第97話……死兵か魔兵か

 私は幕舎に急ぎモミジを呼び出し、指示を伝えた。


「味方の兵をすぐに後方より逃がせ。負傷者もだ!」


「わかりました」


「あと、二時間戦った後に、お前たちも逃げよ」


「え!?」


「私を信じろ、逃げればいいのだ」


「……はい」


 私は不死族を含めた味方に、持ち場の配置を指示。

 その後、見張り台の上で敵の来襲を待ち受けたのであった。


 見張り台の上から眺める景色は、夏とはいえ珍しく今晩は冷え、地面にはうっすらと霧がかかる。

 敵は暗闇の中から次々と、猛る姿を現したのだった。


「斥候の言うには、砦の兵士は僅かぞ! 掛かれ!」


 松明を掲げた者を先頭に、槍や剣などを構えた兵士たちが突っ込んでくる。


「なんだこれは?」


 私は敵の侵攻ルートに逆茂木など簡易なバリゲードを作っていた。

 これの除去に敵が感けた時。


「矢を放て!」


 私の命令一下。

 次々に矢が放たれ、敵がバタバタと倒れ始めた。


「松明の火を消せ、退け退け!」


 敵の指揮官は意外と柔軟な奴の様で、部下の被害が少ないうちに兵を退かせた。



「斥候は敵襲に備えろ」


 私は見張り要員を交代で命令。

 その他の者を休ませたのだった。


 二時間たっても霧は晴れない。

 だが、敵も来なかった。


 私は休んでいるであろうモミジを呼び出した。


「敵は来ぬか?」


「はい、見知らぬ土地での夜戦は不利と悟って、攻めてこないのかもしれません」


「よし、お前は長弓隊を率いて、レーベまで逃げよ」


「……は、はい」


 モミジは何か言いたそうな感じであったが、おとなしく命令に従ってくれた。


「……、雨が降るかな?」


 彼女が退いた後、空からは小さな雨粒が降ってきていたのであった。




◇◇◇◇◇


 翌朝――。

 空は雨雲が覆い、豪雨が地面を叩いていた。


「出でよ、不死の勇者たち、魔界の弓兵たちよ!」


 私は次々に骸骨姿の兵士たちを召喚。

 砦の柵の裏側に次々に配備していったのだった。


 この不死族の骸骨兵たち。

 なにも万能ではなく、銀の武器や火の魔法に弱い。


 そして事前に契約が必要。

 さらに、私の魔法力で呼び出せるのは凡そ300体までだった。


「シンカー様、大丈夫ですか?」


 ぜいぜいと荒い息をする私を、魔族の射手であるベルチーが労わってくれた。

 ……だが、これで終わりではない。


「内なる力を目覚めよ、巨躯の魔将のギガースの力よ!」


 私の背中の筋肉が盛り上がり、着ている服が破けていく。

 その現象は胸、腕、足に広がり、私の体は3mを超える怪力自慢の巨躯の魔物となったのだった。



「……な、なんじゃ、あれは!?」


 此方の陣地をこそこそと覗いていた敵の斥候が、驚いて大声をあげた。

 それもそのはず、砦を守るのは低級とはいえ、魔物の群れだったのだ。


「敵が魔であろうと、闇を操ろうと構わぬ。敵の総大将の王族はこの砦の後ろぞ、捕まえたものは兵卒であっても金貨千枚ぞ!」


「「おう!」」


 敵の指揮官は兵たちを巧く鼓舞し、かつじっくりと攻め寄せてきた。


 私は屋根の上に登り、戦況を見渡していた。

 敵の兵数は約三千といったところ。

 此方は約三百、砦の防御力が頼みだった。


 敵は昨夜の経験を活かし、大盾を構えたものを前に並べていた。

 これでは矢の効果は少ない。


「ガウよ、頼むぞ!」


 私の指示に従ったのは、以前に呼び出した岩の巨人とミスリルゴーレムのガウ。

 彼等は怪力を活かし、用意していた岩を次々に敵に投げつけた。


「うぁ!」


 豪雨で地面はぬかるみ、思うように砦に近づけない。

 そこに空から石弾が降り注いだのだ。

 敵兵は堪らず後退したのだった。



「……ちっ、また逃げたか」


「はい」


 私は舌打ちし、ベルチーに愚痴る。

 敵がすぐに後退しては、なかなか大きな打撃が与えられないのだ。



 次に私が弄した策はくだらないものだった。


「バーカ、バーカ!」

「オ前ノ母チャン、デベソ!」


 私は骸骨剣士たちに敵将を侮辱させた。

 その内容は稚拙なものだが、支配階級に効果はあるはずだ。


 古の兵書などには、名将たちが挑発を無視する姿が描かれる。

 だが実際には、奴隷や平民の前で、支配階級が侮辱され続けるわけにはいかないのだ。


「馬鹿にしおってからに、許せん!」


 敵指揮官の命令を待たずに、馬上の騎士達が突撃をかけて来る。

 一騎、二騎とそれに続き、なし崩しに総攻撃の様相となったのだった。


「弓を放て! 敵を寄せ付けるな!」


 こちらもそれに応じて反撃。

 敵に石弾や矢の雨を降らせた。


「怯むな、掛かれ!」


 だが、敵もさるもの。

 矢の雨を掻い潜り、逆茂木などを除去。

 柵にロープなどを巻きつけ、引き倒しにかかった。


「御館様、あまり戦況がよろしくないですぞ!」


「うむ」


 副官役のベルチーが戦況を伝えて来る。

 流石に彼我の数が違う。

 全ての個所に、支援の手をまわそうにも兵士が足らなかったのだ。


 戦いは休まず続き、結局その日は持ちこたえた。


 だが翌日には、砦の修復が間に合わない部分に敵の攻撃が集中。

 ついに砦の柵が引き倒され、敵兵が砦内に侵入してきたのだった。


「掛かれ! 掛かれ!」

「魔物がここにいるのはおかしい。敵将は人間の魔物使いだ! 捕えてたら手柄ぞ!」


 ……嫌なことを言うやつがいるものだ。

 誰が捕えられてやるものか。


「怯むな! 押し戻せ!」


 私はコメットに飛び乗り、味方に檄を飛ばした。

 そして、馬上用の長剣を風車の様に振りまわし、怪力で敵を次々に薙いでいく。


 この私の巨体に、馬ならば潰れただろうが、流石にコメットは竜族。

 彼は私を乗せたままで、縦横無尽に敵の中を走り回ってくれたのだった。

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