第80話……騎士シンカー
統一歴566年11月――。
私は再びゲイルの地へ上陸した。
「……ふう」
砂浜へ上がり、小さな港の施設で昼食をとる。
食堂の親父が出してくれたのは、サザエのつぼ焼と鮑の出汁で焚いた粥であった。
味わい深く、そして新鮮な磯の香りが五臓六腑を温めてくれる。
この味にはアーデルハイトも満足のようであった。
「アーデルハイト様、この度は何用で?」
この港は、リルバーン家の直営地であった。
当然に、この食堂の親父もリルバーン家の者だ。
「……いやあ、それがな」
アーデルハイトも火傷まみれの私が、前当主だと明かしにくい事情があったのだ。
もちろん、生きているのが秘密であるのだが……。
「家宰様、お食事がすみ次第、出かけましょう!」
「うむ」
私は戸惑うアーデルハイトを促し、店を出ることにした。
目的は開発中の銀鉱山など。
きちんと開発できれば、膨大な利益が望めるはずであったのだ。
「元帥! こちらでございます!」
「いやあ、もう元帥でも宰相でもないんだよ」
私は優しくアーデルハイトに語り掛ける。
彼女はなんだかとても寂しそうな顔になったのだ。
……うーむ。
産まれ変わった私。
やはり、もう一度、世に出てみるかな。
私の小さな野心に火が付いた瞬間であった。
◇◇◇◇◇
ゲイル地方――。
リルバーン家の開発中の銀の大鉱山。
戦で畑を失った者の多くが、ここで働いていた。
「開発はどうなっておる!?」
「へぇ、それが……」
アーデルハイトが工夫たちの親方に話しかけると、意外な話が聞けた。
「家宰様、この山には魔物がおりまする。昼にはおりませぬが、夜にはその数が三桁にも上ります。私どもは怖くて……」
「左様な事か? そのために我らは、魔法剣士シンカーと巨躯騎士ガウを連れて参った。今夜のうちに魔物は打ち払ってくれようぞ!」
「ありがとうございます!」
大男たちがアーデルハイトに深々とお礼を言う。
確かに低級の魔物とはいえ、100を超える数になれば、怯えるのも当然と言えたのであった。
その晩――。
私達は鉱山の入り口で寝ずの番を決め込んだ。
ゲイル地方は人の手に荒らされずにいる。
それは単に海の向こう側にあるというだけではなく、魔物が棲んでいるという事情があったのだ。
この世の理は全て、低コストで旨いという現象はなかなか生じ得ないからである。
「……ギギギ」
周辺の土が盛り上がり、骸骨の戦士たちが現れる。
右手に剣、左手に盾。
中には槍や弓矢を持つ変わり種もいたのだった。
「ポコ~♪」
ポコリナが小さな体に似合わない火球を作り出す。
それと同時に、ミスリルゴーレムのガウが咆えた。
「ガオオオオオ!」
凄まじい咆哮に、敵味方すべてが戦慄するように思われる。
火球がポコリナの手を離れると同時に、ガウが大剣を振りかざして敵に切り込んでいく。
骸骨戦士たちが凄い勢いで砕けていき、その残骸が空高く宙に舞ったのだった。
「アーデルハイト、守りは頼む!」
「はっ!」
荷物とポコリナの守りをアーデルハイトに頼み、私も斬りかかっていく。
私の剣はミスリル合金鋼。
魔法属性から言えば「聖属性」であり、アンデットの魔物には特効があったのだ。
まぁ、「聖属性」というのも、欲深き高位の俗物坊主共が決めた習わし。
本来は違う作用によるものかもしれないのだが……。
私とガウは、骸骨戦士たちを砕きに砕き、そのほとんどを大地に還していったのであった。
「……ギギ、ゴゴゴ。疎マシキ人間ドモメ!」
「!?」
骸骨戦士たちの後ろに、ひときわ大きな不死魔物が現れる。
ぼろ布を纏った浮遊する呪術者の様子。
奴の体は腐っており、ところどころに骨が露出。
古の書物で見たことがある。
奴は大物の魔物であるリッチであった。
確かに、骸骨戦士たちは統率されていた動きをしていた。
奴等を統制して動かしていた黒幕、それこそが上級魔物であるリッチなのであろう。
「化ケ物メ、クタバレ!」
ガウがリッチに斬りかかる。
「貴様、魔物ナノニ何故人間ノ味方ヲスル!?」
ガウの攻撃にリッチは防戦一方だ。
付け加えるなら、リッチの言は一理あるのだが……。
ガウは人間の味方をしているのではない。
母親であるポコリナの命に従っているだけだったのだ。
「死ねい!」
私はガウに加勢して、リッチに斬りかかる。
ミスリル銀が、相手の魔力を奪い、失血死に近づけていく。
リッチの本性は魔法使い。
だが、我々二人の攻勢に、相手は魔法を使う暇を作れないでいた。
「どりゃあ!」
私の渾身の一撃が、リッチの頭蓋骨を破壊。
同時に魔物のコアである魔石までもを貫通し、破壊した。
「ガオオオオ!」
さらにガウの乱撃が、リッチの残骸を破壊していく。
それに伴い、リッチによって統制されていた骸骨戦士たちは、地中深くに還っていったのであった。
翌朝――。
骸骨戦士たちの躯が、辺り一面に広がる。
それを見た鉱山夫たちの士気は上がった。
「流石はアーデルハイト様の衛士だべ!」
「凄いな、あんたたち!」
「いえいえ」
私とガウは一夜の戦いで、一躍ヒーローとなったのだった。
集まった厳つい鉱山夫たちにお礼を言われた。
「衛士シンカー、お主の働きで敵魔将リッチは土に還った。その功績はリルバーン家に多大な利益を与えた。よって、シンカーは騎士に叙する。また、好きな名跡を名乗るがよい!」
私はこの功績によって、領主代理、かつ家宰であるアーデルハイトより騎士に叙せられた。
……再びの騎士。
私は功名に、沸き立つ命の血潮に生を感じた。
ところで、今回は何の姓を名乗ろうかな?
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