第89話……ラゲタ城を救出せよ!?

 統一歴567年5月下旬――。

 我々の部隊を含む王国軍一万名の解囲部隊は、城郭都市ラゲタが見える山頂に陣を敷いた。


 王国軍占領下のラゲタの街は、高い城壁によって守られている。

 これを継続的に攻撃するために、商国軍はラゲタの周囲に複数の砦を築城。

 さらにその砦を攻撃するべく、我々が近くの山頂に陣取るという複雑な構図であった。


 ラゲタの防衛部隊は1500名。

 しかし、包囲により糧食が少なく、陥落寸前。

 商国側の砦は3つで、各砦に1500名づつで、計4500名。

 だが、その砦は意外にも簡素な造りである。


 これが我々の知りえる情報の全てであった。


 オーウェン連合王国、解囲部隊の本営。

 解囲部隊の総大将オルコックに、参謀役のパン伯爵が意見を述べた。


「敵に守りの優位があるものの、情報によればラゲタの食料はあと僅か。なんとかせねばなりません」


「そうだのう。だれか、良い案はないか?」


「……」


 オルコックも居並ぶ諸将も渋い顔。

 皆良案が無いようだった。


 ……それもそのはず。

 王国軍の総司令部からは、敵の砦を壊滅させないようにとの厳命が下っていたのだ。


 今回の王国軍の作戦責任者はサワー宮中伯。


 彼の作戦は、ラゲタを囲む砦を救うために、ガーランド商国本国から出て来る商国軍本隊を誘引。

 それに目掛けて、ラゲタの東部の盆地に隠れている王国軍の本隊が加勢し、王国軍解囲部隊と挟み撃ちで打ち破るという、必殺の作戦を用意していたのであった。


 そのため、商国軍の本隊を誘引するまでは、砦を攻略しては駄目だったのだ。

 ちなみに商国北部において、地方貴族が反乱中で、商国は大した兵力は動員できないとの情報だった。


「ラゲタが落城しても駄目。砦を攻略してもだめ。我我が敗北しても駄目。なんとも難しい戦いよのう」


「しかし、敵の本隊はまだか? このままではラゲタが陥落してしまうぞ!」


 従軍していた地方貴族達も、次々に不平を口にしたのであった。



 その晩――。

 ラゲタを抜け出してきた勇敢な兵士が、オルコックの本営に現れた。


 その身なりはボロボロ。

 矢傷もあり、必死で敵の包囲を抜け出してきたのが、誰の眼にもわかった。


「皆様方は何をしておられる! ラゲタを早く助けてくだされ! 街は飢え、食べるものが無いのですぞ!」


「……」


 オルコックだけでなく、居並ぶ諸将も押し黙った。

 誰しも、ラゲタを助けてたくないわけではないのだ。


「あの、某に、策があります!」


 私はコッソリと手を挙げた。


「ん? 顔に火傷の痕が目立つ其方は、何という名前であったかのう?」


「将軍、彼はライスター準男爵にございますぞ!」


 パン伯爵がオルコック将軍に教える。


「そうか、では、卿の作戦を述べよ!」


「はっ、明日の夜陰に紛れ、食料を城内に運び込みまする!」


 私がそう言うも、オルコックをはじめとした諸将は、良い顔をしなかった。


「正気か? ラゲタは敵の包囲下にあるのだぞ! すぐに見つかるではないか!?」


「まぁ良いではありませんか? 彼に任せようではありませんか? 失敗しても我等に損はりませんぞ!」


 こう言って賛成してくれたのはパン伯爵だった。


「……よし、まかせる。補給物資は昼までに用意しよう」


「はっ」


 こうしてオルコックが追認。

 私の補給作戦が実行されることになった。




◇◇◇◇◇


 その早朝――。

 ライスター準男爵の幕舎。


「ナタラージャはいるか?」


「はっ、ここに」


 私はひそかにナタラージャを呼び寄せた。


「実はな……」


 私はナタラージャに密かに作戦の要綱を伝えた。


 以前、私はラゲタを攻略の際、何本かのトンネルを掘った。

 そのうちの一本が、まだ敵にもバレておらず、使えるとのことだったのだ。


 よって、夜陰に紛れ食料をトンネル付近まで輸送。

 最後はトンネルにて、人力で城内に運び込むという算段であった。


「そしてな、明日の夜は雨だ!」


「なぜ、そんなことが分かるのですか!?」


 彼女は不思議そうに私の顔を覗き見た。


「以前にラゲタの書物庫を漁ったであろう? あの時の本に書いてあったのだ。西の海にクラゲ状の雲がたなびく夜は雨が降ると……」


「なるほど、畏まりました。おまかせください!」


 彼女は、西の海を確認し、納得したようであった。


「頼んだぞ!」


 私の正体はごく一部にしかバラしていない。

 もちろん、今回従軍した味方にもだ。

 よって、彼女が主導的に作戦を行う必要があったのだ。



「至急用意を致せ!」


「はっ!」


 昼にオルコック将軍から預かった食料。

 それらを馬が曳く戦車に載せる。


 ちなみにこの戦車。

 輸送用途ばかりで戦闘に投入した経験はない。


「いななかぬ様、馬には布を噛ませよ!」


「畏まりました!」


 ナタラージャは手際よく準備を進めた。



 そして、作戦当日の夜――。

 書物の通り、夕方には雨が降った。


 夜には雷が鳴り、地面にはうっすらと霧が出るおまけ付きであった。


 彼女は馬より一回り大きいドラゴネットに跨り、全体を指揮。

 私は、馬が曳く戦車の荷台に乗り、輸送部隊の責任者となった。


「行け!」


 小さな声で彼女が告げ、輸送部隊が進む。

 従軍魔法使いが、霧の魔法を唱え、ただでさえ悪い敵軍の視界を遮った。


「ポコ~♪」

「隊長! 坑道がありました!」


 ポコリナが暗い道を先導し、先頭を走る兵士たちをトンネルに案内。

 それに輸送部隊が続いた。


「積み荷を降ろせ!」


「はっ!」

「ガウ!」


 積み荷を降ろすのに百人力に活躍したのは、ポコリナの義理の息子のガウ。

 彼が次々に荷を、トンネル担当の兵士たちに手渡していったのだった。


「行くぞ!」


「はっ」


 私は暗い坑道を、ポコリナを連れて先頭を進んでいく。


 ……この作戦は成功する!

 私がそう確信した瞬間だった。


「敵だ! 殺せ!」

「生かして帰すな!」


 男たちの怒号が、トンネル内に木霊したのであった。

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