第3話:言ったじゃないですか、これは『罰』ですよ

 どうしてこうなった……。


 ずっと前から、歪みには気づいていた。

 ただ、そんなのは今だけで、成長するにつれて、自然と正常に戻るものだと思っていた。


 普通、中学生にもなれば、クラスや部活といった人付き合いのなかで、化粧やファッションに興味を持つのが自然だろう。


 妹にはそれが、決定的に欠けていた。

 あまり他人と関わらないまま、この数年を過ごしたのだ。


 ランドセルの掛かった勉強机、ピンク基調のカーテンもカーペットも、小学生から何も変わっていなかった。

 あの部屋は、時間が止まっていた。


 ◆◇


「――幸い、見られたのは兄さんだけですし。別に怒ってはいません……驚きはしましたが」


 妹が降りてきた時点で、もう一度謝り、立ち入った理由を告げた。


 もっと怒られるかと思ったが、妹は思いのほかいつも通りだった。


 ペアのマグカップから湯気が立ち、蒸れたレモンの匂いが漂ってくる。

 一階は冷えるからと、妹がほっとレモンを作ったのだ。


「ただ、約束は約束です」


 さっと立つと、スカートがひるがえる。

 キッチンに消えると、両手に縄跳びを持ってきた。


「罰として、これから兄さんには、一番大切なモノを失ってもらいます――まさか、忘れたとは言わせませんよ」


 両手両足をグルグル巻きにされてしまう。


 おかげで思うように動けない。


「こんなにして、いったい何を……」


 頬を上気させ、妹は息を荒げる。


 中腰になって、ゆっくり近づいてくる。


「奪います、兄さんの大切なモノ。ぜんぶ、私がもらいますから……まずは手始めに――」


 そう言うと、唇を突き出した。


 ――ちゅぅ――


「ごちそうさまです、兄さん――私も初めて、兄さんで嬉しいです」


 兄妹で、キスだなんて。


 いくら可愛い妹でも、さすがに嫌に決まっている……。


 そう、思っていたのに。


 

 椅子に拘束されたまま、ジタバタもできない。


 迫る唇に顔を背けると、頬を挟まれて頭まで固定されてしまった。


「罰だって言ってるじゃないですか――それに抵抗するなんて、まだまだ反省が足りないみたいです、ん……、ちゅぅぅ~」


 一回で終わるはずもなく、何度も唇をついばまれる。



 こんなとこ、家族に知れたら……。


 俺たちは、今は従兄姉の家に住まわせてもらっている身で、これまで何かと叔母が面倒を見てくれていた。


 そんな、恩を仇で返すような真似……。



「兄さん? 今、私とキスをしているのに、他の女のことを考えましたね」


「……『他の女』って、家族だぞ。こんなことしてるの、見られでもしたら……」


「感謝はしています。ですが、私の家族は――さんだけです。他は、みんな……私が兄――を無視できないからって、話を――」


 言葉が途切れ途切れで、だんだん妹が何を言っているのか分からなくなってくる。


 それを伝えようとすると、ついには指先まで動かなくなった。


 足の裏が熱い。


 まぶたが重い……。



 家で飲んだのは、ほっとレモンくらいだ。


 たぶん何か入っていたのだろう。


 頭がぼんやりして、目がかすむ。


 背中が冷たい。


 汗。


 もう口すら開かない。



「――してもいいですが、その場合、兄さんを――して、私も――ます。どのみち私は、――がいないと生きていけません……」


 かろうじて見えた瞳は……冗談で言っている風ではなかった。


 妹ならやりかねない。


 ズレてしまった妹に、常識は通用しないのだ。


「ふふっ、ようやく効いてきたみたいですね。さすがです兄さん、――を飲んでも、まだ――でいられるなんて……っ」


 このまま、起きれなかったらどうしよう。


「あぁ、やっぱり私には――しかいません。その気になれば、私なんて――のに、――しませんでしたね。兄さんぅ、私だけの……っ――」


 最後によぎったのは、妹だった。


 ◆◇


 目覚めると、膝の上だった。


 まだ拘束されたまま、ところどころ記憶が飛んでいるけれど、唇がヒリヒリして、あれは現実なのだと悟る。


 妹はずっと、頭を撫で続けていた。



 ――ガチャッ――


 玄関から鍵の音がして、ようやく拘束が解かれた。


 よかった。


 これでようやく、終わり……か――。


「ただいま~っ、ごめんねー遅くなっちゃったぁ」


 買い物袋を開きながら、叔母がこちらを気にかけているのがわかった。


 さっきより離れてはいるものの、年頃の兄妹にしては、距離が近すぎるのだろう。


 他にもソファはあるのに、普通、兄の上に妹は座らない。


(これで終わりだとでも思いましたか……?)


「うわ……ッ!?」


「なにか言ったー?」


「なにも!」


 耳元で囁く。


(言ったではないですか、これは手始めだって……。ダメですよ、悪いことをしたんですから、きちんと報いを受けてもらわないと。兄さんは約束、ちゃんと守ってくれますよね……?」


 叔母の目を盗み、もう一度キスをすると、妹は二階に上がっていった。


「茉由ちゃんは?」


「勉強してくるって」


「そう……」


 叔母はそれ以上、何も聞いてこなかった。

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