第85話……シンカー準男爵になる。
統一歴567年2月――。
雪は山地を中心に白く染め、春の訪れが遠いことを示唆する。
平地にある集落にも、しばしば吹雪が襲った。
とある晴れた日。
私はエンケラの港町にある政庁に呼び出された。
「ライスター騎士爵殿、先の魔界の貴族討伐、誠に見事! よってリルバーン家の陪臣としての準男爵に任じる」
「はっ、有難き幸せ! 公爵様のために今以上に働きまする!」
私は代官のアーデルハイトから、任命書と袋に入った褒賞の金貨を受けとった。
オーウェン王国において、貴族は王が任じるものであったが、高位の貴族家においては陪臣の爵位を独自に与え、それを王家が追認する形をとっていたのだ。
「殿! 昇進オメデトウゴザイマスル!」
政庁からの帰り道。
従者のなりをした、亡霊射手のベルチーが私の昇進を祝ってくれる。
……ちなみに、私の家臣のバルトロメウス殿は魔界の伯爵だ。
なんだか、序列がおかしい気がしてくる。
そして、準男爵として私は、年にイシュタル小麦500ディナールの俸給を頂くことになった。
実質的には自分が自分に給料を渡す形で、なんか変な気分なのだが、これはこれで嬉しかった。
そして、私のもう一つの顔。
それは、バルトロメウス伯爵から譲られた、バルトロメウス城の主である。
まぁ実質的には、バルトロメウス殿が城代として、政務を執り行っているのだが……。
それはさておき、周辺の魔族たちは一斉に私に従うことを表明。
彼等は私に表敬訪問の上、従属の誓詞を差し出したのだった。
◇◇◇◇◇
統一歴567年2月下旬――。
ゲイル地方のリルバーン家の魔石精錬施設は、ついに魔石の精錬に成功した。
これにより、採掘から製品までの一括生産が可能となったのだ。
「御館様、やりましたな!」
「ああ、アリアス殿もよくやってくれた」
私は今回、魔石鉱山の開発を担当してくれたアリアス殿に、莫大な報償を確約。
そして、家族が待つレーベの街へと帰還してもらったのだった。
私はアリアス殿をエンケラの港まで見送った。
日々、エンケラ港に泊まる船はますます増えていた。
それは、ゲイルの特産品である毛皮と海産物の買い付けの為である。
また、船はゲイルの地に不足する日常品を運んできた。
さらに、秘密裏に採掘した銀鉱石や魔石を運ぶ、リルバーン家が所有する船も泊まっていた。
どの船もリルバーン家に莫大な富をもたらす筈であった。
「御館様、この地は豊かになりました。もはやレーベに帰られては如何でしょう? この地は私が、命に代えましても発展させてみせまする」
アーデルハイトがそう言ってくれた。
だが、この地の開拓はまだ始まったばかり、彼女だけに重い荷を負わすわけにはいかなかった。
だが、確かにオパールの顔もしばらく見ていない。
……きっと、大きくなっているであろうな。
「殿、マタ間者ヲ捕エマシタゾ!」
後ろ側に控える亡霊射手のベルチーが報告してきた。
「すぐに向かう」
「はっ」
私はエンケラ城塞の地下牢に向かった。
捕えられているのは、クロック侯爵の派閥が放ったスパイである。
まぁ、形式的にはオーウェン連合王国の調査部の者だが。
彼等からすれば、出所不明の銀の調査を行いたいのだろうが、此方としてはそうはいかなかったのだ。
「どこから来た?」
「……だ、誰が言うか!」
「ふむ」
捕えた間者は殺されるのが掟。
だが最近、我等は新たな方法を手にしていた。
「例のヤツを頼む」
「……ハイ、オマカセヲ」
私は後ろに控える亡霊術者に命じる。
彼は忘却魔法の達人で、かつ偽の記憶を作り出すことが出来たのだ。
「や、やめてくれ!」
死霊たちに取り囲まれ、悲鳴を上げる敵の間者。
魔法素養のないものにとって、闇の魔術に抗するすべはない。
こうして偽の情報を掴ませ、クロック侯爵の派閥との情報戦を、有利に展開していったのだった。
◇◇◇◇◇
統一歴567年3月――。
ゲイル地方の山々から雪は解け、各所で雪解け水が大地潤した。
各所で耕作が始まり、森にはキコリの音が響く。
その頃――。
私は、バルトロメウス伯爵に従わぬ魔物を討伐していた。
「掛かれ! 一人も逃がすな!」
「ハッ!」
私の最近の副官は、亡霊射手のベルチー。
彼は射手として有能なだけではなく、幕僚としても有能だった。
我々は、山奥に点在する古の遺跡を制圧。
魔物の集落を、次々に占領していったのだった。
「ベルチー! 次の目的地は何処だ!?」
「……ハイ、ツギハ亡霊船デス。海上デス!」
……マジか!?
魔物と海戦をせねばならんのか。
海上の戦となれば、軍船がいる。
私は急ぎエンケラ港に戻り、エウロパからスカーレット提督を呼び寄せた。
彼女は自慢の銀髪を靡かせ、新鋭艦リヴァイアサンに乗ってやってきた。
この船は、リルバーン家の誇る巨大軍用帆船である。
「御館様、お久しぶりです!」
「ああ、久しいな!」
彼女は船から飛び降り、私に抱き付いてきた。
傍で控えるアーデルハイトの目線が怖い。
その三日後――。
我々は、ゲイル地方南部の海で亡霊船と会敵。
魔石で出来た照明弾が上がり、戦端が開かれる。
「怯むな! 掛かれ!」
「「おう!」」
私は海の戦いでは役立たず。
亡霊船との戦いは、スカーレット提督の独壇場となったのだった。
次の日の晩――。
エンケラ城塞の私の執務室にて。
「私も褒美として、名剣を賜りたく存じまする!」
スカーレット提督が褒美を無心してきた。
「何か授けたいが、いま名剣の所蔵は無くてな……」
私がそう言うと、彼女は私の首に手をまわし、艶めかしい口付けをしてきた。
「ここに名剣があるではありませんか……」
……こうして、私は提督と熱い一夜を共にしたのであった。
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