第86話……銀貨と魔石

 統一歴567年3月中旬――。


 陽の光は明るく、春の訪れを感じる。

 私はバルトロメウス城の玉座に座っていた。


「殿、悩み事ですかな?」


 私の曇った顔を見て、バルトロメウス伯爵が尋ねてきた。


「……ああ、海の向こうに残してきた娘が気になってな」


「左様な事でしたか。暫しお待ちくだされ」


 彼はそういうと、城の宝物庫に向かった。

 30分ほど過ぎた頃に、彼は大きな水晶玉を手に戻ってきた。


「殿、これは遠見の水晶玉と申します。遠くの者としゃべることが出来る優れものにございます。少々お待ちを!」


「ああ」


 私が半信半疑の中。

 彼は聞いたことのない魔法を唱えと、水晶玉が光り出す。

 光が消え去った後に現れたのはレーベ城内であった。


「声も聞こえるのか?」


「もちろん」


 私は身を乗り出して、水晶に映っている侍女に話しかけた。


「あ!? 御館様ですか?」


「そうだ! すぐにイオとオパールを連れてきてくれ!」


「畏まりました!」


 侍女が慌てて水晶の画面から消えると、すぐにオパールを抱いたイオが水晶に映りこんできた。


「お前様! お久しぶりでございます!」


「……おお!」


 私は、水晶に噛り付いて、時間を忘れてイオとオパールと話したのだった。




◇◇◇◇◇


 今日は銀山の視察日。

 私は軽装の服に着替え、準備を整えた。


「……では、参ろうか!」


「はい」


 私はアーデルハイトを連れ、奥深い山にある銀山を視察する。


 銀山の鉱山夫は、人間の場所が働いている場所が二か所。

 バルトロメウス伯爵の紹介の魔物たちが働く鉱山が六か所あった。


 銀山の開発は拡大しており、人間の鉱山夫だけでは手が足りないからだ。


「こちらが精錬所になります!」


 案内人に従い、次の視察場所は銀の精錬所。

 溶鉱炉が凄まじい熱気を巻き上げ、溶けた銀が赤赤と光る。


「これを固めまして、銀貨にいたしまする」


「……ほぉ」


 オーウェン連合王国においては、定められた銀の純度さえ守れば、貴族は独自の通貨を発行できた。

 そのような仕組みにして、王国内の通貨は品位を保ちながらに、多くの通貨流通量を可能にしていたのだ。


 溶けた銀が次々に鋳型に流し込まれ、固まった後にリルバーン家の家紋が刻印される。

 10ラール小銀貨の出来上がりだ。


 それを作業員が次々に木箱に詰めていく。

 箱詰めされた大量の銀貨は船で海を渡り、レーベ城の宝物庫に収納されるのだ。


「お気をつけてお帰り下さい」


「ああ、有難う」


 私達は作業員に見送られ、銀鉱施設をあとにしたのであった。




◇◇◇◇◇


 翌日は魔石の精錬所の視察日。

 今日のお供は、タヌキのポコリナだった。


「じゃあ、行くか!」


「ポコ~♪」

「ガウ!」


 結局、暇をしているガウも付いてきた。

 私達は荒れ地を抜け、魔石精錬施設を尋ねた。


「これは、これは。御館様」


 精錬施設専属の初老の魔法使いが出迎えてくれる。


「お邪魔するよ」


 魔石鉱山から運び出された魔石は、大きな魔法高炉に入れられ、秘術を施し洗練されていた。

 私は魔石技師から精錬方法の説明を受けるが、ちんぷんかんぷんで理解が出来ない。


「こちらが低品質の魔石になります。煮炊きの燃料にしたり、魔物の餌になったりします」


「……ほう」


 薪でも煮炊きはできるが、魔石の利点は質量が軽く、そして煙が出ないことだった。

 半面、火力は弱く、薪にコスパで負けるのだが……。


「こちらが高級な魔石になります」


「……ほう」


 高級な魔石は強い光を出したり、簡易な魔法を発動できる素となった。

 また、非常に高価なもので、貴族や豪商に好まれたのだ。


「御館様、試作品ですが、これを……」


 施設の視察を一通り終えた私に、魔石技師は奇妙な筒を渡してきた。


「これはなんだ?」


「古の秘術で作った魔法筒でございます。筒の素材はレーベから取り寄せたミスリル鋼材を使っております」


 説明を受けるに、どうやら武器の一種で、筒からミスリルの矢が発射されるらしい。

 魔石の力で発射できるため、誰でも簡単に使えるらしいのだ。


「ありがとう。護身用に持っておくよ」


「……いえいえ。気をつけてお帰り下さい」


 私は見送ってくれた魔石技師に手を振り、エンケラの港町へと帰ったのだった。




◇◇◇◇◇


 それから数日後――。

 天気が良いある日。


 私はポコリナを連れて、エンケラの港町の郊外で釣りをしていた。

 遠くには行きかう船が見え、とても気持ちが良い。


「ポコ! ポコ!」


 日差しが温かくて、ウトウトしそうになった時。

 ポコリナが突然騒ぎ出した。


 彼女が騒ぐ方向を見ると、小さな老婆がならず者たちに絡まれていた。


「おい、貴様等! 何をしている!?」


 私が注意すると、ならず者たちは逆上した。


「なんだと、この野郎! 粋がってんじゃねえぞ。一人で勝てると思うなよ?」


 ……やむなし。

 私は背中に担いでいた愛剣を抜き放ち、正眼に構えた。


「やるきかテメェ!」


 ならず者たちは次々にかかって来るが、此方はいくつもの戦場を生き残った歴戦の傭兵。

 左手に握り込んでいた砂を、ならず者の眼をめがけて投げる。


「テメェ! 汚ねぇぞ!」


 目つぶしを食らわせた男を蹴り飛ばし、他のならず者たちにも汚い手段で応戦。

 ……見事、撃退に成功したのだった。


「ポコ~♪」


 そして、蹲っていた老婆を無事に保護。

 簡易な手当てを施したのだった。


「お主、若いのに意外と気概があるの?」


「有難うございます」


 老婆は赤黒い顔色で、見たことのない風貌であった。

 ひょっとして、我々より先にこの地に住んでいた人かもしれない。


「ついて来い。良いものを食わせてやる」


 老婆はそういって、こちらに背中を向けて歩き出した。

 私は少し迷ったが、暇なのであとについていくことにしたのであった。

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