(15)最後通牒を出す②
繁華街にある商業施設。1階、2階がゲームセンターで他の階にはカラオケやボーリング場など色々と遊べる施設が入っている。最上階には管理会社の事務所があり、そこの応接室で男と少年が話をしていた。
「幹さん。勘弁して下さい。これで何度目ですか?困るんですよね、些細なことで使われると。」
田所浩二は困惑しているようなセルフを吐きながら、全くそんなことは思っていないのが丸分かりの表情で言った。そのにやにやした表情は、有り体に言って面白がっていることを如実に表していた。
「全く些細なことなんかじゃないよ。僕としては早ければ早いほど良いんだけど、明日なんかどうかな?」
一方の遠山幹は、田所の話には取り合わず、既定のこととして自分の話したい話を続ける。
「いやいや、何処のブラック企業ですか。内容の合意どころか説明も無く明日ヤレとか。まあ、ヤクザなんで、ブラック企業なのは間違いないんですがね。ええと、聞いてますか?兎に角ウチはおいそれと動かせるような部門では無いんですよ。ウチがどんな所か知ってますよね。」
にやにやした表情のまま、自分の部門が高校生のトラブル解決に使うような部門ではないことを力説する田所だが、意味があるとは露程も思っていないようだった。
「判ってるよ。僕の面子と将来を守るための大事な依頼だから。相応な支払いもするし、身内だからと言って、値切ったり、踏み倒したり、当初の予定に無いことを捩じ込んだりしないよ。」
「いやいや、そう言う意味では無くてですね。」
「父にも司叔父、巧叔父にも自由に使って良いと言われているから。後は難易度の判断とか人員、経費やスケジュールなどの一般的な問題だけだよね。それに今回は後腐れなくやってもらいたいから、田所さんなら余裕の仕事だと思うよ。」
遠山幹の父親の樹は遠山興業の社長で、都市デベロッパーであり不動産会社である遠山興業は大型再開発施設を多く手掛け、商業施設の運営などでも知られている押しも押されぬ大企業だ。
丹原司は、日本最大規模の指定暴力団銀杏会の組長、その実弟の丹原巧は幹部組員で、世間的には知られていないが、遠山樹の年の離れた異母弟達である。知られないように細心の注意を払って交流を行っており、これからも表沙汰になることはない。
遠山樹は、表沙汰に出来ない仕事を丹原巧を経由して、田所浩二に依頼していた。
田所は、丹原巧麾下の指定暴力団銀杏会系二次団体黒水組に所属する組員だ。
しかし、丹原巧の盃を貰っている訳ではなく、実際には白水会と言う任意団体に属していて、白水会は窓口だけを黒水組内に設けていた。
窓口を設けて何をしているかと言うと、非合法活動の請負いだった。
黒水組は銀杏会の金庫番で、海外にも多大な影響力を持つ経済ヤクザだか、海外取引時に白水会の母体組織と丹原巧が懇意になり、組織の一部が日本に来る際の受け皿になった形だった。友好団体の事務所を社内間借りさせている感じであろうか。
その友好団体と言うのは、アメリカの民間軍事会社で、その非合法活動部門の一部が日本で開業するための窓口だった。
白水会は日本で活動を開始して既に何年も経っていたが、遠山樹、丹原司、丹原巧らからの裏仕事を請け負う一方、丹原兄弟を経由して他組織からの依頼もこなしており、これまで失敗と呼べるような事案が無いと言う驚くべき組織だった。
三者の信頼を勝ち得るのは当然で、後ろ暗いことを表沙汰に出来ない遠山樹の信頼は特に絶大なものだった。
「。。。はぁ〜この一家はどうなってるんですかねぇ、困ったものです。。。判りました。仕方ありません。ヒアリングの上で問題無ければ、見積もらせて頂きます。それで折り合いがつけば、コロシだろうが、ゴウダツだろうが、イヌノサンポだろうが、どんなご依頼でも受けましょう。はぁ、ほんと困ったもんですね。」
「毎度毎度、そのわざとらしい対応は止めてくれない?」
この田所との遣り取りは、いつものことではあったが、今回は特に幹をイライラさせた。
田所は一見、無害で真面目そうな三十歳くらいのサラリーマン風の男だ。地味な色合いの背広を着て、ネクタイも無難なデザインと色の物をつけている。反社の構成員にはとても見えない柔らかな雰囲気で、妙にインテリ風。田所については全て『〜風』、『〜くらい』、といった憶測しかなく、正体が判然としない男だった。
父親に聞いた話だが、田所の仕事はゾッとするほど痕跡を残さないらしい。例えば商売上、どうしても排除しなくては駄目な人物が居た場合、排除と同時に騒ぎ立てる周囲の芽も摘んでしまう。
例え排除した人物が死亡したとしても、死体が無ければ殺人事件として成立しないし、失踪したとしても周囲が騒ぎ立て無ければ、失踪事件にならない。
フワフワした正体の知れない印象とは大違いだが、反社は反社だ。裏仕事が手堅いから何だと言うのか。便利なのでこれからもどんどん使ってやるけど、それだけだ。遠山幹はそう思って田所を下に見ているが、父親達が超信頼している手前、用心のために自分が下に見ていることを表に出さないだけの分別はあった。
もちろん田所は、そんな遠山幹の考えることなど見透かしていたが。
遠山幹は反社会的勢力に所属する人間を使い、違法な行為を行いつつ、反社に属する人間を蔑む特権意識に囚われた人間であり、まだ少年ながら、ある種特権階級のステロタイプとは言える。
「ああ、申し訳ない御曹子。性分なんです。原則っていうのは大事ですからね。常に前面に出さないと意味がないでしょ。で、今回はどんな案件でしょうか。」
何が原則だよ、そんなことはどうでも良いから最初から僕の話をハイハイ聞いとけよ、と、内心悪態をつきながら、遠山幹は田所に依頼の説明を始めた。
「。。。つまり、幹さんを動画で脅迫している動坂下君と言う同級生を速やかに排除する。そして、脅迫に使用している動画を全て廃棄する。と言うことでしょうか?」
田所の言葉にそうだよと頷きながら、遠山幹は動坂下から送られてきたメールの内容を腹立たしく思い出していた。
動坂下が最後通牒とか言って送ってきたメールには件名も本文も無く、グー○ルクラウドの共有ストレージURLが貼ってあり、その中にはmp4の動画ファイルが幾つも保存されていた。
それはクラスの底辺を色々な方法で甚振って遊んでいる遠山達の動画だった。動坂下にムカついて他の底辺を八つ当たり的にボコった動画が幾つもあった。
最初に見た時、いつの間に?!と言う驚愕と、ヤバイ!!と言う焦燥が湧き上がったのを覚えている。
言い訳のしようが無い鮮明な動画、これがネットにでも晒されれば自分は終わる。最後通牒ってのはそう言うことか。どうする?どうすれば?と、少しだけ悩んだが、すぐに結論は出た。
底辺に謝罪なんか絶対に無理。動坂下の言う様に放って置くことなど今となっては安心出来ないから論外だ。なら手は限られるし、失敗する訳には行かない。じゃあ一番確実な方法しか無い。そう思って田所のところに来たのだ。
「それで幹さん。薬物で強くなって調子にのってる。と言ってましたが、それはどう言う感じなんですか?まあ、長期に筋肉増強剤のアナボリックステロイドを服用するとかは別ですが、薬物で物理的に強くなんかなりませんよ。普通は気が大きくなるとか、暴力に対する忌避感や恐怖感が希薄になる程度なんですが。」
「え?そんなことはないんじゃない?身長180cm程度で体重90kgはある山拓を身長が160cm程度で中肉中背の動坂下が苦もなく片手で吊り上げて、随分長い間ブラブラさせてから、軽々と放り投げたって聞いたけど?ほら、エンジェルダストとかそう言うのをキメてたんじゃあないの?」
「エンジェルダスト?ああ、PCP(フェンサイクリジン)の俗称ですね。あれは麻酔薬ですよ?解離症状があって幻覚剤として使われたりしますし、大量使用や、継続使用で痛覚脱失がおきたり、覚醒時に暴力性を示したりするみたいですが、筋力増強作用なんかは無いですね。」
「そうなの?でも薬ぐらいしか無くない?そんな芸当が出来るようになる理由なんて。」
「う〜ん。分かりませんね。」
田所の知りうる限り服用や静注で筋力を劇的に増強出来る様な薬物は無い。
有るとすれば、常日頃からステロイドなど服用しつつ筋力増強に努めていた成果と考えられるが、それにしても90kgを片手で軽々と持ち上げるとは破格の筋力で、やにわに信じ難いスペックだった。
「他に動坂下君に関する情報はありますか?」
動坂下の肉体的なスペックの謎には答えは出そうも無いので、他に何か無いかと聞く。
「そうだなぁ。この前デカいマンションが倒壊した事故があったでしょ?動坂下はあれの数少ない生存者だよ。」
田所は少し驚いた様子を見せたが、何も言わなかったので遠山幹は話を続けた。
「あと、あの事故の前後で性格とか雰囲気とかがガラリと変わったね。前はおとなしい性格で、僕らがイジっても薄ら笑いで、おどおどした奴だったんだけど、今は少々イジった位だと完全無視を決め込んで、何時までもやってると歯に衣着せず言いたい放題だね。腕力に物を言わせようとすると逆に脅される始末だよ。凄く変なプレッシャーがあるし。ほんとクソッ!」
動坂下の話は、なかなかに遠山幹を感情的にするようだった。
「ふー、家族構成とかは知らない。あの倒壊事故で、家族の誰かが死んだとかは聞いてない。分かるのはそれくらいかな。」
「なるほど。ところで念の為の確認ですが、幹さんの言う排除と言うのは何を指されているんですかね。」
「え?殺すってことだよ。あんな危険な奴は一片の痕跡を残さずに消えてもらわないと安心して寝れないからね。そういうの得意なんでしょ。」
何当たり前のことを言ってんの、と、言わんばかりの遠山幹の言葉に田所はそうですかと小さく答え、しばらく沈黙が落ちた。
「幹さん。動坂下君のことを調査する時間が必要ですね。不確定要素が有ると必要な対応出来ませんので。」
再び口を開くと、田所は、調査の必要性を話はじめた。しかし、遠山幹にそれは承服できなかった。
「駄目だ。出来るだけ早く、出来れば明日にでもって言ったでしょ。悠長に調査なんて承諾出来ないね。」
「そうすると、このお話はお受け出来ないってことになりますが。」
「それも承諾出来ない。」
まるで駄々っ子だった。何事にも条件が有るし、条件を満たすには調査は不可欠だ。それを理解できないなら何事も成し得ない。
しかし、この少年の場合、そんな簡単なことも理解出来ないと言うわけでは無く、理解した上で我を通そうとしているので救われない。
つまり、特権階級の王様気取りなのだ。反社は黙って僕たち特権階級の言うことを聞いて、出来ないことも死ぬ気で何とかしろ。そう言っているのだ。
遠山樹。丹原兄弟には世話になっているものの、遠山の会社がこの少年の代になったら関係を見直す必要がある。
自分の気分だけで簡単に他者の生殺与奪を決めてしまう。昆虫の様に無機的な精神。
極道やマフィアなら幾らでも似たメンタルの人間は居るとは言え、彼らは自らの命を天秤にかけている。しかしこの少年には尊大な特権意識があるだけで、自らの命を天秤にかけるつもりなど毛頭なく、命のやり取りは反社がやれば良いと思っている。
最悪のメンタルは容易に鉾を向ける先を変えるだろう。正規の軍隊で無いからこそ裏社会にも信義は有る。それが期待出来なければ袂を分かつしか無い。
そんなことを考えながら、田所は遠山幹が受け入れられそうな案を提示した。
「急いでいる理由が動画の流出であれば、そこの対応は今からでも行なえます。その対応を行いつつ、調査を開始し、調査が終了した時点で、本人の排除を行うことにしてはどうですか。それならば、動画流出を最短で出来る限り防ぎ、動坂下君を高確率で排除出来ると思いますが。」
少し考えて、遠山幹はクビを横に振る。
「駄目でしょ。有線の情報なら兎も角、本人に接触せずに携帯のデータまで流出阻止出来ないでしょ。」
「既に流れたものは無理ですが、そうで無ければ可能です。有線が有るならば、早速回線に情報をフィルタする機器を設置させます。無線は腕の良いハッカーが居ますから、キャリアの交換局サーバーにハッキングして、動坂下君の携帯から送られたデータをフィルタしてしまえば良いだけです。基地局は必ず交換局を経由して通信を行いますから問題ないと思いますよ。」
「・・・いや駄目だよ。そんな不確かなことに賭けるのは嫌だね。本人が居なくなるのが手っ取り早くて、一番安全で確実なんだから、早速その方向で動いてよ。」
「いや〜、でしたらやはり交渉決裂ですね。残念ですがこの話は聞かなかったということで。巧さんに差し戻しておきますから、相談してみて下さい。巧さんは色々と飼っていますから、幹さんの要望にも答えてくれると思いますよ。」
「なっ?!おいおい、下請けに拒否権なんか有るわけ無いだろ!言われたら、はい、はい、言ってやっとけっつーの。」
まさか、あっさりと拒否られるとは思ってなかった遠山幹は、途端に沸点に至り、侮りを隠蔽することも忘れ、有無を言わさず要求を通そうとし始める。
しかし、裏仕事を鼻歌交じりにこなす様な人間が子供のわがままに動じるわけもない。
「まあまあ、駄目なものは駄目なので、お引取り下さい。条件に折り合いがつくか、別件があったらまたおいで下さいね。まあ、巧さんの甥っ子さんの案件なので、データ流出の方は今からでも無償で対応させて頂きます。ああ、巧さんに連絡もしときます。」
さらに言い募ろうとする遠山幹の言葉を軽く聞き流し、部下を呼んで学校名、生徒名、送られてきたメールの送り元アドレス、送られてきたURLを渡し、有線無線のデータ流出を極力阻止することを指示すると、携帯を取り出し、遠山幹の叔父、丹原巧に電話を始めた。
「あー巧さん、お疲れ様です。お話頂いた件ですが、一応ウチの仕事について説明したんですが折り合いが付きませんでしてね。ええ、ええ。そうです。まあ、データ流出の件はサービスで対応しますが、それ以外の件については対応致しかねますんで。はい。はい。ええ。そうですね。はい。はい。伝えます。では、また宜しくお願いします。」
田所は、電話を切ると、あ然としている遠山幹に向き直り、にこやかに言った。
「と言うことです。相手側への直接対応チームは巧さんが用意してくれるみたいですよ。良かったですね。」
はっと我に返った遠山幹は、先程より更に血相を変え喚き散らし始める。
「ざ、ざけんなー!!」
「ぼ、僕を誰だと思ってんだ!!反社の底辺が逆らって只で済むような人間じゃあないっつーんだよ!その足りてない脳でも判れよ!!」
「△@♂!!!$◆◆◎!!!!」
最後は何を言っているか聴き取れないありさまで、我を忘れ、喚き散らしたため荒い息を吐いて黙り込んでしまった。
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