第90話……大包囲網、完成す!?
「敵襲!」
「敵に備えろ!」
下級指揮官たちが兵士たちに命令。
だが、我が方は荷物を運ぶために、兵士たちは重い鎧や武器を装備していなかったのだ。
……まずい。
いくら精鋭をもってしても、武器なしでは勝てない。
「ポコ~♪」
……うん?
先頭を行くポコリナに警戒心がない。
松明を手に、声がする方向に目を凝らしてみると、敵だと思っていたのは、城方の味方だったのだ。
「いやあ、敵かと思いました。食料有難うございます!」
「お味方で安心しました!」
トンネル内で出会ったのは、トンネルの出口を警戒していた味方だった。
最悪の同士討ちを避けられて良かったと思う。
我々は安堵する暇もなく、食料を次々に運び込んだのだった。
ラゲタの人口を考えれば僅かな量だったが、少なくともこれでラゲタの士気は上がったはずだ。
味方に見捨てられてはいない。
こう思えることは、何よりも人間の心を奮い立たせるのだ。
翌朝――。
雨が上がり、東から温かい日が差してくる。
私達は無事に作戦を終え、意気揚々と帰陣したのだった。
「ライスター卿、良くやってくれた!」
大男であるオルコック将軍が、満面の笑顔で出迎えてくれた。
そして、私は彼の太い腕で抱きしめられた。
「卿の胆力は見事だな! 顔の火傷も伊達ではないな! 今度酒でも飲もうぞ。あはは!」
こうして、すぐにラゲタが陥落するという最悪の展開は回避されたのであった。
◇◇◇◇◇
ラゲタへの強行補給から三日目――。
あたりには再び強い雨が降り始め、雷鳴が轟いていた。
「敵の援軍が参りましたぞ!」
「おう、遂に来たか!」
斥候が敵の本隊の来襲を告げた。
これにて、王国軍の作戦の第一段階が成功である。
「敵の砦の包囲を解け! 我等は偽の敗走を演じるぞ!」
「はっ」
オルコックは嬉々として諸将に告げた。
「それから、ライスター卿。総大将のクロック殿に、敵軍の誘引に成功したと急ぎ伝えよ」
「はっ! 直ちに!」
私はオルコック将軍に好かれたらしい。
重大な情報の連絡係に任命されたのだった。
「ナタラージャ様、後は頼みまするぞ!」
「其方も気をつけてな!」
「はっ!」
私はナタラージャに自部隊のことを頼み、コメットに跨り、駆けた。
途中の大地はぬかるんでいたが、小型とはいえ竜族の健脚を害するほどでもない。
沼地を避け、出来るだけ草むらを選び、急いで駆けた。
数時間後――。
私は潜んでいる味方の陣地へと、無事に入ったのであった。
◇◇◇◇◇
クロック侯爵の幕舎。
「侯爵閣下! 使いの者が参りまいたぞ!」
「通せ!」
私はオルコック将軍から預かった書簡を、クロック侯爵に急いで手渡した。
侯爵は書簡に目を通し、にやりと笑う。
「馬鹿めが、掛かりおったか! よし、其方もついてまいれ」
侯爵は私を連れ、陣中に巧妙に隠された見張り台へと登る。
そこからは周囲が一望でき、敵部隊の姿も見えた。
「敵部隊の総数、およそ一万! 旗印はガーランド商国親衛隊です!」
伝令が敵の総数を伝えて来る。
敵の数は思ったほどいないが、どうやら王自ら出馬してきたようだ。
「くっくっくっ、大物が釣れましたな!」
サワー宮中伯が笑う。
敵の王を討てば、戦局は一気にこちらのモノだ。
私も鼓動が高鳴るのを感じた。
「全軍に、予定通り包囲網を形成せよと伝えよ!」
「はっ」
侯爵の命令で、陣中は一気に騒がしくなる。
伝令が各所に飛び、兵士たちは戦いが近いことに色めきだった。
「あはは、オルコックめ、良い逃げっぷりだな!」
見張り台の上からは、オルコックの部隊が逃げ散っていくのも見える。
もちろん、予定された偽の敗走なのだが……。
「そろそろ攻撃命令を出しますか?」
「いや、もう少し引き付けよう!」
幕僚たちが、各所に潜ませた味方に攻撃命令を出すべきかと侯爵に問う。
だが侯爵は、敵がもう少し罠の奥地にはまり込むのを選択した。
「……ん!?」
ここにきて、突如敵が進撃方向を変えた。
逃げ散るオルコックの方ではなく、我々のいる方角。
つまりクロック侯爵の本陣の方角へと向かってきたのだ。
「奴らは何をしている? どこへ向かってきているのだ?」
暫く、侯爵も幕僚も呆然としていた。
……が、すぐに気づいた。
「……しまった。急ぎ全部隊に伝えよ! 我等の策が見破られた。各前線部隊は急ぎ攻撃を開始せよ! そしてオルコック将軍にも伝えよ!」
「はっ」
オルコックの軍は、南方へ偽の敗走中。
クロック侯爵の本隊も、包囲網を形成すべく各地に散っていた。
それを見抜いたであろう敵の親衛隊一万が、真っすぐに此方へ向かってきたのだ。
「守りを固めよ! 決して打って出るな!」
「はっ」
サワー宮中伯が、本陣を守る部隊に命令を下す。
本陣を守る部隊は約五千。
「すぐに味方の大軍が駆け付けて来る! それまで守れば我等が勝ちぞ!」
「「おう!」」
クロック侯爵の直卒の部隊は、王国軍の精鋭たち。
彼等は自らを奮い立たせ、迫りくる敵を迎え撃つ態勢をすぐに整えたのだった。
「重装甲兵、前へ!」
天候は激しい豪雨となり、敵の姿が見えない。
だが敵の襲撃に備えて、前方へは重装甲の兵士たちが並ぶ。
「来たぞ!」
姿は見えないが、腹の底に響くような馬蹄が轟く。
それはまさに、ガーランド商国の誇る親衛騎士部隊の突撃の音であった。
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