六月十二日


「いや、やっぱりアスミの行方は一旦置こうかな。まずは張り紙と牛鬼の正体の方が先だ。これがわからないと紅崎との付き合い方もわからない。結局はアスミに繋がることだからね」


「なるほど。それならアスミさんの行方については私の方で請け負っても構いません。恋人だったという虎村を調べるついでになりますが、裏を返せばアスミさんは虎村へ近づく手がかりです。アスミさんに関する情報はもうゼロですか?」


「えーと、あるとしたらアスミの先輩の衛藤からもらった怨霊トンネルでの花火の様子を撮影した動画くらいだけど、何を撮っているのかよくわからないんだよ」


「動画なんてあったんですか。一応見せて下さい」


桐瀬はそう言って立ち上がり俺の隣に腰を下ろした。

携帯を取り出し、衛藤とのトークルームを開く。

取るに足らない内容だったため動画は保存していなかった。


「この方と随分やり取りをしていますね。美人ですか?」


「そんなのはどうでもいいよ」


火薬が割れる音と共に、緩やかな弧を描き発光する赤や青が闇の中に落ちていく。

幾つもの花火の光が明かりになり動画内の人物達を照らしているが煙により明瞭度は低く、誰が誰なのかは判別できない。

聞こえてくるのも笑い声やはしゃいだ叫び声だけでヒントになり得るものは皆無なのだ。


「ほらね。ただ若者が花火をして騒いでいるだけの動画だよ」


「そうみたいですね。煙がすごくて花火さえまともに撮れていない」


「まぁ狭いトンネルで六人が花火を持っているからね」


再生を続ける携帯を桐瀬に預け、苦笑してソファにもたれた。

目線の先にあるカレンダーから今日が仏滅であることを知る。

三日後の進捗報告までに何が得られるだろう。

探りを入れるつもりで虎村の名を出してみようか。


「この子達、この煙の中でよく煙草が吸えますね。どっちの煙を吸っているのかわかるのでしょうか」


「煙草? あぁそういえば最初に話を聞いたA氏も次の衛藤も喫煙者だったね。衛藤なんて中々のヘビースモーカーだ」


「確かアスミさんは嫌煙家で、その衛藤さんが部屋で煙草を吸おうとした際に止めたそうですね。この状況は平気なんですかね」


「いやそうじゃない。以前は換気扇の下でなら吸わせてくれたのに、異変が起こってから駄目だと言い出した。そう、その時にアスミは牛鬼が来ているから煙草を吸うなって言ったんだ」


嫌煙家はアスミじゃなくて紅崎らだ。

あんな外見で嫌煙家集団か。

だからあの時に案徳と電話をしていた俺が吸っていた煙草を消すまで、紅崎らは近づいてこなかったのか。

その様はまるでウイルスを忌避するようだった。

煙草嫌いの牛鬼に煙草嫌いのチンピラとは随分なギャップだ。

……牛鬼が来ているから煙草は駄目?

初めて牛鬼というワードを耳にしたのは?


「桐瀬さん。放火少女の現場で俺に教えてくれた概要、今ある?」


「えぇ、ありますけど。読みますか?」


桐瀬が一連の繋がりを箇条書きしていた手帳をテーブルから拾い上げ、パラパラとめくる。もうかなり前の方にあるらしい。


「オリジンビル三階のダーツバー“スティング”に女性は午後八時頃グループで来店。ゲームを始めて一時間程経った後トイレへ入る。その際に叫び声を上げ、スタッフが様子を見に行くと蜘蛛が出たと言ってパニックになる。蜘蛛が大の苦手であり泥酔状態だったことも相まっての過剰な反応だとみられる。その後店内のソファでしばらく横になるも突然起き上がり、店内が蜘蛛だらけだと再びパニックになる。周囲の制止を振り払い、罰ゲーム用に大量に注文していたウォッカをばら撒きライターで着火……」


「それだ。喫煙可能な環境にライターがあったなら、その時に誰かが煙草を吸っていた可能性が高い」


「それがなにか?」


「放火少女とアスミのパニックのトリガーは煙草だったのかもしれない。それを知っている紅崎らはだから煙草を吸っている俺に近寄って来なかった。もしかしてあいつらも煙草の煙を吸うと似たようなパニックを起こすのか」


北橋キッズだった放火少女とアスミ、アスミを探す紅崎達。

関連性も非常に強い。

牛鬼様の禁忌が、焚いた線香の煙に他の煙を混ぜてはいけないというのも、案徳が例に出した通り煙草を暗に示すものなのではないだろうか。

衛藤から聞き出した牛鬼様のルールを手帳から探る。


・ 用意する物は“花”と“線香”と“生米”この三つを持参して深夜、鬼門に位置する公園へ行く。

・ 園内にある木の下に花を添えて線香を焚く。儀式に参加している人数分の線香に火をつける。

・ 線香が燃え尽きるまでの間、クラクションあるいはパトカーや救急車などのサイレンが聞こえたら鬼門が開き、牛鬼が公園へ向かってきている合図であり召喚は成功。

・ お礼に生米を線香の灰の下に埋める。

・ 牛鬼の力により儀式に参加した人間には一週間程、心霊現象が頻発するようになる。

・ しかし牛鬼が要求する生米の数が足りないと一週間以内に死亡する。

・ 要求される数はその都度違いわからないため、賭け的要素がある。


「張り紙は牛鬼をよぶ方法で、牛鬼がきていると煙草の煙を吸ってはいけない。もう一つの牛鬼をよぶ方法は牛鬼様という降霊術ゲーム。牛鬼様のルールの中にある線香が煙草を示すものだとしたら、残りの米と花も別の何かを示すものなのか」


【力士シールに引っ張られたことだけど、米を捧げるって聞くとお金を払うみたいだよねぇ】


紅崎からの接触を受けて聞き流してしまった案徳の言葉が甦る。


「米と力士から金を払うって言葉を連想する?」


眉を寄せて思案の色を浮べた桐瀬の視線が俺を通り越してオフィスを遮るパーテーションに移った。

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