第98話……家宰交代。

 統一歴567年8月――。


 オーウェンの連合王国の王宮には連日急使が駆け込み、戦いの敗報を次々に告げていった。

 今回の戦いは、安全な退却路であるはずファーガソン地方の太守チャド公爵が、敵に寝返ったため被害が甚大なものとなっていた。


 王族で総大将のクロック侯爵は重傷。

 前宰相のフィッシャー宮中伯の長男をはじめ、多くの前途有望な貴族の子弟たちが討ち死にしたのであった。


 商国の領土を切り取るどころか、寝返りにより領土の30%以上をも失ってしまった王国。

 その重大な責任の所在を王宮は求め、その感情の矛先はサワー宮中伯へと向かった。


「我を処分してどうなる? 作戦を承認したのはクロック閣下でござるぞ! この案件は当然連座制で臨まれるおつもりでしょうな?」


 宮廷の議会でこう申し開きをしたサワー宮中伯。

 王宮の実質的な首座は女王にあらず、もはやそれはクロック宰相のモノだった。


「勇敢に戦い戦傷を負ったクロック閣下は罪には問えぬ!」

「そうだ、そうだ!」


 若手貴族たちの声は大きくなり、サワー宮中伯を罪に問う声は、次第に小さくなっていく。

 だが、敗戦の責任は、古来から誰かが追うのが習わしであった。


「さすれば、兵の動員力が一万近くもあるのに、兵を三千しか出さなかったリルバーン公爵家はチャド公爵家と同じく、敵に通じていたのではあるまいか?」


 こう持論を展開したサワー宮中伯に、若手の貴族から賛同の声が集まる。


「そうだ、そうだ! 兵を出し惜しみされては勝てる戦も勝てぬ! リルバーン家を詰問すべし!」


 こんな意見が宮中の主流派を占め、王都シャンプールに偶然逗留していたイオが呼び出されたのだった。



「領主代行殿! この不始末どう弁解なさる?」


「……えっと」


 突然に強面のやり手官僚達に詰め寄られ、幼いオパールを連れていたイオは顔から血の色がひいていく。

 イオは政務を家臣たちに任せ、事情をあまり知らないのだ。


 その頼りになる家臣たちはここにはいない。

 その事情を知ってか知らずか、官僚たちはイオに厳しく、そして冷たく詰め寄った。


「リルバーン家はその罪状を認めますかな?」


 イオの目の前には三枚の羊皮紙が提示された。

 周りには屈強な兵士たちが居並び、イオに抱かれたオパールが怯え、激しく泣く。


「公爵夫人様になんたる無礼!」


 その様子に堪らず見かねたイオの侍女が官僚たちに食いつく。


「黙れ、無礼者! 王宮審議会を愚弄するか? こやつを地下牢に連れていけ!」


「……ひぃ!」


 このような恐怖に満ちた空間ではイオに抵抗する術はなかった。

 貴族の子弟にあってはならぬことかもしれないが、彼女にとっては娘オパールに差し迫ろうとしている危険を排除するのが第一だったのだ。


 こうして公爵代行であるイオは、今回の戦いの敗戦の責任と怠慢を一部認め、所領の七割の農地を王宮へ返還する書類に署名したのであった。


 そのような時に、私はボロボロになった味方とともにレーベに帰りついたのであった。




◇◇◇◇◇


 レーベ城の領主広間。

 イオを上座に抱き、家臣たちが意見を交わしていた。


「なんですと? 兵を出した我等が何故減俸にならねばならぬのです?」

「そうだ! リルバーン家は家臣に報いることを知らぬ!」


 旧臣たちが口々に、所領削減を受け入れたイオを非難した。

 そもそも兵の数を出し渋ったのは、旧臣たちのボスであるモンクトン翁のであるのだが……。


「こうなっては、寄り親として責任を取ってもらわねばならぬ。家宰殿! 責を認めて、職を退かれては如何であろうか?」

「そうだ、そうだ!」


 私は準男爵の身分なので、その他多数の家臣たちと席を同じくしていた。

 当然にその発言力は小さく、その他大勢の一人にすぎない。


「やはりこの家の大事を担えるのはモンクトン様に他ならない! 皆の意見はどうであろうか?」

「同意、同意! 異論はない!」


 なにしろモンクトン翁は、イオやアーデルハイトの師といった具合の人物。

 このリルバーン家において、領主代行のイオや現家宰のアーデルハイトさえも、面とむかって異論を唱えられない人物なのだ。


 この紛糾した事態をイオは治めきれず……、いや治めきれていたのかもしれない。

 もしもっと家が小さく、そしてオパールという守るべき娘がいなかったのなら。

 イオの困る姿を見て、アーデルハイトも家宰の地位返上を率先して認めた。


「此度の家の不始末、家宰として責任をとりまする」


「おお、お見事!」

「さすれば、後任はモンクトン殿ですな!」


「左様、左様!」


 私が公に行方不明となってからというもの、旧臣たちの増長は増すばかりであった。


 旧臣たちはお互いに縁戚であり、リルバーン家と縁の深い者たち多かった。

 彼等のとっては、過去の私こそが他所者であり、邪魔ものであったのであろう。


「……では、モンクトン卿を再び子爵に取り立て、リルバーン家の家宰と致す。所領も任に相応しき加増と致す!」


「はっ、有難き幸せ! 恐悦至極に存じまする!」


 領主代行のイオによるモンクトンの正式な家宰への任命を経て、アーデルハイトは罷免。

 旧臣の筆頭のモルトケを遥かに凌駕する発言力を持つモンクトン卿が、家宰の座に就いたのであった。


「御館様、こんな具合でよろしいのでしょうか?」


 ナタラージャが会議場でコッソリと聞いてくる。


「案ずるな。我等にはゲイルの地がある。このような腐った地、くれてやろうぞ!」


 私は袖で隠したナタラージャの頭を撫で、そう呟いた。


 ……だが正直、惜しい、悔しい。


 ここは私が戦功を、そして開拓した地。

 なぜ縁故とシガラミだけある者たちが、それを奪うのか?


 ……だが、それこそが真の政治。

 そして古からの覇道の道だろう。


 家や土地に縁故はつきもの。

 それを避けて統治は出来ぬ。


 身を律しよ、シンカー。

 困難から逃げてはならぬのだ。


 私はシュナイダー師の言葉を、繰り返し復唱していたのだった……。

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