(03)デーモン①

『あー!何なんだよ!!!』


 引き続き晃は混乱したままだった。


 意味を成さない情報にしっちやかめっちゃかにされるがままだ。理解出来ない上に無視することも出来ない。


 そもそも流れ込んできた情報が災厄の感覚情報であり、晃用にカスタマイズされていない。そんなものは理解できる訳もない。奔流のようにボンヤリした何かが流れ込む。全くイライラする。


 あるいは、本来の災厄用と言うより、晃が災厄の制御主体に昇格した時点で初期化されているのかもしれない。


 どうにもならない状況の中、覚醒後、初めて意味のある言葉が晃の耳朶を打った。


 もちろん、外部の音はまともに知覚出来ていないし、耳朶もクソも無い状態なので、意識の中で別の意識による思考を認識したとでも言えば正確だろうか。


『はじめまして。私はリサーチ。ホメオスタシスに属すアーカイバーが私を解凍し、アーカイブから復帰しましたので、ご報告致します。』


『え?な、何?』


『私は深宇宙探査船の人工知能です。"災厄"の制御支援は畑違いですが、知識を論証する事、疑念を解消する事、ないしは問題解決をする事は私の存在意義でした。"災厄"の制御支援においても、それに類するお手伝いが可能と判断されたのなら、何なりとお申し付け下さい。』


『て?誰?な、何言っているのか分からないんですが。これってテレパシーか何か?』


『当該個体"災厄"の中には主体となる意識体と、従属する意識体が存在している状態です。私は主体となる意識体の動坂下晃に従属する意識体です。現在は意識体間での情報交換を行っている状態なので、テレパシーとは異なります。"災厄"に属する意識体同士の情報交換は、自問自答と言う方がテレパシーより実情に近いと考えられます。動坂下晃が現状を正しく認識出来ていないようなので、私が現状をご説明致します。尚、今後、従属意識体として動坂下晃のことをマスターと呼称します。宜しいでしょうか?』


『は?、マスター?よ、良く判りませんが、教えて頂けるのは、助かります。』


 晃としては、リサーチと称する存在の言っていることがあまりにも怪しいと感じてはいたが、現状自分が理解可能な情報として認識できるのが、この声の主の言葉だけなので、選択の余地もなく説明をお願いせざる得なかった。


『ではご説明させて頂きますが、私も全てを把握出来ていないと言うより、ほぼ把握出来ていないと言うのが正解です。したがって現在私が辛うじて認識出来ていることについてご説明致します。』


 初っ端、自信たっぷりに、全然分からない発言では不安しか無いが、それに輪をかけて判っていない晃にしてみれば、文句を言える筋合いでは無かったので仕方なくスルーした。


『まず、我々意識体が存在する場所ですが、かつて私の属した国家において、通称"災厄"と呼称された広域特殊熱量の領域内であると思われます。広域特殊熱量とは"災厄"の我国での認識ですが、端的に言って"災厄"とは、広域を専有するエネルギー生命体です。そして、マスターと私は、その体内で電気的或いはそれ以外の何らかの方法で再現されていると考えられます。』


『は?』


 全く何を言ってるのか分からない。それが晃の正直な感想だったが、リサーチは構うことなく続ける。


『我々が"災厄"の中で再現された存在であると言う根拠は、私自身が船体もろとも"災厄"によって消化吸収され消滅するに至った過程を克明に記憶しており、アーカイバーによって解凍された時、解凍の理由とマスターの来歴も開示されたからに他なりません。記憶改変の可能性が無いわけではありませんが、反証の方法も無い現状では意味がないので、留意するに止めたいと思います。』


『先程も言ったように"災厄"とは、エネルギー生命体なので、生命体としてホメオスタシス、生体恒常性を保つ不随意の仕組みがあります。通常であれば文字通り不随意に機能するホメオスタシスですが、現行が特殊なため私のような汎用の支援機能が必要と判断され、解凍された上で実装されたと予想されます。』


 言葉が理解出来ない訳ではない。しかし、受け入れ難い話はスムーズに入って来なかった。


 晃は、更に話を続けようとするリサーチに思わず『ち、ちょっと待って。』と言ってしまう。


 言葉を止めたリサーチが静かに凝視している雰囲気を感じた。晃には見えていないが、リサーチからは晃が見えているのかも知れない。


 晃は待ってくれと言ったものの、自分がどうして欲しいかも分からなかったので、黙り込んでしまった。


『・・・』


 しばらくの沈黙の後、リサーチが再度口を開く。


『混乱しないように間違いようの無い言葉で言い直しましょう。しっかり聞いて、ご確認下さい。』


 返答を待たず、リサーチは続ける。


『私は過去に、マスターは先程、"災厄"と言う化け物に喰われ、消化され、吸収されました。その時、私は破壊され、マスターは死亡しました。』


 ああ、やっぱりそうなんだ。そう晃はボンヤリと思った。あの状況でそれ以外の結果は考え難いのは分かっていた。


『私の思考と記憶は死んだ時点で化け物にストックされ、現在までアーカイブされていました。が、マスターの思考と記憶はなんの因果か死んだ直後に化け物に流用され、化け物の思考と記憶になったようです。』


『元々、現象に近い存在と考えられていた"災厄"でしたが、意思や思考を入れる器はあったのでしょう。しかし、それは育つこともなく空っぽのままだった。そこにたまたま吸収したマスターをどんな理由か分かりませんし、観点も不明ですが、意思や思考の器の中身に流用した。そう言うことだと思います。なので、マスターは今や"災厄"と呼ばれる化け物そのものです。』


 何だそれ。晃は絶句した。それは予想すらしていなかったことだった。


『これが大前提です。私はその突然の事態を支援するためにストックから取り出され、ここに居ます。理解出来ましたか?』


 平易な言葉で説明され、うなずくしか無かったが、やはり今一つ信じ難く、『いや、でも本当のことなんですか?僕は普通の人間だったんです。そんなわけ分からないものになったと言われても信じられないんですけど。』と言うと、被せるように『しかし、事実です。"災厄"を使って貴方を騙す理由も、そんなことが可能な存在もありません。』と断言された。


『。。。』


 晃としては黙って飲み込むしか無かった。




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