第81話……バルトロメウス伯爵家
統一歴566年11月中旬――。
秋風が草原を吹き抜け、そろそろ冬の足音が聞こえる。
そんな時分、私はゲイル地方で汗を流していた。
「そうれ!」
「ポコ~♪」
私はガウと一緒に、切り株の伐根に精を出す。
大木を切り倒した後の根の処理は、開墾において最も重要な部分だった。
ゲイル地方は鉱物や毛皮等が豊かな地であったが、海産物以外の食料の自給率は低かったのだ。
それゆえ、鉱山夫たちの食料である穀物や日用品は、海路を使ってエウロパの港から運び込んできていたのだ。
よって、品薄による慢性的な物価高が、鉱山夫たちの生活を圧迫していた。
又、海路頼みでは、天候が悪くなれば穀物価格は沸騰してしまう。
それゆえの農地の開拓であったのだ。
「水門を開けるぞ!」
「おう!」
幸いにもゲイル地方には河川が多くあった。
その利水を整備して、農地を拡げていく計画であった。
先のフレッチャー共和国の戦災もあり、移民の希望者も沢山いたのも、この政策を後押しした形となったのだ。
だが、農地の拡がりは何処においても急激には進展できない。
よって主力産業は鉱山と漁業に変わりはない。
そのため、輸送用の大型商船が停泊できる港の整備も喫緊の課題であったのだ。
「もっと岩が欲しいなぁ」
「輸送できる岩の量には限界がありますよ!」
私は騎士になったため、数名の従者を雇っていた。
彼等の仕事は、この地においては戦闘というより、土木作業員としての仕事の方が多かったのだが……。
◇◇◇◇◇
統一歴566年12月中旬――。
雪がちらほらと降る中。
とりあえず大型船が泊まれる粗末な船着き場が完成した。
船着き場の近くには、船員たちを相手にする飲食店が既に店を構えている。
「……ふう」
私は蝋燭の灯を頼りに、レーベの本国に報告書を書いていた。
開発は順調で、さらなる資力を投入するべきであると……。
この地は未だ港町という程は整備されていないが、港湾地域の名前はエンケラと名付けられた。
エンケラ港湾地域は随時拡大予定であり、その予算はゲイル地方に産出する銀収入で賄われる予定であった。
また、ここの土地自体が未踏未開の地である為、土地の権利は全てリルバーン公爵家のモノである。
そのため、もし発展すれば莫大な借地料などが見込まれていたのだ。
つまり、成功すれば、とても美味しい開発案件だったのである……。
「ライスター様! また魔物が出ました!」
「おう、今行く!」
この地の開発の難しさは、夜な夜な魔物が出ることだった。
……しかも、結構な数が出るのだ。
ちなみに、ライスターというのは私の新しい姓なのである。
「いくぞ、ポコリナ! ガウ!」
「ポコ~♪」
「ガウウ!」
その日の夜も、いつもの魔物退治に出かけたのであったのだが……。
◇◇◇◇◇
「土に還れ!」
「ポコ~♪」
私達は闇夜の中。
不老不死の魔物である無数のゾンビ達と戦う。
肉は腐乱し、剣で薙ぐと緑色の血と虫が飛び散った。
「ええい、キリがない。くそ!」
「ガウウ!」
私とミスリルゴーレムであるガウが、次々に不死の魔物をなぎ倒す。
止めはポコリナの火炎魔法で焼き払った。
こういう時、火炎魔法でも使えたらいいと思うが、私は未だに習得していない。
戦闘に耐えうる魔法は、魔眼の力と肉体強化系、そして地味に役立つ瞬間移動の力だった。
「ええい! くたばれ!」
「ポココ~♪」
百体を数えるゾンビを焼き払い、見通しが良くなった時。
向こうから、貴族風の紳士が歩いてきた。
……どこの誰だろうか?
魔物だらけの地で、しかも今は真夜中だったのだ。
急に周囲に霧が出る。
気温が一層下がる様に感じた。
「お前は誰だ?」
低く澄み渡る良い声が響く。
「……えと、私はリルバーン家の者です」
「なんだ? それは?」
……ぇ?
ここはリルバーン公爵家の土地だぞ。
王宮にも届けてあるはずだが。
「いや、ここの領主様ですよ」
「聞いたことがない。そもそもこの地は、我がバルトロメウス伯爵家のモノだぞ!」
「あ、そうなんですね。失礼しました」
「気をつけろよ!」
それだけ言うと、凛とした風貌の紳士は踵を返し、去っていった。
……しかし、困ったぞ。
ここは他の領主がいないと思ったから開発していたのに。
最悪、戦って切り取るしかないのか。
そんなことを思って、私はエンケラの村に帰ったのであった。
◇◇◇◇◇
次の日の朝――。
エンケラの政庁にいるアーデルハイトのもとを尋ねた。
「御館様、どうなさいましたか?」
「いや、この地には先任の貴族家がいるみたいなんだよ」
「ほんとうですか?」
彼女と書類を捲り調べてくれたが、該当する貴族家はいない。
どういうことなのだろう。
「相手様の家のお名前はなんでしたか?」
「えーっと、確かバルトロメウス伯爵家と聞いたなぁ」
アーデルハイトは難しそうな古文書を調べ始めた。
「あ、ありました」
「えー、やはりいたのか?」
私が残念そうな声をあげると、彼女はしずかに顔を横に振った。
「約800年前に滅びた貴族家です……」
「……げ!?」
相手は魔か物の怪か。
多分、きっとそういった類なのだろう。
そんな話になっていた頃。
「お邪魔します!」
レーベに助っ人に頼んでいたスタロンがやってきたのであった。
今回は治安要員として、衛士100名も連れてきている。
彼は先の戦いで、王国軍に補給を絶えさせなかったという特大の武功があったが、王宮からは報償が無かった。
それゆえ、リルバーン公爵家としてダイヤモンドで出来た勲章を授けたのだ。
お世辞にも奇麗ではない形に、その勲章だけが光り輝いていた。
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