第96話……ガンター先生
統一歴567年7月中旬――。
この年の夏は珍しい猛暑だった。
昼には蝉が忙しく鳴き、兵士たちの体には虻が集い、夜には蚊が集い睡眠を妨げた。
今日の昼も、陽に焼けて浅黒く、顔に酷い火傷の男が日々戦っていたのだ。
「弓隊ぃ~、構え!」
私は召喚した魔族の骸骨兵士を前衛にたて、後衛にモミジ率いる人間の長弓兵が務めさせた。
「矢ぁ~、放て!」
私の掛け声で、50名の弓兵たちが敵軍に向かって一斉に矢を放つ。
今日も、バラバラに離散して撤退してくる味方部隊の援護をしていたのだ。
「今だ、逃げこめ!」
味方を追ってきた敵が怯むのを見届け、敗残兵を関所に導き入れる。
私は占領した関所にあちこちに手を入れ、簡易の砦に改良していたのだ。
「知らぬお方じゃが、ご助勢感謝いたす!」
今回は馬に乗る下級貴族らしい老人と、15名ばかりの徒歩の兵士たちの保護に成功した。
「いやいや、私は無名の若輩者。礼には及びませぬ」
「かたじけなし!」
老貴族は渡した水を呷った後、ようやく息をついた様子である。
「……で、この後も味方は参りましょうか?」
この関所に立て籠もって早十日。
私は食料が不安になってきたのだ。
「きっと味方も来るが、敵も来るぞ。この後ろには逃げ遅れた大物もいるが、それを追う敵もいる」
「ふむう、では先に逃げてくだされ」
「まだ残られるので?」
老貴族が心配そうに聞いてくる。
「ええ、今回の戦は頑張ろうと思いましてね」
「……そうか、そうか。王国の支配地まであと少し。我等が余分に持っている食料をくれてやろう」
そう言って、老貴族たちは幾ばくかの食料を譲ってくれた後に、王国領へ向けて旅立っていったのだった。
◇◇◇◇◇
さらに三日後――。
近くの林に出した斥候が、急ぎ戻って来る。
「御館様、さらに味方が逃げてきております!」
「数は?」
「500あまりと見受けられます!」
「そうか、ご苦労! ゆっくり休んでくれ」
数が五百といえば、今回の敗残兵の集まりとしては大きかった。
それだけ、皆チリジリバラバラで逃げ延びていたのだ。
「かたじけない! 恩に着ますぞ!」
「それよりお急ぎくだされ!」
敗残兵たちを急いで砦の中へ迎え入れる。
重傷者は馬車に山と積まれ、血と汗が混じった異臭が漂う。
傷ついたものは多く、無傷な者は皆無といった感じであった。
「重傷者を急ぎ丸太小屋に運べ!」
「はっ!」
骸骨兵士の姿はあまり味方には見せたくない。
よってモミジ率いる50名の兵士が必死に働くことになった。
「助けてくれ~」
「痛いよぉ~」
このような兵士たちの呻きは、古の名将の記録などに詳しく記載されることは少ない。
だが、敗戦のみならず勝ち戦にも必ず死傷者はつきものだった。
「治癒魔法を使える者は?」
「……そ、それが」
「おるのか、おらんのかはっきりせい!」
回答を渋る下士官に、私は思わず怒鳴ってしまう。
多分、自分が治癒魔法を使えないことに怒っている部分もあると思うが……。
「おります」
「どこにだ?」
「あの馬車にございます」
私は下士官が指さした方向に走ると、大きな四頭立ての馬車があった。
「失礼だが、この馬車はいずれのご貴族様のものか?」
そう大声で尋ねると、馬車の扉があき、治癒魔法使いとおぼしき老人が、コッソリと顔を出してきた。
「この馬車はクロック閣下の馬車でございますじゃ」
「なんと!?」
そっと馬車の中を覗くと、包帯を巻かれ横たわった侯爵の姿があった。
多分、意識がある様ではない。
素人目にも重症に思われた。
……だが、治癒の魔法使いとおもわれる者が3名もいたのだ。
「必要なものは?」
「水だけにございまする」
「では渡すゆえ、すぐに王都へと向かえ! あと治癒魔法使い1人を譲ってくれ」
「ご手配、恐れ入りまする。畏まりました」
王族の重鎮だからと言って、手練れの治癒魔法使いの4名は独占しすぎだ。
私は若い治癒師1名と引き換えに。水の沢山入った樽を馬車に乗せたのだった。
「すまんが、兵士の手当てを頼むぞ!」
「畏まりました」
私は、若い治癒師をすぐに重傷者が待つ建物に向かわせる。
その後すぐに、一分一秒を争う治療が夜まで続いたのであった。
その晩、夜更け――。
私は若い治癒師を慰労すべく、自らの小さな幕舎に招いた。
「よくご加勢頂いた。かたじけない。先生が来たことは一万騎の加勢を頂いた心持ちでしたぞ!」
私がそう声を掛けると、若い治療師は笑って応えてくれた。
「いやあ、師匠に比べたらまだまだですけどね」
「そんなことはない。今日からでも我が部隊に入って欲しいくらいだ。ところで名前はなんというのだ?」
「申し遅れました。わたくしドリスタン=ガンターと申します」
「そうか、ガンター先生だな。まぁ飲んでくれ」
「有難うございます!」
私は寝具の下に隠していた葡萄酒を奮発。
この若き治癒師に振舞ったのだった。
ちなみに、ガンター先生は魔法を使わない薬師の勉強もされてきたようだ。
薬師は、平民にも門戸を解放されていた人気の職業。
もちろん魔法を使えずとも出来る職業であった。
突如、幕舎に備わる蝋燭の火が揺らめく。
「御館様! 敵が参りましたぞ!」
転がる様に伝令が駆けこんで来る。
私は酔いつぶれた若き医師を自分の寝具に寝かせ、愛剣を持ち立ち上がった。
「おう、今行く。それと逃げれる者は今すぐ逃げる様伝えよ!」
「ははっ!」
大物貴族が来たれば、当然にそれを追う敵も来る。
今回はそれを追い払うのが、自らに課した使命であったのだ。
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