第83話……ライスター家の最初の家臣

「ふはは! 我が奥義の前に、人間では勝てまい!?」


 奴は3mを超える、筋骨たくましい化け物になったのだ。

 そして、手にした鉄製のサーベルを、奴は指で易々とへし折ってみせた。


 ……あの剣の腕前で、化け物の力。

 一対一で戦うにはあまりにも強大な敵だった。


「ポコリナ、ガウ、加勢を頼む!」


「ポコ~♪」

「ガウ!」


 彼等は貴族としての決闘を見守っていたようだが、ここに至って参戦してもらう。

 化け物に儀礼や騎士道は、関係あるわけがないのだ。



「ポポコ~♪」


 ポコリナが炎の魔法を唱える。

 大きな火球が化け物を襲う。


「ちょこざいな!」


 化け物は冷気の魔法を展開。

 炎の魔法を相殺してしまう。


 ……見た目通りの脳筋ではないようだ。

 困ったな。



「ガウ!」


 鎧に体を隠すミスリルゴーレムであるガウが、長大なバトルハンマーを振り回す。

 化け物は近くに置いてあったレイピアを抜き放ち、バトルハンマーを受け止めた。

 レイピアで受け止められる衝撃ではないのだが、奴を纏う膨大なオーラがそれを可能にしていたのだ。


「……くっ、シンカー殿。お主は魔物を操るのか?」


「……」


 ……違う。

 ガウはポコリナの義理の子供であり、操っているわけではない。

 と、言いたいところだが、奴が信じるとは思えなかった。


「ガウ!」


 私はガウと協力し剣戟を展開。

 ポコリナの魔法支援の下、相手を次第に追い詰めいく。


「三対一とは卑怯な!」


 化け物はその形に似合わぬことを言う。


「……知らんな。勝った物が正義だ!」


 私は、言ってはいけないことを言ったらしい。


 奴は顔を赤らめて、素早く魔法陣を展開。

 魔界から多数の不死魔物を呼び出したのだ。


「……げ」


 奴を守る様に、甲冑を纏った骸骨剣士が6体。

 後衛として死霊の魔法使いを2体、骸骨弓兵を2体呼び出した。


「行くぞ、眷属ども!」


 奴と召喚された魔物は、こともあろうに連携してこちらを襲ってきた。



「ここにいたっては、やむなし!」


 私は肉体強化の魔法を唱える。

 この魔法の効果は約30分。

 その後は、著しい肉体疲労が訪れる、もろ刃の剣であった。



「ガウ、ポコリナ、取り巻きを頼む!」


「ポコ~♪」

「ガウ!」


 私は一直線に化け物に突っ込む。

 相手が反撃の動作に入る瞬間を捉えて、瞬間移動の魔法を展開。

 化け物の背中側に出て、愛剣を突き立てた。


 私の愛剣はミスリル銀の合金。

 魔物との相性は抜群で、化け物の傷口の血液は沸騰し、酷い火傷を負わせたのだ。


「ぐはぁあああ! 瞬間移動だと!? 人間の癖に禁忌の魔法を操りおって!」


 そう吐き捨てる化け物に、さらに斬りかかる。

 相手が反撃の様相を察知すれば、すぐさま瞬間移動で裏側にまわった。


「くそう!」


 化け物に深手を二つ、三つと浴びせていく。

 更に四撃目を腹部に深く突き刺した時には、奴は血の反吐を大量に巻き散らかした。



 ……、勝負あったか!?


「……ふふふ」


 だが、奴は不気味に笑う。


「流石に、魔物とはいえ、その傷では動けまい。素直に降伏しろ! 命まではとらぬ」


 私は奴に降伏を勧めた。

 だが、奴は見たことない不思議な魔法を唱え始めたのだ。


「秘儀! フル・リカバリー!」


 魔法を唱え終わった奴は、周囲の魔物から闘気を吸い取り、次々に自らのモノとしていく。

 それに伴い、奴の体は凄まじい速度で修復されていったのだ。


「魔物、召喚!」


 そして再び、奴は魔界から死霊の戦士たちを召喚。

 肉体回復のための生贄を備えたのだった。


「……くそう! 土に還れ!」


 この敵の戦術により、戦いの趨勢は次第に相手に傾いていく。

 私の肉体強化の魔法も切れ、ポコリナの魔法力も尽きようとしていたころ。



 ……突然、不死族の戦士たちの動きが止まる。


「ぐは!?」


 戦いの最中、壁が壊れ、朝日が差し込んできたのだ。

 暗い建物の中で気が付かなかったが、外はもう朝になっていたのだ。


「ガウ! 壁を壊しまくれ!」


「ガウ!」


 私の指示に従ったガウが、建物の壁を次々に破壊。

 部屋の中に、沢山の火の光を差し込ませた。


 不死族の魔物たちにとって陽の光は天敵。

 陽の光を浴びた不死の魔物たちが、次々に白い灰に代わっていく。


 その効果は、件の化け物にも効果を現し、その体をバルトロメウス伯爵のものへと戻していく。

 そして彼は、魔力と生気を使いすぎたのか、床に片膝をついた。



「……な、なにを!? 止めを刺さぬのか?」


 私は、蹲るバルトロメウス伯爵にマントをかけ、日光を遮ってやったのだ。


「戦士としての情けだ。だが、この地は私が貰うぞ! 早々に出ていけ」


 私はそれだけ言うと、ポコリナとガウを連れて、エンケラの集落の政庁へと引き換えしたのであった。




◇◇◇◇◇


 それから三日後の夜更け――。

 政庁の建物の一角、領主の部屋。


「御館様! 見慣れぬ客人がお越しです」


「執務室へお通ししろ!」


 侍女の声に、私は寝具から体を起こし、上着を羽織った。

 そして執務室の席について、客人を待った。


「失礼いたす!」


「……うん?」


 部屋に入ってきた高貴な雰囲気を纏う客人は、青白い顔に二本の牙。

 それはバルトロメウス伯爵であった。



「何用だ? この地から出ていくよう通達したつもりだが?」


「申し訳ない。先祖伝来の土地を出て行っては生きては行けぬ」


「……私に、どうしろというのだ?」


 私は、そばに置いてあった愛剣に手をかけた。


「待たれい! あの後、皆と話を持ったのだが、シンカー様の臣下にして頂こうかと」


「……ぇ!?」


 こうして、私の姓がライスターになってからの最初の家臣は、魔物であるバルトロメウス伯爵ということになったのだった。

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