(06)新居①

 晃は倒壊したマンションにほど近い児童公園に居た。まだ朝の早い時間で、公園に人影は無く、併設された小さなグラウンドで、中学生くらいの少女がランニングをしているのが見える。


 この静かな公園に立っていると、倒壊事故が有ったことが信じられないが、今でも後始末や、何やら現場では大変なはずだ。


 信じられないのは、この身体もだった。ほぼ1日で再生体は完成していた。その体にリアルタイムのエングラムを流し込んだ後、本体から再生体に切り替えてここに来ている。もちろん本体との間はミラーリングされた状態になっている。


 自分が"災厄"に喰われたことが嘘だったかのように、この身体はしっくりくる。新しく作り直したとか信じ難い。それに反して本当に違う身体だと感じるのは、嘗ては感じなかった、この身体なら何でも出来そうな万能感。まあ戦闘特化体まで別に作るのなら万能ってことも無いのだろうが、凄まじく精気が横溢していて何でも出来ると感じているのは本当だった。


 今居る公園は、本体と外部を行き来する出入口の1つになっている場所だ。(正確にはローラースライダーやボルダリング、ネットクライムなど複数の遊具を含んだ大型複合遊具の中心にある3階建ロケット型遊具の中が出入口)

 

 本体が最初にこの世界に侵入した場所は、面倒事を避ける為に不可視にしている。


 そこから、地下経由で、適当な場所まで領域を侵蝕して行き、本来の空間との接点を作っている。自身の領域内なら移動に時間は不要で便利だからだが、何となくモグラの親玉みたいだなと思う晃だった。


 地下経由なのは、普通の生き物が侵蝕した空間を判別できるものではないのだが、判別出来ないまでも、拒絶反応や妙な反応を引き起こすこともあるかもしれないからだ。何かあった時のことを考えると面倒なので地下にしている。


 出入口になっている場所は他にもあるが、積極的に増やす意図はないらしい。リサーチが作っているので晃は意識を向けないと正確には把握できないが、そう聞いている。


 また、意味のない空間侵蝕を無闇に増やさないのは本当だが、通信網への侵蝕は積極的に行っているらしい。凄い勢いで侵蝕していると自慢気に話してくれた。何をするにも情報は大事だからと言っていた。それを思い出しながら、そう言うことならモグラの親玉では無く、アリの親玉かもしれないと思う晃だった。


 本体を離れ、この公園から外部に出てきたのはもちろん生活基盤を再構築するためだ。もうそろそろ就業開始になるので、電話をかけても文句は言われないだろう。


 トゥルルル、トゥルルル、ガチャ。


「もしもし、清水さんですか?動坂下晃です。早朝からすみません。今、電話大丈夫ですか?」


「。。。動坂下さん。大丈夫です。今どちらからですか?」


 晃からの電話に一瞬息を呑んだ様子だったが、それ以上慌てた素振りは無く、平静に受け答えをする女性は、晃の実父が社長を務める会社で、秘書室長をしている清水と言う女性だ。これまでもずっと、生活一般や学校生活上の支援をしてくれていた。


「マンションの近くにある公園です。たしか九白公園って名前ですね。知ってるとは思いますが、マンションがあの有様なので住むところが無くて、代わりを手配してもらいたくて電話しました。僕はたまたまマンションに居なくて難を逃れましたが、マンションがああなってしまったので、大きな集合住宅に住むのは怖くて止めたいです。出来れば一戸建てとかで、何件か選択肢を用意してもらえたらその中から選びます。あと、今着ている服と携帯、財布以外はマンションに置いたままなので、そっちがどうなっているか判らないですが、多分回収出来ないと思っています。なので、住む家と一緒に生活に要るもの一式、制服や体操着、教科書とかの学校関係の諸々一式を用意してもらえないですか?」


 他にも色々とあるかもしれないが、まずは自分が現状欲しているものを端的に伝えた。実を言えば自分で用意することは可能だったが、再構築はまっとうな手順で行わないと面倒な説明が必要になる。そんなことを問い詰められたくもないし、説明もしたくなかった。


 清水と晃は非常に事務的な間柄で、何年も晃を支援をしてくれているが、清水が感情を表に出したことは、とんと見たことがない。愛想笑いすら見たことが無いほどで、鉄仮面かよコイツ、と心の中で悪態をついた覚えがあった。当然、雑談をしたことも無く、今も無事を喜ぶ遣り取りすら無いまま事務的な話だけで終始している。


「急いで手配致します。ところで報告の必要からお聞きしますが、さっき言われていた様に事故が発生した時間帯にお出かけになられていて難を逃れたと言うことで良いでしょうか。」


 全く感情の籠もらない事務手続きの窓口担当者のような質問に対して、嘘でも心配したとか言えないのかと腹立たしさを覚えるのが自然かもしれないが、何時もこの感じなので腹は立たない。


 単なる会社員の身で、社長の隠し子の面倒を見させられるのはストレスだろう。面倒な上にリスクもある。社長はワンマンだが社内外を問わず敵対勢力が無いわけでは無い。それらの勢力が社長のプライベートな面倒事を処理する社員にちょっかいかけてこないとも限らない。色々考えると感情移入せずに事務的にしか対応出来ないのだろうと思うことにしていた。逆に猫撫で声で接して来られた日には、腹に一物あると思って警戒したかもしれない。


 そう考えると、家族でも親戚でもなく、ましてや友人でもない第三者が、晃のような日陰者と言われても仕方ない立場の人間に関わる態度としては、清水の態度は最適とすら言えるかもしれない。


「はい。当日の夜は友達の家に行っていたのですが、朝方帰ったらあの有様で、怖くなってネカフェで1日震えてました。ネカフェで1夜明かしたあと今朝になって連絡しないとと思って。」


「判りました。手配をしてお迎えに上がりますので。そうですね、、、、申し訳ないですが2時間ほど、そこで待っていて下さい。」


 そう言って清水は電話を切った。待つこと1時間43分、公園の駐車場に社用車には見えないハリアーが止まり、長身でモデル体型の女性が颯爽と降車する。


 華のある顔立ちで顔周りと毛先にリバースカールを入れて立体感をだしたボブカット。少し多めに残した前髪はサイドに流して顔をより小さく見せている。服装はタイトなラインのネイビースーツに、白いブラウス。パンツもネイビーで、如何にも秘書な出で立ちだ。


 以前は随分と気圧されていたものだが、今はこれと言って圧は感じなかった。弄っていたスマホから視線を外し、立ち上がって車に歩み寄る。


「急な話ですみません。」


「仕事ですから。それよりも大丈夫です?」


「はい。事故自体には遭遇してないので、大丈夫です。」


「いえ、所謂、PTSD(心的外傷後ストレス障害)の兆候とかありませんか?あるならば心療内科を手配します。あれだけの大惨事ですから直接遭遇しなくてもPTSDを発症してもおかしくありません。もし兆候の詳細について説明が必要ならお話します。」


「あ〜〜そう言うw。でも、全然大丈夫です。問題ありません。」


「そう、ですか?」


 問題無いと言い切る晃を見つめる清水の瞳には訝しげな光があった。おそらく彼女の認識では、今回のような大惨事ではニアミスでも晃はかなりのダメージを受けるているはず。なのに、何でそんなにのほほんとしているのか理解に苦しむ。と言うことなのだろう。


 一昨日までの晃にはそういう繊細なところがあったことは否定出来ない。清水の洞察もあながち間違いではないだろう。


 とは言え、"災厄"に取り込まれた後、始めて人に接したことで、晃は自分が変質したことに否応無く気付かされた。変な追加や修正とかは無いと感じるのだが、心の中を見回しても柔らかい部分が全く残って無い、以前は有った少し突つくと血が吹き出る部位など影も形もない。そんな感じだ。


 従って、そんな状態であるが故に、自分の変わった部分自体については何とも思わず、只々そうなのかと思うだけだった。当然、他者にどう思われても特段気にならない。さっさと決めるべきことを決めて少し寛ぎたいと言う気持ちだった。特に疲れた感じでも無いのだが、これだけ色々あったので身体を伸ばせる場所を作って、ボーっとしたかった。


「清水さん。急かして申し訳ないですけど、早速案内お願いします。お忙しい清水さんを長く拘束するのは申し訳ないので。」


 そう清水を促す。


「大事な仕事なので拘束とか気にする必要は無いですが、何件か廻る予定ですから早めに動いたほうが良いですね。昨夜はネカフェだったならお疲れでしょう。早く行って寛げる場所を決めましょう。それとも、何日かホテルでも取ってゆっくりすることも可能ですが、どうしますか?」


「いえ、用意してくれた物件を見せて下さい。」


「判りました。」


 清水は雰囲気の変わった晃に戸惑っていた。清水の中で晃は内向的で照れ屋の少年だった。社長のようないけ好かない自信家とは真逆の人間。極力事務的に接するように心がけていたが、好ましい少年と感じていた。しかし今の晃は何と言うか、妙に慇懃な上に異質で威圧的だった。別人ではと感じるほど違和感が半端無かった。


 しかし、だからと言って『お前は誰だ!?』と叫ぶわけにもいかない。そっくりだが違う人間に入れ替わるなどスパイサスペンスかホラー、SF映画の中だけの話なのだから。何かがあって、この少年は激変したのだろうと推測することは可能だが、普通起こるはずもないシュチエーションに対処の方法も思い浮かばず、何事も無いかのようにふるまうしかなかった。そもそも、動坂下晃の内面について、あれこれ斟酌して踏み込む立場でもないし、関係性でも無かった。


 住居は直ぐに決まった。何件か内覧物件を用意していたのだが、2件目で、ここで良いと言う話になった。


「全然一戸建てじゃあないですね。鉄筋コンクリートのようですけどかなり傷んでいる感じだし。小規模な宿舎と言うか、確かココって破綻した地銀の研修施設か保養所か何かじゃあなかったですか?」


 2件目の内覧で案内されたのは古い宿舎風の建物で、破綻した地銀の保養所だった。敷地は広く、家屋は一応、軽量鉄骨ではなく鉄筋コンクリートのようだったが、老朽化が進んで、住むと言うか使うにしても、建て直しのレベルで手を入れる必要がありそうな感じだ。


「ええと、申し訳ありません。これは手違いですね。金額の範囲と地域の範囲で新し目の戸建てをチョイスしたのですが、データのカテゴライズと築年が間違ってますね。この物件は戸建てではなく、土地(古家あり)だと思います。つまり土地として売りに出されているけれど上モノが残っていて、その撤去費用分安くなっている。そういったものなので、次に行きましょう。」


 次を案内するつもりで、踵を返そうとした清水だったが、晃はついてくる素振りが無く、建物を見ている。


「ここ、中見れないですか?」

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