第93話……雪隠詰め!?

 統一歴567年6月――。


 オーウェン連合王国軍は、西方でガーランド商国軍に敗北。

 全戦域で潰走状態に陥っていた。

 商国の追撃は執拗で、それは珍しく国境境をも越えても行われたのだった。


 そのような時期。

 私はファーガソン地域の街道を歩いていた。


「ん!?」


 私は進行方向に、長蛇の列を発見した。

 旗を見るに味方だ。


 だが、皆やつれ、そして汚れ、ボロボロな身なりであった。

 近づいてみると、オルコック将軍の軍勢であった。


「おう、火傷の準男爵殿ではないか?」


 どうやら将軍は私を覚えていた様だった。


「将軍もご無事でなによりです!」


「うむ、其方の寄り親の軍勢はこの先だ。行ってみるがよい!」


「はっ、有難うございまする!」


 私は将軍に言われ、敗残兵の群れを追い抜かしていく。


 そして、先行くところに竜騎士隊を発見。

 ナタラージャの姿も見えた。


「親衛隊長殿! シンカーにございまする!」


「おお! ライスター準男爵殿! ご無事でよかった!」


 ナタラージャの形もボロボロで、苦労してここまで撤退してきたことが理解できた。


「ご報告があります。パン伯爵ご謀反のご様子!」


「なんと! それはまことか!?」


 パン伯爵は、現在の地であるファーガソン地方の有力な地方豪族であった。

 当然に我が軍の撤退時の安全確保の支障になることは確実だったのだ。


「ライスター卿、ついてまいれ!」


「はっ!」


 私はナタラージャに連れられ、オルコック殿のもとへと赴いた。

 そしてパン伯爵のことを報告したのであった。


「それはまことか?」


「この目で見てきました。間違いはございませぬ」


「良く知らせて来てくれた。だがパン伯爵の領地は北の山側。急げば出会うこともないかも知れぬ。よし、兵たちも辛いであろうが急がせよう!」


「はっ」


 その報告後――。

 私とナタラージャはリルバーン家の部隊に戻った。

 撤退時のあるあるだが、我が家の兵たちも惨めで、食べ物に飢えていたのだ。



 しばし行軍し、街道沿いに集落が見えた。

 そして、食料を分けてもらえるように頼むのだが……、


「なんだと!? イシュタル小麦の一袋が金貨一枚だと!?」


「ああ、それ以下では売らないよ!」


 村長らしき老人が、村の若者6名を連れて交渉にあたってきた。

 平時であれば、小麦の一袋は銀貨5枚程度。

 今、その20倍の代金を請求されたのであった。


「……てめぇ、舐めてんのか!?」


「荒事をおこすなら、この地を治めるチャド公爵に言いつけるぜ!」


「……うぐう」


 チャド公爵は王国西部のファーガソン地域を治める大貴族。

 王宮もその発言を無視できないほどの重鎮であったのだ。


「では、銀貨20枚払おう。これが飲めぬなら、この集落を灰にする」


 私は強気に交渉した。

 豊かなリルバーン家だけなら、何とか20倍を払えただろう。


 だが、この先もある。

 軍資金は大切であったし、オルコック殿の部隊の食料も買い付ける予定であったのだ。


「お前、チャド公爵が怖くないのか?」


 村長は公爵の名を盾に威圧してくる。

 後ろの若者たちも私達を侮蔑するような笑みを浮かべていた。


「松明を持て、一人も生かすな! 皆殺しだ!」


 私は大声を上げて、部下に命令。

 兵卒たちが松明や藁束をもって駆けつけてきた。


「わかった! 悪かった。応じる。20枚で売る!」


「流石は村長ともなると話が分かるな! 酒もつけてくれよ!」


 私は笑って村長の肩を叩いた。

 急いで買い付けられた小麦が、諸部隊に行きわたる。


「こんなことをしてもいいのですか?」


 リルバーン家の若い騎士が私に聞いてきた。

 きっと我が家を思ってくれてのことだろう。


「大丈夫だ。我が御当主様は兵士たちのことを大切にする。きっと貴族同士うまくやってくれるさ!」


 私はそう言い、若い騎士の肩を優しく叩いたのだった。

 その日は、兵たちも久々に腹を満たした。

 部隊に行きわたるほど酒を用意するのに、結局大枚はたいてしまったのだが……。




◇◇◇◇◇


 それから十日後――。

 東へと道を進んでいくと、我等の前に関所が立ちふさがった。


 それはタダの関所ではなく、柵が何重にも施され、見張り台を立ち、いたるところに兵士が配置されていたのだった。


「関をあけよ! 我等はオーウェン連合王国軍なるぞ!」


 先頭を行くナタラージャが、一人大声をあげる。

 だが、帰ってきたのは、弓矢の返礼であった。


「我等が主、チャド公爵様はガーランド商国にお味方為されることになった。其方ら王国の兵は残らず降伏せよ。さすれば奴隷として生きる道を残してやる!」


「……な、なんだと!?」


 ナタラージャは驚愕。

 チャド公爵が敵となると、このファーガソン地域全域が敵と思っても差し支えない出来事だったのだ。

 その版図は王国領土の三分の一にあたる広大なものなのだ。


 やはり、恐れていたことが起きた。

 なぜかわからないが、チャド公爵が裏切った。


 つまりこの辺り全域が敵地だ。

 そして、さらに言えば、我等が逃げる方角には、この守りを固めているであろう関所がある。


「……だ、駄目だ」

「帰りたいよう、奴隷は嫌だ」


 兵たちの落胆が激しい。

 このままでは不味い……。


「ナタラージャ様! ここは一時撤退を!」


「うむ!」


 こうして我々は、急ぎオルコック将軍に伝令を送った後。

 関所から幾らか離れた高台に陣地を張ったのであった。

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