第78話……シンカー死す!?

 私の牢獄生活は可もなく不可もなくといった感じであった。

 差し入れられる食事は旨いし、見張りの衛兵は敬意をもって接してくれていたのだ。


 入牢から三日目――。


「これはどういうわけだ!? 答えてもらおう」


 突然、サワー宮中伯がやってきて、尋問が始まった。

 宮中伯が私の顔に羊皮紙の束を投げつけて来る。

 彼はリルバーン家の支出が、イシュタル小麦の収穫に見合わぬほど大きいことに疑問を持っているようだった。


「どうやったらこんなに金が出て来るんだ!? 公金の横領か!?」


「違う!」


 私は違うとは言うが、公金横領ではないという意味であって、領内の鉱山の存在そのものを王宮に秘密にしていない、という意味ではない。

 彼はきっと領内に入ってまで詳しくは調べていないのだろう。

 どうやらキムの考えた偽装工作は、今においてもうまくいっているらしい。


「……では、どうやってこれだけの兵力を動員できる?」


「知らないな」


 私は堂々とシラを切った。

 これが良くなかったようで、彼は激高してしまった。


「奴の衣服をはぎ取れ! 体に教えてやるわ!」


 ビシッ――。

 ビシッ――。


 彼は私を鞭で打った。

 獣皮で出来た鞭の先が、私の背中の肉を捉える。

 皮膚がよじれ、あちらこちらで内出血が起こるのを感じた。


「どうした? 吐け! さもなくば、戦で使い物にならぬ体にしてやるぞ!」


「……」


 鎖でぐるぐる巻きにされていなければ、こんな奴は殴り倒せるのに。

 ……無念だ。


 だが、金山やゲイル地方での収益をいう訳にはいかない。

 貴族の自治権とはそういうモノだし、核心的な利権をばらすやつ等どこにもいないのだ。


 ビシッ――。

 ビシッ――。

 奴は容赦なく私を鞭で打ち据える。


「言え! 言わんと死ぬぞ!」


「……」


「水を持ってこい!」


「はっ!」


 今度は頭を水桶に突っ込まされた。

 息が苦しく、もがきたいがもがけない。


「……、ぶはっ」


 何度もこれを繰り返され、流石に心に堪えた。


「なかなかしぶとい奴だ。まぁ、これからこれが毎日となる。覚悟しておけ! あははは!」


 奴はそう高笑いをしながら去っていった。


 ……マジか?

 これは厳しいぞ!


 その晩の夕食は、今までとうって変わって、腐った麦粥が出てきた。

 ハエが集り、凄い異臭がする。

 

 腹はすくが流石にこれは食べられない。

 見張りの衛兵も顔を背けた。


 ……これが毎日続くのか?

 私は顔が青ざめていくのを感じたのだった。




◇◇◇◇◇


 小さな窓から差す月光がまぶしい。

 きっと深夜なのだろう。


「……御館様!」


 牢の前に跪くものがいる。

 フードを深くかぶっているが、この気配はエクレアであろう。


 見張りは何故か眠っている。

 彼女の仕業であろう……。


「早く出してくれ」


 私は絞り出すような小さな声で言った。


「なりませぬ。脱獄は重罪ですぞ」


「……ではどうしろと? ここまま私は死ぬのか?」


 私は戦場で死ぬと覚悟はしていたが、まさか無罪の罪で獄死するとは思っていなかったのだ。


「大丈夫でございます。相手は力を持ちすぎた御館様を失脚させたいだけなのです。条件さえ飲んで頂ければ、きっとここから出られます」


「条件? 条件とは何だ!?」


「相手側の出す条件とは、引退して、家督をオパール様に譲れとのことです」


「……、エクレアよ、私が宰相になってから何日たった?」


「四日目にございます」


「……そうか。下賤の身ながらも、良く成り上がったものだな」


「無念にございまする」


 意外なことに、彼女は本当に残念がってくれているようだ。

 石畳に、彼女の涙がポタポタと落ちる。


 ……そうだ。

 先日、彼女の里の者を雇うと誓ったばかりだ。

 ここでどうでも良い名誉と一緒には死ねぬ。


 リルバーン家を潰すわけにはいかないのだ。

 せめてオパールが成人するのを見届けねば……。


「わかった。先方の窓口役に伝えてくれ。私は引退すると」


「畏まりました」


 そう伝えると、彼女は音もなくどこかへ消え去ったのであった。




◇◇◇◇◇


 翌朝――。

 私は衛兵により牢から出される。


 体は討ち据えられ、傷だらけで血まみれ。

 衣服もボロボロで、まるで奴隷のような身なりとなっていのだ。


「この者はもう駄目だ! 引き取ってくれ!」


「ありがとうございます」


 ……何のことだ?

 よくわからないぞ!?


 私の体は衛兵から、ヤバそうな老人に引き渡された。

 老人は金貨二枚をコッソリと衛兵に渡す。


 フードの隙間から老人の顔を覗くとアリアス老人であった。

 私は安心し、老人に身を任せる。


 とても疲れていたのだ。

 私は老人の腕の中で、深い眠りについたのであった。


「……むにゃむにゃ、ん!?」


「お目覚めになりましたかな?」


 私が気付くと、屋根付きの馬車の中であった。

 窓の外には青々とした景色が流れていく。

 向かいにアリアスが座っており、私の足元にはポコリナの姿も見える。


「私は助かったのか?」


「えーっと、そうとも言えますが、そうとも言えないような?」


「どういうことだ!?」


「リルバーン卿シンカー殿は、式典で倒れられ、お亡くなりになったと発表があったとのことです」


「……ん!? どういうことだ?」


「もう、リルバーン卿は公式には死んだということです。これからはコッソリ生きてもらいませんとな。あと葬式もせねばなりませんぞ!」


「本当か!? で、我が家はどうなった?」


「それは約束通り無事です。ただ、賄賂や工作費の一環として、シャンプール南の地を手放すことになりました」


「……まぁ、それは仕方ないな」


 こうしてリルバーン家の当主はオパールになり、私は死んだことになってしまったのであった。

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