第84話……獣人化の法の会得

 統一歴556年12月――。

 川から水が水路にひかれ、石造りの水車が回る。

 雪が降りしきる中、移民たちの入植地は順調に拡大していった。


 そう、リルバーン家のゲイル地方の開発は順調に進んでいたのだ。


「アリアス殿、こちらがバルトロメウス伯爵だ。開発に協力してもらうことになった」


「おお! 魔族の貴公子殿の御助力感謝いたしますぞ!」


 私は魔石鉱山を担当するアリアス老人に、バルトロメウス殿を引き合わせた。

 これが老人の好奇心を誘ったようで、二人は意気投合。

 私がいることなど二人は忘れた様であった。


「……まぁ、いいか」


 私は二人に魔石鉱山を任せ、山を降りエンケラの政庁に戻った。

 バルトロメウス伯爵を幕僚に入れたことは大きく、開発を妨げる魔物の出没が大きく減ったのだ。

 何しろ、彼はこの辺りの魔族のご領主様なのだから。


 そして彼の古の魔族としての知識は、魔石鉱山の開発に大きく貢献。

 採掘のみならず、精錬にも大きく力を発揮していくのであった。




◇◇◇◇◇


 統一歴567年1月――。

 ゲイル地方は白い雪に覆われ、各集落では新年を祝う宴が開かれる。

 エンケラの港町では、比較的大きな港も整備され、エウロパの港から多数の商船が訪れてきていたのだ。


「王国万歳! リルバーン公爵家万歳! 乾杯!」


「「乾杯」」


 エンケラの港町の総督であるアーデルハイトが、有力者を前に新年の祝辞を述べ、乾杯の音頭をとった。

 ちなみに今の私は、彼女を守る護衛の騎士である。


 エンケラの港町の政庁も、ようやく形に成って来た。

 港湾全体を見渡す場所に、小さな防御用の砦を築き、その砦内の一角を政庁としたのだ。

 新年のエンケラの政庁では、新年用の料理が並ぶ。


 鱈の白子のスープやホタテの殻焼き。

 大きな伊勢海老の地獄焼き、チョウザメの卵の塩漬け等。


 ゲイル地方ならではの海鮮料理が振舞われた。

 そして、大方のお客が帰った後に、私達政庁に勤めるものが料理にありつく。


「旨いな!」

「ポコ~♪」


「ガウ!」


 私とポコリナ、ガウは小さな一室でご馳走を味わう。

 特に車エビの塩焼きが、ポコリナの好物であるようだった。


 今頃、王都シャンプールの都でも祝宴が開かれているのであろう。

 領主代行として、イオが祝宴に出席しているであろう。


 だが、現在のリルバーン公爵家は政争に敗れ、いろいろとあって謹慎の身の上。

 宮殿での形見は非情に狭いであろうが……。




◇◇◇◇◇


 祝宴から約10日後――。

 バルトロメウス伯爵が政庁を訪れていた。


「殿! 何か御用はありませんかな?」


「ああ、間に合っているよ」


 彼は彼の衛兵たちを、政庁周辺の警備に回してくれていた。

 骸骨姿の戦士たちなので、全身甲冑を身に着けてもらっている。


 その分浮いた生身の人員を、港町の警備に投入出来ていたのだ。

 オーウェン連合王国広くとも、警備に魔物を使っているのは私くらいであろう。



「いま某は手空きでござる、そこで殿。一つ修練をしてみませんかな?」


「剣のお相手をしてくれるのかな?」


 バルトロメウス殿は魔界きっての剣の使い手。

 人間界の剣士として、負けるわけにはいかないのだ。


「……いや、獣人化の法を学んでみませんかな?」


「ぇ? いいの?」


 獣人化の法は、バルトロメウス伯爵家の秘法。

 学ばせてもらえるとは思わなかった。


「もちろんですとも、殿は我等の恩人。そして紅い眼の持ち主ですし……」


 どうやら獣人化の法も一種の魔法らしい。

 伯爵は私の紅い眼をジロジロと確認した。



 エンケラの港町の郊外の森。

 フクロウやコウモリたちがざわめく中。

 伯爵が地面に巨大な魔法陣を描いた。


「それは何をしているのです?」


「殿に憑依させる魔物を召喚するのです。そして無事に倒すことが出来ると、殿は獣人化の法を手にするのです!」


「わかった」


 死霊の魔法使いたちが、魔界の儀式を展開。

 周囲に沢山の篝火を焚く。

 私にも、何やら怪しい呪術を数度にわたり施した。


「……では、行きますぞ!」


「おう! こい!」


 私は愛剣を抜き放ち、鞘を遠くに投げ捨てた。

 地面に描かれた巨大な魔法陣が青白く光り、巨大な魔物が召喚された。


「……げ? ギガースだと!?」


「ん!? なにそれ?」


 伯爵や死霊たちが慄く。

 私の前に、高さ10mを超えるような一つ目巨人が現れたのだった。

 あとで聞いたのだが、ギガースとは高位の魔族だということだった。


「我ガ眠リヲ、妨ゲルノハ誰ダ!?」


 巨人の格好を見ると、どうやら巨人は巨人でも支配階層らしい。

 奴は周囲に生えている木を引っこ抜き、大車輪の様に振り回した。


「グオオオオォォォ!」


 衝撃で見張りの骸骨剣士がバラバラになり、死霊の魔法使いたちも薙ぎ倒される。

 私と伯爵はなんとか凌ぐが、巨人の猛威に戦慄した。


 ……ひょっとして、こんな奴の力が手に入るのか?

 私は久しく味わってない高揚感を胸に、巨人との死闘に身を投じたのであった。



「風の精霊たちよ、わが身を誘い給え!」


 私は持ち得る全ての魔法を展開し、巨人に挑んだ。

 そして、死闘にケリがついたのは、夜が白み始める頃であった。


「……ヨカロウ、我ガ力、ソナタニ授ケン!」


 私は、着こんだドラゴネットの鱗で出来た鎧も血まみれ。

 結果的にかなりの深手を負った。


 ……だが、なんとか巨人との死闘を制し、彼を組み伏せたのであった。


「おめでとうござる。相手は巨人族の貴族、お見事でござった」


 バルトロメウス伯爵の声が遠くに聞こえる。

 私は疲労の極限に達し、勝利に安堵したのもあって、ゆっくりと意識を手放したのであった。

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