚れて立ち止まる者、同道した友人と興奮して騒ぐ者、動画を無断で撮影し始める者、無遠慮に写メを撮る者、負けたとorzする者、鼻血を吹いて倒れる者、色々な反応が見られた。


 中にはその美しい少女と肩を並べて歩く生徒の最近の話題を知っていて、訝しむ表情で見ている者も居た。


「なかなか耳目を集めてるね。」


「そうですね。マスターの最近の悪評を知っている人にとっては更に興味深いでしょうね。」


「悪評言うな。あと、外でマスターは変だから、姉なら姉で、それらしい呼び方にしろよ。」


「そうですか?じゃあ、『晃ちゃん』って呼びますね。歳の近いお姉さんが目の中に入れても痛くないかわいい弟を呼ぶ体で。」


「。。。まあ、良いけど。」


「ところで、晃ちゃん。」


「ん?」


「こうして晃ちゃんと同年代の少年少女を観察していると、私が作ったこの身体が所定の効果を発揮して、彼ら、彼女らの心拍数を上げているのが分るの。」


「へー。うん、確かにそうみたい。」


「で、昨日から思ってたんだけど、他の少年少女を見て余計に思ったのよ。何で晃ちゃんはそんな木で鼻を括るような対応なのかな?私の想定で言えば、『う、うわっ!ち、超絶美少女だ!う、うまく言葉に出来ない〜!!ど、ドキドキする。』てな具合のはずだったんだけど。」


 背後で誰かが『う、うわー超絶美少女だ!』と呻くのが聞こえる。少し考えて、「。。。ああ、確かに。」と返す晃。何でなのと、目線で問いかけるリサーチ改め佐智に訥々と語る。


「、、、一度死んじゃったから、体温が相当下がってる感じかな。もちろん比喩的に。何かに無条件に感動する為には、下敷きに際限なく今が続くっていう根拠ない思い込みみたいなものが必要なのかもね。多分。今の自分にはそれが無いから、一歩も二歩も下がってしまって、感動も薄くなって、リアクションも冷淡になっちゃってる。と思う。。。悪い。」


 気のせいかも知れないが、少し気の毒そうな目線で晃を見ていた佐智は、思い直した様に美しい微笑を浮かべた。


「私のような出自だとその感覚は分かり辛いですが、これからが永いマスターにはそれを覆す様な出来事が幾らでも有りそうな気がしますよ。それはそれで楽しみなことなのでは?ああ、それから私に謝罪とか要りません。でも、気を使ってくれて、ありがとうございます。」


 地面を見つめて歩きながら、佐智の言葉を聞き晃は薄っすらと笑った。


「、、、そうか〜、言われてみれば確かにそうかもね。そう考えると凄く楽しみだ。うん。あと、口調と呼び名が戻ってるから気を付けろよ。」


「ふふ、ごめんね晃ちゃん。気をつける。」


 そんな会話を交わしながら二人は肩を並べて校門を潜った。


「じゃあ、職員室行きましょ。昨日も言ったように、近隣の共同溝経由で敷地の領域確保は完了してるわ。当然、校内は魔素で満たしてるし、記憶改変のマクロも作ってあるから準備万端よ。RPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)張りに魔法陣の描画から魔法発動、事象改変まで指一本で始まってあっと言う間に終わるから。ぶっつけ本番だけどデバッグは十分やったし、全然問題無いと思うわ。」


 そう佐智に誘われたが、それほど興味が沸かなかった。昔の晃であれは興味津々だったであろう事柄も、自分自身を把握することに比べれば相対的に大した話では無くなっていたからだ。


「いや、僕はこのまま教室に行くつもりなんだけど。だって精神干渉だったらそれ程派手な見た目には成り様も無いでしょ?言ってみれば、軽い洗脳みたいなものなんだから、聞くからに地味そうなんだけど。」


「そんなことないよ、魔法陣まで空中に描画して雰囲気出してるから。」


「え?雰囲気ってことは魔法陣自体は無くても良いってこと?単なる飾りだと?」


「まあ有り体に言えばそうかしら?そもそも魔法って、神々の残滓、というか死骸?を励起して、事象改変を行うものらしいから、何をしたいか間違い無いほど明確にすることが大事。でも、そんなに長く励起状態に出来ないから、あまり細かいことには向かないし、本来なら記憶改変なんて土台無理。使えるとしたら火や水なんかを色々な状態で生起して指向性を持たせて攻撃に使うとか、土や岩を生起して更に硬質化させ防御に使うとか、単純な事象の発現。鎌鼬や、竜巻、台風も起こせるかな。あと、光を収束してレーザー撃ったり、ウランやプルトニウムを出して核分裂反応を起こしたりも出来ると思う。作った核分裂反応をリチウムと重水素の化合物をで覆って熱核反応の連鎖を起こして水爆とかも可能ね。」


 思いの外凄い話だった。神々の死骸?出来ることも凄かったので、晃は食い付きそうになる。徒手空拳で原水爆撃てるとか、ちょっと考え難い。そういうものが無いから、この世界は科学が発展したのかもしれないと思ったりもした。


 しかし、晃達は知らなかったが、"災厄"を呼び寄せる契機になったのは、魔法陣(のようなモノ)を用いた、何らかの術理だった。晃の世界には魔素は無く、その他の術理を支える環境が望めないことをリサーチは言っていた。ならば何が"災厄"を呼び寄せる術理の環境要因たりえたのだろうか。


 晃達は、術理の存在すら認識してはいなかった。


「。。。でも、魔法って色々侮れないね。そもそも魔素って神々の死骸なんだ?気象兵器張りのことが出来たり、レーザー撃てたり、原水爆まで撃てるなんて、さすが腐っても神々の。。。ってことなのかね。」


「あはは。そうね。魔素はそうらしいよ。細かいことには向かないけど、できることもなかなか役に立ちそうでしょ。便利なこともあると思うわ。校庭でレーザーの試射でもしてみる?」


「レーザー校庭でぶっ放すって?間違いなく本気で言ってるよね。はぁ〜。それはまた今度ね。そんなことより、そう言う塩梅ならどうやって記憶改変するんだよ?魔法じゃ無理なんだろ?」


 にやりと笑う佐智。


「よくぞ聞いてくれました。そこは力業よ。力業でやるの。ついさっきまで、教師達の海馬辺りのシナプス解析してたのよね。データも同時作成したんで、貼り付け用のマージデータも完成済みよ。後は魔法でバンッて貼り付けるだけ。それなら細かい改変指示なんか無いから魔法でも出来そうでしょ。」


 え?今の話のどの辺りが力業なのか?海馬は脳の一部の名称で、そんな箇所の解析を、活動中の人間複数に対してやってしまうのは、力業とは言えず超絶技術なのでは?


 人間の技術でも脳の検査は色々ある。CTスキャン、MRI(磁気共鳴画像撮影法)、MRA(磁気共鳴血管撮影法)、脳血管撮影、SPECT(脳循環検査)、しかしそれらはそれなりの機器や試薬、色々な前提が必要だ。


 佐智が行っている解析は記憶の解析で、しかも機器や試薬など一切使っておらず、全く次元が異なる。


 確かにバンッて貼り付けるという言い方だけは力業っぽくも聞こえるが、記憶の実体を書換えると言うのだから力業には全くあたらない。力業と言うのは出来ることの方法では無く、方法の強引さを指しているつもりなのかもしれない。


 それよりも晃には気になることがあったのでそれを問うた。


「あのさ、解析と貼り付け用のマージデータ作成は僕の領域とリサーチの解析、演算能力と生物の解剖学的な知識でやってるんだよね。」


「ええ、まあそうよ。」


「じゃあ、マージデータの貼り付けを何で魔法ですんの?」


「魔法、使ってみたかったから。」


「。。僕らの自前の能力でも出来たってこと?」


「そうね。問題無く出来るわね。」


「。。。魔法の方が安全とか?」


「全然。魔法の方が安全性は低、、、まあ、ぶっつけ本番ってことから、察して。」


「。。。。そか。」


 晃はそれ以上の確認?を止めた。昨日言っていたように逐次退避は行っているのだから、それ以上の配慮は必要無い。


 この佐智とのやり取りは、正に怪物になった晃の内部的な葛藤そのものに晃には思えたし、事実そうだった。


 しかし、既に怪物のこの身で、引き継がれた意識のせいで生じる人間としての葛藤など、余り意味が無いと言うことを佐智は暗に伝えようとしているのだろう。


 殊更に人間性を忌避排除する必要は無いが、既に人ではない事実は揺るがない。否応なく選択された後なのだから。自分を人間だと勘違いしていると、疲弊する要因になるだけなのだ。

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