第91話……ガーランド商国の精兵たち

 風雨が吹きすさぶ中。

 今まさに、ガーランド商国の親衛騎兵の突撃を、私は見張り台の上で待ち受けていた。


 騎兵は歩兵とは違い、どの国も騎士階級以上が務め、かつプロフェショナルな戦闘員だ。

 さらに常雇いであり、傭兵とは違い、主人に対する忠誠も厚い。

 そのため、騎兵はただ突撃力のある兵種であるというだけでなく、鍛えられた精兵たちだったのだ。

 

 「突撃!」


 大人の身長二人分もあろうかという長いランスを掲げて、騎兵が横一直線に並んで突っ込んできた。

 戦列は横に長く、密集しており、左右に逃げる隙間もない。

 その一糸乱れぬ統制に、王国の兵卒たちの平常心が崩れ去った。

 

「怯むな! 掛かれ!」


 王国の前線指揮官たちが、声を枯らして号令。

 腕自慢の重歩兵が、騎兵の突撃を阻む。


 だが、馬の質量も負荷した重いランスの切っ先が、盾を構える重歩兵を次々に突き飛ばした。


 そうしてできた戦列の隙間に、後続の軽騎兵や弓騎兵が次々に乱入。

 王国軍の前線は、あっという間に壊乱状態になった。


「その首貰った!」


「ぐ……、ぐはっ!」


 次々に打ち取られる王国軍の前線指揮官たち。

 商国の騎士達は、逃げ散る歩兵には目もくれず、とにかく指揮官階級を狙ってきた。

 弓騎兵や軽騎兵が連携し、戦線に踏みとどまろうとする王国の下級貴族を集中的に狙う。


「ひ、卑怯なり!」


「……」


 彼等は、時には二対一、時には三対一と、常に有利な戦場を形成。

 騎士道とは何かと問いかけたくなる戦い方を徹底してきた。


 そして、手の空いた重騎兵は突進力をもって、さらに深く王国側の防御陣形を突き崩しにかかった。


「申し上げます! エッジ準男爵、お討ち死に!」

「さらに、アルドリッチ男爵、お討ち死に! ダックワース準男爵、お討ち死に!」


 クロック侯爵の本陣には、悲鳴に似た伝令が次々に駆け込んでくる。

 本来の王国軍の本隊は、激しい戦闘のリスクは少ないと考えられ、貴族階級の子弟が多く所属していた。


 彼等の多くが、戦闘員である前に、貴重な知識階級の若者。

 次世代の王国を支える行政官や領主たちだったのだ。


 人を教育し、経験を積ませて育てるには、長い時間がかかる。

 これは明らかに、勝敗以前に、王国の未来に対する甚大な損失だった。


「敵の突撃が阻めません! もうすぐこちらに敵が参ります!」

「公爵閣下、早くお逃げを!」


「……うぬぬ」


 侯爵には、敵に後ろを見せないという貴族の矜持があった。

 だがその間にも、侯爵を守ろうとする忠義の部下たちが次々に戦死していく。


 ……だが、明らかに戦いは負けだ。


 味方は壊乱状態で、どう考えても、各地の友軍が駆け付けるまで持たない。

 その証拠に兵卒たちは、重い武器を投げ捨てて、あちこちを逃げ回っていた。


「うーむ、逃げるか」


 その点、私は傭兵上がりだ。

 逃げるのに、何の抵抗もなかった。


 ここには縁のある戦友もいないし、守るべき友もいない。

 素早く見張り台を降り、味方の混乱に乗じて走り去る。


「フィッシャー宮中伯、お討ち死に!」


 後ろから、伝令の悲鳴のような声がした。


 ……前宰相様のご子息。

 嗚呼、若くして死んでしまったのか……。


 私は生まれて初めて逃げるのに、強く後ろ髪を引かれる思いを感じたのであった。


 だが、私は逃げねばならぬ。


 イオが、オパールが私の帰りを待っているはずだ。

 少なくとも、オパールが一人前になるまで見届けてやらねば。


「……いくぞ、コメット」


 私はコメットに飛び乗り、逃げまどう味方の兵士を掻き分け、南に向かって走ったのだった。




◇◇◇◇◇


 二時間後――。

 戦いの様相は、極めて決定的となっていたのだ。


 常に前線で勇を鳴らす、王国きっての歴戦の老将で、かつ兵卒や傭兵達に人気のあるダンフォード伯爵が戦死したのだ。


 これには堪らずクロック侯爵も撤退を決意。

 だが、その判断は遅きに失した。


 さらに王国軍の多くが伏兵の為、見通しの悪い盆地に布陣。

 これが多くの兵士たちの逃げ場を無くした。


 商国軍はクロック侯爵の本陣を蹂躙。

 王家の象徴である鷲の紋章が入った旗を強奪した後、陣地に火を放った。

 この炎を見て、周囲に布陣していた王国軍も、本陣救援を諦め撤退に入ったのであった。


「助けてくれ!」

「金なら払う! 助けてくれ!」


 戦争における貴族社会の習わしとして、捕虜になった貴族は身代金を払えば生きて帰れた。

 逆を言えば、敵の貴族を捕えればお金になったのだ。


「死ね!」


 ……だが、今日の商国軍は違った。

 命乞いを受け付けず、王国の貴族達に、冷たい死の告別を告げて回ったのだった。


 あとになってわかったのだが、ガーランド商国の王アドルフは、今回の戦いの前に国庫を開き、麾下の騎士たちに莫大な財を大盤振る舞いしたらしいのだ。


 内乱の影響もあり、今回の王国との戦いに敗ければ、間違いなく滅亡の渕に立つであろう商国。

 その王の不退転の決意だったのだろう。



「……ふう、ここまでくればいいか」


 私は味方を見捨てて逃げ続け、盆地を抜け出た。

 そして草むらに隠れた。

 敵の気配はない。


「出でよ、風の聖霊!」


 長距離移動の瞬間移動は、短距離移動と違い詠唱に時間がかかったのだ。

 私は、長い詠唱を終え……。


「な、何故だ!?」


 ……魔法が発動しない!?

 どうしたんだ一体……。



「逃げた奴を探せ! 一人も生かすな!」

「おう!」


 遠くに、商国の兵士の声が聞こえる。

 私は、全身の血の気が引くのを感じたのであった。

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