第95話……関所の攻略、いでよロックゴーレム!
翌朝――。
オルコック率いる王国軍は、街道を塞ぐ関所に攻撃を掛けた。
確かに元気な兵士だけ考えれば、この関所を通る必要はない。
だが、今回は負け戦。
多くの戦友が負傷兵と化していた。
また、馬車で運ばれるほどの重傷者もいたのだ。
そのため、どうしてもこの街道を塞ぐ関所は潰すべきだったのだ。
戦いで傷ついたものも見捨てない。
そういう決意でオルコック将軍は突撃の命令を出したのだった。
「者ども、掛かれ!」
オルコック将軍の命令で、汚れ疲れ切った兵卒たちが、守りを固めた関所めざして駆け寄る。
堅く閉ざされた関所からは弓矢の返礼があった。
「怯むな!」
前線部隊を指揮する下士官が怒鳴る。
普段なら盾を装備する兵士が前衛を務めるが、我々は敗残兵。
盾など装備品を捨て去って逃げてきた者が多かったのだ。
おそらくこちらの方が兵数は上。
だが守りを固めた敵の方が、数段上の戦いを演じてきた。
「くそう!」
前衛を張る味方が、敵の矢でバタバタと倒れる。
戦いに臨む準備の差が歴然と現れた。
……まずいな。
このままでは、味方の屍が増えるだけ。
私は、ドラゴネットの上で指揮を執るナタラージャに大声で上申した。
「兵500名をお貸しくだされ、関所の北側に位置する高所を攻め取ってみせまする!」
「許す! 行け!」
「はっ!」
私はリルバーン家の兵士500名を借り受けると、関所の北側にある高地に駆け上った。
高地は戦術の要所だ。
当然ながらに敵兵が守っており、猛然と弓矢を射かけてきた。
「撃ち返せ!」
打ち返すよう命じるが、高所と低所の弓の打ち合いでは勝負にならない。
「射手を倒せ! 他はかまうな!」
勝負にならないはずだが、大盾を持った歩兵がにじり寄り、さらにモミジ率いる精強なロングボウ隊の活躍により、なんとか高地から敵を追い払った。
「ここで何をするのです? 関所までは距離がありますよ?」
高地を占拠した後に、モミジが私に聞いてくる。
弓矢は先ほどの交戦で、かなりの数の矢を使った。
高地から敵を有効に攻撃する攻城兵器などは我が方には無い。
「兵たちをさがらせよ!」
「はっ」
私は兵たちを下がらせた後。
長い詠唱を必要とする魔法を展開。
「大魔界の勇者、シンカーの名において命ずる! 力自慢の岩の巨人ロックガイアよ、出でよ!」
詠唱の後――。
地面に描かれた魔法陣が白く光り、周辺の石や岩が集まり、巨人の体を成していく。
岩の巨人であるロックゴーレムの召喚に成功したのだった。
「敵に岩の雨を降らせよ!」
「グオオォォォォ!」
私の命に従い、全高16mもある岩の巨人が、周囲の岩を拾い、遠くに見える関所に岩を投げつけていく。
巨大な岩が関所の防御施設に次々に落下。
敵陣が大いに動揺する。
「今だ! 出てきた導師を倒せ!」
「はっ!」
魔法の力で編み出したゴーレムは、神聖魔法を操る聖職者の魔法に弱かった。
だが、関所で姿を見せた聖職者は、モミジ率いるロングボウ隊の高所からの射撃の的になり、矢でハリネズミのような姿となって息絶える。
……そう、矢はこの時のために温存しておいたのだ。
「もはや、敵はいないぞ! 岩を投げまくれ!」
「グオオォォォォ!」
聖職者は数おれど、まともに聖属性魔法を操れるものは少ない。
敵を無くしたロックゴーレムの投石により、関所の防御施設はいたるところが破壊され、守る兵士たちの士気は下がっていった。
「今だ! 総攻撃だ!」
ここに来て、オルコック将軍が総攻撃を命令。
王国軍の総攻撃が始まった。
矢も乏しく、軍馬も疲れ切った王国軍だが、数で敵を押し切り、関所に幾重にも構えられた柵を押し倒し、濠を越えていく。
「門を壊せ!」
縄でくくった大木を、兵士たちが関所の門に叩きつける。
城ほどは堅くない門は、すぐに壊され、王国軍が関所内に雪崩れ込んだ。
だがしかし、その頃には敵兵は逃げ散っており、関所内は空であった。
「敵は逃げたか? 追うではない! 勝鬨だ!」
「「えいえいおー!」」
オルコック将軍はほどなく、防御施設を施された関所全体を占拠。
勝鬨をあげたのであった。
◇◇◇◇◇
関所を占拠して二時間後――。
概ね昼過ぎ頃。
関所の食料倉庫を接収し、オルコック率いる王国軍は、さらに東の王国領へと出発しようとしていた。
「火傷の準男爵殿はここに残るのか?」
「はい、左様です!」
私はオルコック将軍の問いに応えた。
なぜこの関所に残るかと言えば、より多くの味方を逃がすためだ。
オルコック将軍の部隊は逃れたが、いまだクロック侯爵率いる本隊は敵領に取り残されているのだ。
彼等が安全に王国領に帰るために、私がここに居残ること決めたのだ。
「私も残ります!」
ナタラージャが言う。
「駄目です。閣下はリルバーン家の部隊の責任者です。残ってはなりませぬ!」
「……む」
ナタラージャは顔をしかめたが、すぐに居直った。
「……では、モミジの隊を残す故、使え!」
「はっ」
こうして、私の指揮下にモミジ率いるロングボウ隊50名がとどまり、それ以外の兵士たちは東の地へと退却していったのであった。
「御館様、何故にお残りになったのですか? いつもは益のない負け戦では、真っ先にお逃げになるではありませぬか?」
2人きりになった時。
モミジがそっと聞いてきた。
「んー、なんだろうな。私は今まで自分の功績でだけで公爵になったと思っていた。だけどそれは嘘なんだ。きっと女王様や前宰相様のお口添えがかなりあったんだよ。それをチャド家の話を聞いて思ったんだ」
「……はぁ」
「だから、女王様や前宰相様の御恩の為に、少しでも味方を助けなくてはいけないと思うんだ。しかも、今の私は無力ではない。魔法という力を授かった。強いものは弱いものを守るべきなんだよ、きっとね」
私はイオから貰ったペンダントを一時だけ外し、眼に現れる紅い紋章をモミジに見せたのだった。
「カッコいいですね!」
モミジがはにかんで笑って見せる。
「……いや違う。今まで私は逃げ過ぎただけなんだ、卑怯者なんだよ」
私はモミジに聞こえないよう、夕日に向かって、そっと呟いたのだった。
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