第7話:歪んだ記憶

 高校生は帰りが遅い。


 だから、帰ってくるまでいつも、”掃除”と称して、兄の部屋に入り浸っている。


 掃除といっても、別に部屋は散らかっていない。


 教科書も綺麗に並んでいる。


 家具の配置まで、越してきた時と一緒。


 元は従兄の部屋だから、ベッドや勉強机、タンスや本棚もすべておさがりで……。


 兄の私物は、パソコンと私服くらいなものだった。



 窓を開けて、掃除機をかける。


 換気のため、クローゼットも開ける。


 なかには、段ボールが積まれていて、間に伏せられた写真立て。


 部屋で唯一の異物。


 従兄の私物だ。


 けれど、これだけは隠そうとしたのが、見え見えだった。



 どうして、こうなったんだろう……。


 拭いて元に戻す。


 二家族での集合写真。


 そこに、あの人たちも写っていた。


 ◇◇


 布団を取りこんで、いったん一休み。


 ベッドでグルグル巻きになると、全身が兄で満たされた。


 この匂いは、昔も今も変わらない。



 兄はもともと、ヤンチャだった。 


 宿題はしないし、部屋はグチャグチャ。


 いつのかもわからない、食パンの余りがランドセルから出てきたのはさすがに引いた。


 下ネタで笑うような、お調子者だった。

 


 性格は正反対で、性別も違う。


 当然、合うはずもなく、昔は喧嘩ばかりしていた。


 喧嘩の原因は特になくて、今思えば、お互いどう接すればいいかわからなかったのだと思う。


 兄とは相性最悪だったけれど、なんだかんだ、兄は兄で。


 引っかいても、私がぶたれたことはなかった。


 いざという時には、頼りになる存在で。


 上級生に絡まれると、いつも間に入って守ってくれた。


 幼少期、私にとって、兄は親も同然だった。


 ◇◇


 だけど、あんなことがあったせいで、兄は変わってしまった。


 同じ境遇だったけれど、私には頼れる存在がいた。

 

 心の拠り所は常に兄だ。


 兄のおかげで、今も何とか生きていられる。



 後になって思えば、あの頃は自分のことでいっぱいいっぱいで。


 考えたこともなかったけれど、あの時、兄に頼れる存在なんていなかった。

 

 妹は泣いてばかりで、他に相談するあてもない。


 あの日を境に、兄は変わってしまった。



 私は一応、歪んでいる自覚はある。


 けれど、兄は……。


 兄には、自覚がない。


 どちらも兄で、同じ人。


 けど、今の兄は、私にとっては別人だ。



 兄のためなら、私は何だってする。


 たとえ、一生かけてでも。


 今度こそ、私が兄の支えになる。


 望まれた、妹で在り続ける。


 ◇◇


 夕方のチャイムで目が覚める。


 すぐ日が沈み、部屋も真っ暗になるだろう。


 電気をつけて、伸びをする。


 ひと休みのつもりが、一時間も眠っていた。


 写真なんて見なければよかった。


 まだ今日のノルマが残っているのに……。


 5時過ぎには兄も帰ってくる。


 早く、切り替えないと。


 もう、時間がない。


「お兄ちゃん……」


 枕にうずまる。


 深く吸う。


 肺を満たす。


 匂いは、変わらない。


 冷え切った部屋。


 私だけ熱い。


 伸びる手。


 指腹が蒸れた。

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