(05)ほぼ再生体とタスク

『では、早速ですが、マスターの"ほぼ"再生体を生成します。単純に再生するだけと言うのは不味すぎるので、最低限度、押さえておくべき事項の説明と確認をさせて頂きたいと思います。』


 リサーチが何か不穏な前振りで話はじめた。自身の名前を"災厄"改め、"デーモン"と決めた後のことだ。


『当然のことですが、再生体の生成はマスターの遺伝情報とエングラムで行います。しかし、そのままと言うわけにはまいりません。私がマスターの身体的精神的な履歴精査を行った結果、生前、長期に渡り、かなりのダメージを受けていたことが判明しております。』


 もし、晃に身体が有れば、顔を顰めて不快を表したであろうが、今は身体が存在しなかった。しかし、不愉快な気持ちはリサーチに直ぐに伝わる。何せ同じ存在の機能的な別であるだけの関係だ。伝わらないことなど無い。


『自身の不愉快な過去を面と向かって指摘されるのが不快なのは理解出来ますが、その不愉快は私も共有していることも理解して下さい。その上で、過去事例を対策した再生体を生成します。とは言え我が母星の標準的なジーンリッチにプラスアルファ程度の調整で十分だと考えています。ジーンリッチはデザイナーベビー、デザイナーチャイルド、ドナーベビーとか言われる遺伝子操作などを行うことによって、望む外見や体力・知力等を持たせた子供のことです。メンタル面については、マスターがマスターと成った時点で一切手を入れる必要がない強度になっているので調整は不要でしょう。』


 当然のことだが、リサーチは事実を語っているだけで、侮りや蔑みなど一切無いことは晃にも判っていた。不愉快を共有しているのも言葉通りだ。それであれば不快な気持ちを引きずるのは失礼だろうと、晃は気持ちを切り替え、再生体について考える。


 遺伝情報から晃の肉体を再生し、調整を加えて強化すると言う。


 まあ、最近クラスの奴等にやられた嫌がらせには肉体的なダメージが大きいものも有った。晃は肉体的に恵まれていないので、強化によってどれほどのことが可能になるのか判らなかったが、これまでよりマシならば願ったりだった。


『いえ、マシとかそんなレベルではありません。私自身が持つオーソドックスな再生技術自体はこの星で発達し始めている技術の延長線上にあるものですが、"災厄"には、その他にも色々馬鹿げた技術がストックされています。それら科学、魔術、仙術、神術、霊術等、あらゆる技術を最適化した上で事を成しますので、期待して下さい。』


『は、はい。』


『更に戦闘特化体の生成が必須ですので、本体、再生体、戦闘特化体間で記憶をミラーリングして、どのような事態であっても記憶の欠損が発生しないようにします。』


『え?戦闘、特化体?って、なに?』


『マスターの遺伝情報での再生体ですから調整しても自ずと強化には限界があります。その上、限界まで強化すると、筋肉の鎧を纏わすことになりますが、見た目が変わり過ぎて、マスターの意に沿わないと思われます。しかし、例えば今回の"災厄"襲来のような限界を超えた事象に巻き込まれることも無いとは言えません。ですから、あらゆる状況に対応が可能な戦闘特化の体を用意して対応を行うわけです。もちろん、先程言った私の持つ技術、魔術、仙術、神術、霊術等の技術を際限なく使用しての生成となります。』


 何か人工知能と言うにはえらく熱のこもった感じで力説され、あまつさえ『"災厄"襲来のような限界を超えた事象』にまで対応とか息巻かれてタジタジとなる晃。


『ぐ、具体的に戦闘特化体ってのはどんな感じなんでしょう。人間の遺伝情報で強化に限界があるならヒトの形じゃあ無いと言うことですか?ちょっと思い付かないというか、例えば触手的な感じとか、カサカサテカテカする感じとか、穴が沢山ある感じとか、生理的にどうしても嫌な奴もあるので。。。』


『ふふ。大丈夫、大丈夫。もちろんマスター好みの最強で、チョーカッチョイイものにすっから!?乞うご期待。』


 何かいきなりフレンドリーな軽口に変わって、疑問符付きでかっこよくするって言われても晃は不安しか感じなかった。


 とは言え、それ以上の説明はする気が無いようで、リサーチは元の口調に戻って次の話を始める。


『では、再生体についてですが、まず染色体に倍数化処理を行って、ギガス (巨大) 抑止や低形成解消などを行います。倍数化したままだと発生時に問題が起こりますので。それと共に倍数化した染色体に対して機能付与や調整、強化処置などを行うことで倍数性進化を促します。それが済めば遺伝子に沿って生体を組み上げていくだけですからそれ程時間はかからないでしょう。尚、ここで、私の技術にプラスアルファして魔術、仙術、神術、霊術を投入して出来上がった再生体にエングラムを流し込み、本体とミラーリングして完了となります。その再生体でマスターは実生活の再構築を行って下さい。私の理解するところでは、マスターは庶子、いえ認知されていないので私生児でしたか。現行法上では総じて非嫡出子、近年では婚外子と言うそうですが、資産家の実父が用意したサポート窓口が有ると認識しています。そちらに連絡をして、再生体の生活基盤を再構築してください。』


 後半はこれも晃にとって触れてほしくない話だったが、この場でそれを言っても全く意味がないので、そこは流して、疑問に思ったことをリサーチに聞く。


『ええと、再生体の生成や調整については任せるしか無いと思うんですけど、再生体って要するにクローンてことですよね。それって、直ぐ出来るようなものなんですか?時間がかかるのでは?』


『いえ、時間はそれ程かからないです。事前作業として発生や成長のシミュレートを行うと共に問題の洗い出しと修正を高速で行います。実生成は調整済、デバッグ済の遺伝子に沿って現在年齢の状態で組み上げるので、発生や成長に通常要する膨大な時間は必要ありません。そもそも、この手の作業は我が母星で何千年にも渡って行われて来たことなので、枯れた技術と言って差し支えありません。』


『でも、機器が有るわけでもないのに。。。』


 晃は自身を取り込んだ"災厄"について、リサーチほどには理解していなかったので、常識的に考えて脳内シミュレーション位は出来たとしても、実際の物質で3Dプリンタを使うように人体を生成など出来るものではないだろうと考えていた。その上、記憶の実体であると言うエングラムを流し込み、とか言われると、全く無理だろうと思うのだった。


 晃は最初に前の生活を続行出来ると聞いた時、安堵感が凄かったので、今、よくよく考えると無理なのでは?と思い至ってしまうと代わって訪れる喪失感が半端無いものとなった。


『ああ、そうですね。少し補足訂正します。私は"災厄"のことを"広域を専有するエネルギー生命体"と説明したと思いますが、それは正しい表現ではありませんでした。と言うか、取り込まれて"災厄"の機能の一部となって始めて判ってきましたが、そうですね。。。"領域自体"と言った方が正しいですね。その場所に居るのでは無く、その場所自体が"災厄"と言うことです。従ってその場所では"災厄"自体が法則であり現象であり、そこに意思が有れば為せぬこと等無いと言えます。』


 リサーチの話を聞いた晃は喪失感を忘れ『いや、いや、額面通り受け取るならそれは"災厄"とか言って良いものでは無く、神様とかそう言うものではないの?』と戦慄を覚えた。間髪入れずリサーチが被せる。


『まあ、そう言うことです。しかし、実績を考えると、どう言い繕っても悪神、邪神の類ですからね。しかしそこを指摘したところで意味はありません。ただ、為せば成る、と言うことは間違いないので、マスターはそれを享受すれば良いと思います。』


 その後、晃は安堵感も喪失感も、ましてや戦慄も覚える暇も無く、再生体が出来るまでの間、永遠とマルチタスクの訓練をさせられた。


『本体と再生体、戦闘特化体は必ずしもマルチで動く必要は無いので適宜切替でも良いのですが、マスターが本体に意識を残してない間に私の方で行っている解析の結果を入力して頂く必要があります。そこは、私が入力出来ないですから、常駐頂かないと駄目ですので、それ用のタスクを用意して下さい。』


 と言われたのだが、ヤレと言われても直ぐ出来ると言うものでもない。晃は長くもない人生とは言え、ずっとシングルタスクでやってきたのだから機能的に問題無い、出来るはずと言われても無理だった。自分の一部をコピーして必要な動作だけ能動的に行えるようにする?


『出来るまでお願いします。』


 晃が『無理』と言うたびに何度もそう言われるので、精神的に疲弊し、惰性で行い始めた何度目かにタスクが出来ていることに気付いた。


 自分が二人居る変な感覚で、主たる自分が別タクスに意識を向けると制御下におけるのだが、制御下に無かった間のことが思い出される感じだった。主眼である常駐して情報を詰め込む件についても、制御下に置くとそれまで詰め込まれた情報を思い出す感覚は同じで全く変な感じだ。


 予め目的を意識しておけばそれに特化したタスク生成することが可能で、それだとタスク生成自体が楽だった。ただ、熟練度が足りていないのだろう。特化しようとしまいと機能精度的に覚束ない所が有り、結局、3つのタスクを用意して同じものを入力し、もう1つタスクを用意して入力を比較評価。不一致が発生すれば同じものを再入力、不一致が無くなるまで繰り返す。そう言トリプルチェックを行うことでリサーチの運用許可がようやく降りたのだった。

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