第88話……過去の功臣、モンクトン翁
統一歴567年5月――。
私はエウロパでの簡易な施政を終え、準男爵という地位でレーベの城へと戻ってきた。
「お前様、おかえりなさい!」
「ああ、ただいま」
勿論、非公式にてイオやオパールと久々に会う。
家族の元気な笑顔は良いものである。
今回もアーデルハイトにお願いして、イオ達の護衛隊長にしてもらったのだった。
「ご注進! ご注進!」
家族とノンビリと過ごしたいところであったが、シャンプールの王宮からの使者が来た。
……また何か用事だろうか?
私はすぐに、城の会議室へと呼び出されたのだった。
◇◇◇◇◇
会議室の上座に領主代行のイオを戴き、リルバーン公爵家の家臣たちが集まる。
「会議をはじめまするぞ!」
この会議の開始を合図した老人はマルコム=モンクトン。
なんとイオ達の父親の時代のリルバーン家の家宰だ。
私の失脚後――。
旧臣たちは今までの態度を翻し、リルバーン家での利権をむさぼるようになった。
彼等がその足掛かりとして復帰させたのがこの老人だ。
イオが面と向かって逆らえないのをいいことに、旧臣たちはいくつかの軍事ポストを手にしたのだった。
「王宮はなにを言ってきているのですか?」
旧臣筆頭格のモルトケが会議の進行を促す。
もちろん老人はモルトケの元上司だ。
「そうですな、またガーランド商国に兵を向けたいとのことですな」
ガーランド商国との西方の戦線を担当していたのはクロック侯爵。
彼とその派閥は政変を起こすために、西方の戦線を事実上放棄したため、いくつかの街や城を奪回された。
しかし今、彼は宰相となり、病気療養中の女王陛下に代わって、王国の実権を握っているとのことだった。
「王宮の申し出となれば、兵を出すしかありませぬな」
モルトケが議場の空気を代行してそう言ったが。
「けしからん! 今の宰相は不忠の輩。イオ様、決して従ってはなりませぬぞ!」
そう言ったのはモンクトン翁。
彼は意外なことに、騎士道などにも律儀な面も持っていたのだった。
「そんなことをしては、我が家がとり潰されますぞ!」
「左様、左様」
一転、旧臣たちに反対される翁。
「だまらっしゃい! 我がリルバーン家の者はそこまで堕ちたのですか!?」
「……」
この言に、皆が一斉に静かになる。
イオやアーデルハイトでも頭が上がらないリルバーン家の功臣なのだ。
どうしようもない空気が漂う。
「……あ、色々理由をつけて、少しだけ兵を出すというのはいかがでしょう?」
このままでは不味いと思い、私はこっそりと提案してみた。
翁が私の方を見て渋い顔をした。
「しかたがない。その方針でいくしかないだろうなぁ」
このモルトケの言に家臣の意見は一致。
モンクトン翁の清い理想は、押し流されてしまったのだった。
この後の会議の結果。
動員する兵士は三千名と決定。
総大将はリルバーン公爵家の親衛隊長のナタラージャ。
副将には、家宰アーデルハイトの強い推薦で、ライスター準男爵に決まった。
◇◇◇◇◇
統一歴567年5月中旬――。
ガーランド商国に包囲された都市城郭ラゲタを救援するため、オーウェン連合王国はニ万五千の兵が王都シャンプールを進発したのだった。
「頑張れよ!」
「今回も勝ってくれ!」
宰相クロックによる汚い政変は、一般市民には知られていない。
市民の脳裏にあるのは、大国フレッチャー共和国に勝利した余韻であった。
「……」
だが、この数年。
王国の貴族達への賦役は厳しい。
毎年のような戦役に、昨年は鉄関係の収益の没収もあった。
そのために今回、王宮は総動員力をかなり下回る兵力しか集めることはできなかったのだった。
だが、その機運を払拭すべく、総大将はシャーロット陛下が自らにご出陣。
実質の総指揮として参軍役にクロック侯爵。
作戦総責任者として、サワー宮中伯が軍師として従軍したのだった。
「ライスター準男爵殿! ライスター準男爵殿!」
「なんですか?」
本隊より先に進む先鋒部隊として、西への行軍途中。
ナタラージャが事あるごとに、副将である私を呼びつける。
「……いえ、殿を気安く呼びつけることが出来るのは、次は何時できるかわかりませんから!」
「……」
どうやら、楽しんでやっているようだ。
だが今回の役柄は、私は副将。
総大将の命令には従わざるを得なかったのだった。
◇◇◇◇◇
芽吹きと新緑との季節。
空には渡り鳥が群れを成して飛来する。
王国軍は各地で補給を受けながら、西への進軍を続けた。
その数と威容に、国境沿いの村々からは歓待を受ける。
果物や猪肉、野菜などが献上されたのだった。
「ご注進、ご注進!」
我が隊に本隊より伝令が来る。
「どうかなされたか?」
「総司令部より命令です。リルバーン公爵家の部隊はラゲタを包囲するべく築かれた、敵の付け城群を攻略せよとのことです!」
「相分かった!」
ナタラージャが伝令に応える。
また、同じような指令が、我々と行軍を同じくする先鋒諸部隊に下ったのだった。
この先方諸部隊一万余名は、辺境貴族やクロック派閥以外で編成されていた。
あとから来る本隊一万五千が、主に宮廷派と呼ばれるクロック派閥の諸侯で編成されていたのだ。
ちなみに、我等が属する一万余の部隊。
実は作戦上、囮の部隊であったのだが……。
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