第79話……衛士シンカー

 統一歴566年10月――。

 新領主のリルバーン公爵としてオパールが当主となり、旧領主シンカーの葬儀が行われた。

 謎の死ということもあり、葬儀は近しい者たちのみで行われたという。


「異常なし!」


 私はリルバーン家の衛士として雇われていた。

 公爵からの転落感は否めず、月の給料は1000ラールに満たない。


 私の顔にはイオの魔法で、大きな火傷の痕が偽装として付けられており、ごく近しいもの以外は生きていることが秘匿とされていた。

 ……まぁ、名前自体は同じなのだが。


「おい、シンカー! お前を次の昇進試験に推挙してやったぞ。頑張って来いよ!」


「はっ! ありがとうございます」


 私はアリアス老人の知り合いの衛士長であるジムに気に入られ、昇進試験を受けることができた。

 試験科目は剣技と筆記らしい。

 剣技は誰にも負けない気がするが、筆記が怖くて仕方がないのだ。




◇◇◇◇◇


 剣の実技試験後の筆記試験――。


「はじめ!」


 試験監督は、しかめっ面をしたアリアス老人。

 思わず吹きそうになるのを堪える。


 試験内容は、魔法概論や法律、連合王国の歴史など。


 ……やべぇ。

 全然わかんねぇ……。


「それまで!」


 試験用紙をほぼ白紙で出す私に、アリアス老人が耳元でささやいてくる。


「……何とかしますから、ご安心を」


 ……おお!

 ナイスな知らせ!


 そもそも、私は剣一本で出世した身。

 筆記試験などできるわけがないのだ。

 私は意気揚々と試験会場を後にしたのであった。


「親父、この芋を二つと葉野菜を一つくれ!」


「あいよ、2ラールです」


 私は銅貨を二枚支払い、品物を受け取る。

 安月給なので、肉などを買うのは叶わなかったのだ。


「ただいま~」


「ポコ~♪」


 レーベの町はずれにある自宅に帰る。

 この家は私が騎士時代に手配したもので、正真正銘の私のモノであったのだ。

 ポコリナと芋粥を啜る。


「ポコ!」


「我慢しろよ、今の私は貴族じゃないんだから」


 ご飯に不満そうなポコリナを宥め、早めに休んだ。

 夜の闇夜を照らす蝋燭も高いからだ。




◇◇◇◇◇


 翌日――。

 試験の合格発表を見に行く。


 ……合格。

 実際には不正合格な気もするが、気にしてはいけない。

 合格証書を貰いに、アリアス老人の元を尋ねた。


「ゴホン、シンカー君。君の合格はオマケだよ。今回の募集の領主護衛職ではなく、イオ様の護衛役を任じる。頼んだぞ!」


「はっ」


 他の合格者の手前、ため口は叩けない。

 私は任命書を携えて、先の領主の奥方様のイオ様に挨拶に行くことになった。


「お初にお目にかかります。シンカーと申します」


「……ぷ、ぷはは!」


 ドアを開けて挨拶に行くと、見慣れた侍女とイオしかいない。

 皆にとても笑われた。

 どうやら嵌められたらしい。


「お前様、お疲れ様。どうです? 衛士の暮らしむきは?」


「うーん、悪くないけど、ポコリナがご飯に不満なんだよな」


 あろうことか、奥方様が護衛衛士の私に上座を勧める。

 ……と、知らない人が見ていたら、そう思うだろうな、と思う。


「ポコ~♪」


 ポコリナが私の背負い袋から勢いよく飛び出してくる。

 彼女はイオの膝の上に乗り、気持ちよくスリスリしていた。


「お前様も城住まいになるのです?」


「ああ、小さな部屋だけどな。執務室まで秘密の通路を設けてくれるらしいね」


「それはようございました」


 イオとはしばし歓談

 その後、オパールにあったが、泣かれた。


 顔の火傷の痕が怖いのだろう。

 魔法での偽装なのだが、解くのが面倒くさいのだ。


 私は昼をイオの警護で過ごし、夜は今まで通りに執務室に籠ることになったのだった。




◇◇◇◇◇


 領主執務室――。

 その席の主は領主ではなく、衛士の服を着ていた。


 蝋燭の火を灯し、私は執務に励んだ。


「キム、王都の様子はどうだ?」


「……そ、それが、クロック侯爵が宰相に就任して、国政を取り仕切っているらしいです」


「シャーロット陛下は?」


「ご病気を理由に、自室にて療養中とのことです。軟禁とのお噂もありますが……。きっと先の事変は事実上のクーデターなのでしょうな」


「そうか、おいたわしいことだな」


「はい。で、元帥におかれても、あまり表に出られない方が良いと思われます。丁度良く、我等はゲイル地方の開発に力を入れたいのです。これを機に、奥方様と共にゲイル地方に移られては?」


「それでは、オパールが可哀そうではないか。今回はアーデルハイトを連れて行くことにしようではないか」


「畏まりました。至急手配いたします」


 私は皆と相談。

 副家宰にモルトケを任命。

 アーデルハイトの表向きの留守を任せることにしたのであった。


 それから一か月。

 私の表向きは衛士として、裏向きはイオとオパールと仲良く過ごした。




◇◇◇◇◇


「錨を上げろ!」


 私を乗せた商船はエウロパの港を出航。

 船長のロボスの指揮のもと、ゲイル地方を目指したのだった。


 今回のお供は、アーデルハイトとポコリナ。

 そしてポコリナの養子のミスリルゴーレムだ。


 彼は大きな金属鎧の中に身を潜め、巨躯の護衛騎士として振舞っていた。

 魔物と気付かれると面倒だからである。


 ちなみに名前はガウというらしい。

 「ガウ」とたまに咆えるという理由からだそうな。


「陸が見えたぞ!」


 船の旅は順調に進み、ゲイル地方にある小さな港に無事着いたのであった。

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