第8話:兄さん、言うのなら今のうちですよ?

 最近、以前にも増して、妹の拘束が強くなった。


 朝起きてから寝る時まで、ずっと監視されている気がする。


 さすがに、自意識過剰だろうか。


 ただ、隙あらば付け回されて、コンビニでさえ自由に行けない始末だった。


 ◇◇


「兄さん」


 階段を上がったところで呼び止められる。


「おかえりなさい」


「ただいま……」


 エプロン姿で駆けてきた。


 千切りをしていたから、あえて声は掛けなかったのに。


 それを中断してでも、来る用って……いったい。



 機嫌を損ねる心当たりはない。


 ただ、嫌な予感がした。


「何か、私に言い忘れていることはありませんか?」


「え……ない、けど」


「そうですか、なら……いいんです――」


 微笑むと、空気が緩んだ。


「ご飯、もう少しで出来ますよ~。今夜のおかずはハンバーグです。じっくり煮込むので、あとで写真を撮ってください」


 そう言うと、台所へ戻って行った。


 えぇ……。


 なに、あの間は。


 正直、本当に心当たりがない。


 だから、正直に答えた……つもりだった。


 それなのに。


 自分は間違えたのだろうか。


 最近は、調子がいい日が続いていた。


 だから、このまま落ち着いてくれればと、そう思っていた……。


 けれど。


 言われずとも、雰囲気でわかる。


 妹さまは、ご機嫌ナナメだ。


 ◇◇


 部屋に戻ると、怖いくらい普段通りで……。


 目に見える変化はなかった。


 けれど、何かが違う。


 どうにも、さっきの言動が気にかかっていた。



 押し入れから窓まで、自室を見回す。


 元は従兄の部屋だ。


 だから、私物は少ない。


 本棚や勉強机を見ていっても、配置が変わっているとか、中身が変わっているとか、そういうわけでもなく……。


 

 まさか無いとは思うが、ほかに疑うとすれば、パソコンくらいだった。


 私服に着替えて、パソコンを開く。


 電源をつけ、ユーザーを選択すると、パスワードの入力画面が出る。


 そこに、英数字の11桁を打ち込んでいく。


 名前や誕生日とは関係がない。


 小学生の頃、技術の授業で決めたパスワードを小文字にしたり、大文字にしたりと、適当に使い回しているものだ。


 もちろん、忘れた時用のメモなんて存在しない。


 ログインして、画面が遷移する。


 デスクトップも、昨晩から変わっていなかった。


 検索履歴も、”ピクチャ”も、異常なし。


 そもそも、ログインされていないのだから、見ようがない。



 それでも、どこかで引っかかる。


 階段でのことは、全てブラフだったのだろうか。


 妹とのやり取りを思い出す。


 ――何か、言い忘れたことはないか――

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