(16)リサ?さち?

 繁華街にある商業施設に遠山幹が入って行った頃、晃は新しい家に帰り着いていた。


「しかし、次の展開、だいたい予想がつくな。」


 鞄を机に置き、リクライニングチェアに身体を投げ出しながら、晃は独り言ちた。


 まず間違い無く遠山幹は暴発するだろう。そして噂が本当なら、ヤバい筋の人間がワラワラと湧いて出てくるとか。


 愚かにも虎穴に好んで入る奴には遠慮は必要無いだろう。もちろん知らずに虎穴どころか、直接虎口に入るようなものなのだが、それが虎口でなければ酷い目にあうのは晃なので同情する必要も無い。


「あーあ、特に罪悪感も嫌悪感も湧いてこないな。もしかして人を喰うことになるかもしれないのに何も感じない。むしろ初めての体験だと楽しみにしている節がある。僕って本当に怪物になっちゃったかなぁ。」


 特に情緒的な揺らぎも無く呟いたところで晃の部屋の扉がいきなり開いて、見たことの無い小柄な少女が入って来た。


 黒いシアーレイアードニットのワンピースを着ている。小柄でスレンダーながら、柔らかい肢体の美しい曲線がワンピース越しにも判る。


 濡羽色の腰まで届く長い髪、濃い睫毛に縁取られた大きいな瞳も吸い込まれそうに黒い。反して肌はアラバスターの様に白く、小さな唇は濡れ濡れと赤い。


 正に美少女だが、その形の良い唇が紡いだ第一声は「まあ、どう取り繕おうと怪物です。」と言った失礼極まりないものだった。


 しかし、失礼なことを言って晃を鼻白ませる少女に全く面識が無かった。そもそも晃は一人暮らしで、この新しい住処を知っているのは、この家を決めたときに一緒だった清水、先日成り行きで来訪した父親とその家族だけだ。それ以外誰も知らないし、来たことはない。


「。。。だれ?」


 そう聞くしかなかった。


「そうですね。動坂下リサ、動坂下さち。二つ候補が有るのですが、どちらが良いと思いますか?一応、10ヶ月誕生日が早い同腹の姉の設定です。」


 その言い草で合点がいった。リサ+さち=リサーチ。道理で他人の気がしなかったわけだ。相手がリサーチだと判ったので呆れた顔で晃は言った。


「あれだけ悪し様に言ってたのに、人間の身体を作ったんだ。『そんな脆弱な肉袋で良く淘汰圧に抗えたものだ。』とか、『猿の進化種はノッペリして美しさに欠ける。口吻が突き出してないとか信じられない。』とか、『進化種?猿は本当の意味で進化出来ない種だ。その証拠に下品で低脳が多い。』とか、本当に人工知能かと疑うほど、嫌悪感丸出しで色々言いたい放題だったよね。その上、姉とか。腹違いながら既に二人居るって知ってるくせに。」


「大丈夫です。作ったのは私の艦で船長を務められていた尊きお方の遺伝子や、私のデータベースにプールされていた歴史に残る英雄の遺伝子を使った古今未曾有の最強体です。人間の遺伝子は実装した擬態機能用に使用しているだけですので、全く問題ありません。一応、素から人間種の身体も用意していますが。もちろん、何れもマスターの遺伝子を流用しています。姉の話も二人居るのは腹違いですよね。同腹の姉が居ても問題ないでしょう。」


 人間のことを散々ディスったことを指摘してもどこ吹く風、腹違いの姉が居ても関係ない。そんな風に返してくる。


「あの遺伝子工学で弄くり倒して、既に生物じゃあ無いだろって感じの竜人を更に弄って身体を作ったってこと?それマジなの?特撮映画でも撮るつもり?」


 この数日、本当にリサーチとは一心同体なんだと実感していた。望めばリアルタイムに考えていることが流れ込む。過去の記録や記憶が、自分の記録や記憶のように思い出せる。そんな塩梅なので、敬語で対話することも当然のように無くなった。自問自答を敬語で行うのは変だからだ。


 タスクを用意して、リサーチの記憶と記憶を渫って(さらって)みている。サポートしてくれる存在、同じ立場の同胞、自分自身の一部。そもそもホメオスタシスから解凍された時点で最高の親和となるべく調整済だったのだろう。発生形態も身近な生態も、寄って立つ思想すらも、何もかもが、異質な記憶と記録だが、何の抵抗もなく入ってくるのは奇妙な感じだ。リサーチの方はその出自から晃のことを隅から隅まで分析済であろうことは容易に想像出来るので、自分も分析は兎も角、リサーチを知ることは必要だと思っている。


 とは言え、リサーチ云々の前、リサーチを創造した種族が結構酷いのには辟易している。特撮映画と言ったが、正に地で、その通りなのだ。


 有り体に言って、リサーチを創った種族は暴君も暴君、大暴君も良いところだった。小型で凶暴な恐竜のような生物が進化して宇宙を闊歩するほどの科学力を身に着け、至る所でやりたい放題の星間帝国を形成していたようだ。


 リサーチが"災厄"に取り込まれた後のことは判らないが、リサーチを創った種族が"災厄"に滅ぼされたとすれば、多くの星間種族が"災厄"に感謝したのではと思うほどだった。


 科学力を考えると人間など足元にも及ばないのだが、兵器開発や遺伝子工学に血道を上げる性質にも辟易した。


 特に遺伝子工学は酷い。いや、あれが遺伝子工学なのか判らない。自力で空を飛び、狩りがしたいとかで、後天的に羽根を生やしているのだが、骨を空洞化して軽量化を図ったり、筋肉を強化増強して羽根を大型化したりするのでは無い。


 羽根は翅と言う方がしっくりする昆虫のハネのような様相なのだが、竜人を高速で飛ばすような機能性があるようには見えないし、実際に羽根だけで飛べるような代物では無いようだった。


 ではどうしていたかというと、遺伝子工学で、体腔内に怪し気な器官を増設して、その中に亜空間を留置していたようなのだ。そこでどうやってか、膨大なエネルギーを生成して、重力制御を行うことで高速飛行を実現させていたらしい。


 重力制御と言いつつアルクビエレ/ホワイトワープ・ドライブのような時空を歪めて推進してそうで怖い。


 そもそも、どんな遺伝子工学技術があれば生体内に亜空間を留置したり、そこからエネルギーを得て重力制御出来るようになるか判らないが、どう考えても、そういう話ならば翅は不要だろう。重力制御が出来る程のエネルギー源を生体に埋め込むことも既に正気では無いと思うが。卑近な例を言えば、小型の原子炉を担いで、人間が移動の足に、、、イヤ無理すぎて例示できない。


 因みに、その体腔内器官を増設して口から放射熱線を出したり、目から光線を出したりするのも部族単位でいたらしい。


 リサーチから流れてくるイメージは、ファンタジーな物語に出てくる、誇り高い竜人の血を引くドラゴニュート種族といったイメージと被るようだが、晃は全くそうは思わなかった。怪獣だ、宇宙を暴れ廻り、蹂躙する怪獣種族だったのだろうと確信していた。


「なんて失礼な。最高の遺伝子工学で機能性を極限まで高めつつ、様式美を損ねること無く、機能美までも体現したこの竜体(まあ、今はヒトに擬態していますが。)をゴ○ラと同列に語るなんて失礼極まりない。その上何ですか!周辺の種族の大多数が"災厄"に感謝するなんて、そんなことあるはず有りません。きっと我が創造主を悼み、復讐に燃えていたはずです。」


 ゴ○ラとは言って無いが、その自画自賛っぷりも創造主愛の振り切れ具合も呆れるしか無かった。しかし、そこは無視して先程の不穏な話題について問い質す。


「まあ、竜体の素晴らしさや創造主愛はどうでも良いんだけど、何でココに居るの?同腹姉設定とか、不穏すぎることを言ってたけど。」


 さらに創造主愛を語ろうとしたにも関わらず、どうでも良いと言われて不満そうなリサーチ。


「それはマスターがココに居るからです。基本的にマスターの居るところが私の居るところですから。創造主に対する愛はいささかも衰えてはいませんが、パラダイムか変わって一義的な忠誠の所在はマスターにありますから。」


 何を当たり前のことを言っているのか。そんな表情で言及されてしまう。


「え?でも機能の洗い出しと実装、"災厄"自体の記憶の整理、ストックされた諸々の棚卸し、等々仕事が多くて寝る暇もないとか愚痴ってたじゃないか。」


「寝る暇もないとかは当然冗談です。それくらい忙しいことをマスターに知っておいて欲しかっただけです。マルチタスクは私のような存在の必須機能ですので作業の過多は全く問題になりません。マスターにも実体と、その身体、あと現在生成中の最強体をマルチで使えるようにレクチャーした時に説明したはずです。そもそも、元"災厄"であるマスターや、その従属意識体の私の場合、マルチタスクを幾つ作ろうとリソースに困ることも無いのはおわかりでしょう。」


 まあ、言われてみればそうか。しかし、この話の流れだと学校にもついて来るつもりなんだろうか。晃がそう思っていると「もちろんです。」と間髪入れず返ってきた。


「そ、そうなんだ。たぶん駄目って言っても駄目なんだよね。でも、編入試験や、入学手続き、それに必要な役所の書類とかどうすんの?親の編入時挨拶とか求められたら面倒とか、色々有りそうなんだけど?」


 ふふふっと不敵に笑い、芝居がかった素振りでバッと勢い良く両手を広げるリサーチ。


「よくぞ聞いてくれました!!」


 晃は思わずビクッとしてしまう。


 なんだそのアクションは?すごく楽しそうなリサーチを見て呆れる晃。本当に人工知能なんだろうか。もちろん今となっては厳密には違う存在だとは理解しているが。そんな晃の感想は聞こえているはずだが、構うこと無く話を進めるリサーチ。


「待ちに待った現実改変を行使しますよ!!」

 

 現実改変というと魔術?いや、仙術、神術、霊術とか何れも該当するのだろうか。確か、晃の身体を作るときに魔術、仙術、神術、霊術等、そういった技術も最適化して使用すると言っていたと記憶している。既に使用しているのに、何故そんなにテンション高いのか?晃は、何、どういうこと?と言った顔をして次の言葉を待った。


「確かに、マスターや私の身体を創るにあたり、私がよく識る科学をメインの技術とし、魔術、仙術、神術、霊術等、そういった技術も最適化して使用すると言い、実際に使いもしました。しかし、あれは最高の成果を得る為の確率操作など補助的に使っただけなのでかな〜り地味だったんですよね。だから今回は現実改変を魔術を使って試してみるつもりって話です。」


「説明が無いから、この身体で術の類を使える様に作ったって訳では無いと思ってだけど、そう言う地味なことに使ってたのか。」


「そうです。その手の術には、この星の生物として標準的でない器官が必要になりそうなので、マスターの意向を尊重して、その身体には、そういった例外的な仕様を実装していません。便利そうな術理ではあるので、何とか使用できるようにするともりですが、長時間の維持は結構どの術理も環境に依存しがちです。それぞれに則した外部エネルギー源の補給が必要になるわけです。魔術を使用するのに魔素を満たした環境が無いと十分な効果は発揮出来ないと言ったことですね。しかし、この世界でそれは望めない為に非常に限定的な使用にならざる得ません。しかし、予め準備を行っておけばその限りでは無いので、今回は準備を行い是非精神干渉系の魔術を試そうかと。」


 ああ、なるほど。『知識を論証すること、疑念を解消すること、ないしは問題解決をすることは私の存在意義でした。』とか言ってたよな。魔術だ、仙術だと目新しいものを提示されたんなら突き詰めたいってことか。案外、深宇宙探査船って言ったって実質侵略の尖兵だったことにも不満があったのかもな。そんなことを考えながら晃は先を促す。


「一応、作用範囲はマスターが在席している学校内に限定するつもりです。戸籍情報など外部の情報は別途ハッキングなどして改竄します。そのうえで以下の手順で記憶の改竄を魔術で実施します。」


「①マスターの持つ機能で学校内の空間を支配下に入れる。これは既に完了しました。②問題発生時に対処するために空間内の人間の情報は逐次退避する。③マスターの中にストックされている魔法文明圏の空間における魔素と言われる素粒子を複製し、校内に散布展開する。これも既に完了しました。④私が関係者に対して魔術で記憶の改竄を実施する。⑤不測の事態が発生した場合は、問題の発生した個体を退避情報から再構成する。」


「と言う流れになります。」


 杜撰な人体実験臭が酷いが、元が生物である訳でもなく、人間ゆかりの製造物でもない人工知能なのだから、バックアップを取る配慮があるだけで御の字だろう。


 晃の意思が反映されてるとも思える。学校に思い入れのある人間は居ないが、人としては少しは配慮しないと後ろめたい。と言う感じの思惑を汲んだリサーチなりの手順と言うことだ。


「ふーん。まあ、良いんじゃない。あんまりやり過ぎないでね。」


「はい。」


「あー、名前なんだけと"さち"が良いと思う。字は"佐智"で。」

「"佐"は"たすける"って意味の漢字で、"智"は"知恵のある人"、"賢い人"を意味する漢字だから僕を支援してくれる賢いリサーチにはピッタリだね。」


「!」


「はい!」


 リサーチはニッコリ微笑んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る