第94話……チャド家

 高台に陣を張るリルバーン公爵家の部隊に、オルコック将軍が率いる諸隊が合流。

 件の関所に対する作戦を講じることになった。


 テーブルに地図を拡げ、諸将が居並ぶ。


「何かいい意見はないか?」


 上座のオルコックが問うも、諸将の顔色はさえない。

 やむを得ないといった感じで、老男爵が口を開いた。


「もはや、作戦などありません。食料もありませんし、攻城兵器もありません。敵が集まってくる前に攻めるべきです。明日の朝に全軍で強襲いたしましょう」


「そうだな。明日は退路を塞ぐ敵との激戦だ。兵たちに残りの食料を全て配れ!」


「はっ」


 オルコックの力のない命令に、諸将は頷く。

 その後、粗末な水杯が、諸将に配られたのだった。




◇◇◇◇◇


 その日の晩御飯は、温かい麦粥に硬く焼しめた黒パンだった。

 戦場ではご馳走だが、明日が激戦だということを考えると肉が欲しくなる。


「ポコ~♪」


 ポコリナも立派な戦士だ。

 彼女の器にもたっぷりの麦粥が配られる。

 あまり食事を必要としないガウとも、楽しく過ごしたのであった。


「書記官殿はいらっしゃるかな?」


 私は食事の後。

 オルコック将軍の陣を訪れる。


 大きな部隊の本陣には、諸将の戦功などを記録するための書記官が配属されていたのだ。

 彼等は階級こそ低いが、王宮の大学を出るなど知識豊富な者がつく職だった。


「準男爵様、お呼びでございますか?」


 兵卒に連れられ、若い学者風の男がやってきた。

 歳は15歳くらいであろうか。


「実は私は傭兵あがりでな。皆と違い、学が無いのだ。良かったら敵に回ったチャド公爵家について教えてくれないか?」


「かしこまりました。では……」


 若者は任せてくれとばかりに、話し始めたのだった。




◇◇◇◇◇


 チャド公爵家が成立したのは、今から二代目前の王、クレミー=オーウェンの統治の時代。

 チャド家の主はノア=チャドと言い、彼は貴族ではない平民層出身の役人であった。


 当時のファーガソンの地は、オーウェン連合王国が最近征服した遠方の地であり、不人気な赴任地であった。

 そこに若いノアは赴任。

 真面目な勤務ぶりを見せた。


 ファーガソンの地の特産物は果物の柿。

 この収穫は現地の人々の最大の楽しみであり、昔からの文化であった。

 そして昔から租税の対象外とされていたのだ。


 ところが、オーウェン連合王国の王宮は、この柿に高額の税を設定。

 現地から怨嗟の声が上がった。


 この柿の税に以外にも、辺境の征服地であるファーガソンには、イシュタル小麦の収穫にかかる税以外にも厳しい兵役や重い工事負担があったのだ。


「柿の税は払えぬ!」


 現地の民の陳情に、役人のノアは困った。

 ノアは王宮に何度も柿税の撤回を申し出るが、王宮からの返事はない。


 そうこうしているうちに、任期の4年が経ち、新たな役人がノアのもとを訪れた。


「なんだお前たちは!?」


 新任の役人が見たのは、集落に作られた砦と武装した村人たち。

 つまるところ現地民の反乱だった。

 しかも、反乱の首謀者はノアだったのだ。


 以前よりノアは、王宮の理不尽な数々の命令に憤慨。

 浮浪者を集め、治安維持という名目で武装させた。


 その後、各地の山賊たちを討伐。

 こともあろうか、彼らを仲間にしていったのだ。


 ノアは元から頭が切れる男であったが、ここに来て「人に好かれる」という、天賦の才を発揮。

 自分の任地の集落以外の集落も傘下に収め、さらに在地領主である貴族達も説得し仲間に加えていき、勢力を拡大していった。


「木っ端役人風情が! 踏みつぶせ!」


 この情勢に怒りを覚えた王宮は、反乱討伐の兵を向かわせた。

 ところが、この討伐軍は完膚なきまでに叩き潰されてしまったのだ。


 ノアは単なる反乱分子ではなく、ファーガソンの地域の街や道を整備。

 川の治水から新規の農地の開発までを行い、そこはもはや国の経営と言ってもいい態であった。


 その情報を得た王宮側も鎮圧の手段を変更。

 大きくなりすぎたノアに、辺境伯の地位を与え、王宮の統治下に再び組み入れようとの腹だった。


「そうだなぁ? 姫を嫁に欲しいな」


 このノアの発言。

 傲慢に思えるかもしれないが、味方に付いた現地の者たちを安心させる策だった。


 王宮としてはこの提案を無下にできず、王クレミーの娘がノアに降嫁。

 ここに王族としてのチャド家が完成したのだった。


 そんな家風であるから、チャド家の独立心は強い。

 しばしば、西にできた新興のガーランド商国と組んで王国に反旗を翻したのだった。


 今回も、宰相であるクロック侯爵の政策と以前から対立。

 火種は開戦の前からあったのではないかという、書記官の話だった。




◇◇◇◇◇


 私は書記官との話を終え、リルバーン家の陣地に帰る途中。

 長い説明を聞かされ、頭がフラフラの状態で茂みの中を歩いていた。


「御館様」


 甘えた声の主に、私は後ろから抱き付かれた。


「ナタラージャか?」


「左様ですぅ~♪」


 私は彼女にそのまま茂みの中に押し倒された。


 彼女の体は気持ち良いほど柔らかいが、とても酒臭い。

 退却の最中、部隊の長として随分と気を張ってきて、とても疲れたのであろう。


「よしよし、よく頑張ったな!」


 私は彼女の頭を優しくなで、労わりの言葉を掛けた。

 それを受け、彼女は一筋の涙を流す。


 そして私とナタラージャは、そのまま熱い夜を日の出まで楽しんだのであった。

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