第82話……夜の王。

「ほう、ひょっとして相手は貴族家の亡霊ですか?」


 スタロンにそう聞かれるが確信はない。


「……うん、自己申告だから、正しいのかどうかは分からないけど」


「御館様。とりあえず、御用命の銀製の矢をご用意いたしました」


「あ、ありがとう」


 アーデルハイトが船便で急いで銀矢を揃えてくれた。

 これで不死属性の魔物に対することが出来るはずだ。


「よし、今夜に魔物を討伐するぞ!」


「はい!」



 その晩――。

 アーデルハイトを留守番に残し、私はスタロン、ポコリナとガウ、それに衛士50名を連れ、魔物との会合点を目指したのであった。




◇◇◇◇◇


 以前の会合点――。


 月に雲がたなびく。

 荒れ地に冷たい風が吹き込んでいた。


「松明の火を絶やすな!」


「警戒を怠るなよ!」


 灯をかざして進むも、以前に会合した場所では魔物に出会わなかった。

 その日は周辺を捜索するも、出会うのはせいぜい野犬どまり。

 私達は失意のまま帰投したのであった。



 翌日――。

 政庁にて手紙が届く。


「これは、だれが持ってきたのだ?」


「それが、相手の確認を怠りました。申し訳ありません」


「いや、気にするな」


 私は手紙をもってきた侍女をさがらせると、手紙の中身を開いた。

 一枚の羊皮紙にまとめられていたのは招待状であった。

 差出人は、件のバルトロメウス伯爵とある。


 私は読んだ後、横に控えるアーデルハイトに手紙を渡した。

 貴族として教養のある彼女にも目を通してもらう。


「どうなさいますか?」


「……ふむう、招待されたのであれば、いかねば礼に失するだろうな」


 私は侍女を呼び、服を整えた後。

 ポコリナとガウを連れて出かけたのだった。


「いくぞ!」


「ポコ~♪」


 私はコメットを駆り、目的地へと向かう。

 ポコリナは走るガウの背中にしがみ付いた。


 指示された場所は、開発中の魔石鉱山の裏側に位置していた。

 山地で木々がうっそうと茂っており、見通しが悪い場所であった。


 茂みを分け入り、進んでいくと、急に開けた場所にでた。

 そこには、厳めしい古城が建ち、周囲には庭園が拡がっていた。


 ……多分、この城であろう。

 私達は跳ね橋を渡り、大きな門の前に立った。


「御開門願いたし!」


 私が大声でそう叫ぶと、大きな門が重々しい音を響かせて開いたのであった。


「お邪魔します」

「ポコ~♪」


 中に入ると、床には絨毯が敷かれ、壁際には調度品が並ぶ。

 だが、人の気配は何処にもない。


 私は中へと進んでいった。

 ドアを開け、長い廊下を進む。


 突き当りのドアを開けると、ひときわ大きい部屋に出た。

 ここが城主の部屋といったところだろう。


「よく来たな」


 低く、そして美しい声が部屋に響き渡る。


「貴公がバルトロメウス伯爵か?」


「……そうだ。先日は失礼いたした。先代のリルバーン公爵殿」


 部屋の中にはわずかな灯だけで、薄暗い。

 だが、魔力が通う私の眼はごまかせない。

 部屋の奥の玉座に、凛とした彼の姿はあったのだ……。


「ふむ、卿は魔眼の者か……」


 彼は椅子から立ち上がり、腰に携えた剣を抜き放った。


「……いかにも。貴族同士の領地の諍いは剣にて解決するモノ。お相手致す!」


「ふふふ、諸国に武威を鳴らし、相国にまで出世した男と対するは我が家名の誇り。かかってきませい!」


 我々は引き寄せられるように、数度の剣戟を交わす。

 相手の剣は細剣であったが、魔力を纏っており、その剣撃はとても重かった。


「食らえ!」


 彼の剣にははっきりと怨霊たちのオーラが見えた。

 暗い部屋に青白い闘気が空気を焦がす。


「ふふふ、シンカー殿。まだまだだな」


「……くっ」


 意外なことに相手は剣の達人であった。

 私はじりじりと押されていく。

 奴は魔が掛かってるとはいえ、私は貴族風情に剣で苦戦するとは思っていなかったのだ。


「我が領土を脅かす輩め、死ね!」


「ぐぁ!」


 隙をついた奴の細剣が、私の左肩を捉える。

 肉が抉られ、鮮血が噴き出た。


 ……ぬかった。

 服の下に鎧を仕込んでくるべきだったわ。


「ふふふ、やはりいくら強くても人間では私には勝てぬか……、悲しいことだな」


 奴の顔が下からのぞいてくる。

 青白い肌に鋭い牙が二つ。

 相手は不死族の貴公子バンパイアだったのだ。


「くっくっく、やっと気づいたかね? そうだ。私はバンパイア。夜の王だ。剣の良き相手をしてくれた卿を苦しませずに殺してやろう!」


 相手は言葉とは違い、肩に差し込んだ剣をぐりぐりとねじ込んできた。


「ぎゃああ!」


 私は苦悶のあまり絶叫してしまう。

 ……が、歯を食いしばり、必死の形相で相手の剣を掴んだ。

 奴は慌てて細剣を手放し、距離をとった。


「いいぞ、いいぞ、もっと私を楽しませてくれ!」


 奴は舌なめずりをして、下卑た笑いを浮かべた。

 彼は壁沿いに陳列された甲冑から、サーベルを抜き取る。


「死ねや!」


 奴が一気に距離を詰め、踏み込んで剣を突き立ててきた。

 相手は私が弱ったと思ったのであろう。


 必殺を当て込んだ大ぶりの一撃であった。

 私はそれを左手の甲で受けた。


 甲にはオリハルコン製の籠手が仕込まれており、敵のサーベルを弾いた。

 至近で剣戟の距離ではない。

 反射的に、私の右の拳が相手の顔面を捉えた。


「ぐはっ」


 相手の自慢の牙が折れ、口から血が滴る。

 私は距離をとり、口腔に溜まる血を吐き捨てた。


「流石は、リルバーン殿と言ったところか? ……では、我が奥義、獣人の法を見せてやろう!」


 奴はそう言うなり、全身の筋肉が肥大。

 服が破れ、巨大な体躯を持つ怪物に姿を変えたのであった……。

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