第77話……冷たい石造りの地下牢

 統一歴566年9月――。

 オーウェン連合王国は秋の収穫祭と共に、先の戦勝を祝う式典を王都シャンプールで大々的に行っていた。


 私は招待状を貰い出席。

 イオは療養中なので、アーデルハイトを連れて行くことにしたのであった。


 式典前日――。

 ラガーの店にて宿泊。


 そして朝を迎えた。

 カーテンの隙間から気持ち良い陽光が差す。

 それだけで今日が良い日に感じられる。


「元帥、朝ですよ!」


「……ああ、もう少し寝ていたい」


 片目をあけると、アーデルハイトが正装をしている。

 奴め、昨日は寝床で、私を相手に散々と暴れまわったくせに、まったく元気な奴だ。


「式典に送れますよ、起きてください!」


「……はい」


 私は仕方なく起きる。


「今年は領内整備に遠征で、十分に働いたつもりだ。今年の残りは毎日寝ててもいいじゃないか?」


「なにをアホなことを仰っているのです! 早く着替えてください!」


 愚痴をアーデルハイトに言ってみたが、厳しく窘められた。

 彼女と入れ替わりで侍女が入室。

 正装への着替えを手伝ってもらった。


 私は鎧の着用は出来るが、この面倒極まりない正装を一人で着ることは能わない。

 情けないことに、毎回誰かの手伝いを必要としていたのであった。


「出発!」


 宿を出て、豪華な四頭立ての馬車に乗る。

 走る馬車の窓の外の沿道には、戦勝を祝う民衆が詰めかけていた。


「リルバーン元帥、万歳!」

「侯爵、ありがとう!」


 私は先の戦いで、女王陛下の親征を助けた英雄とされていた。

 多分、王宮の知恵者のプロパガンダか何かだろうが……。


 ……だが、一将功成りて万骨枯れる。

 本当の英雄は、国の為に命をなげうった名もなき兵士たちだ。


 しかも、今回の戦いは国防というには遠すぎる地でだ。

 彼等の母親はきっと泣いているだろう。

 よって、私は素直に喜ぶ気になれなかった。


「ほら、元帥、笑って手を振ってください! これもお家の為ですよ」


「……はい」


 最近のアーデルハイトは前に増して怖い。

 私は彼女に促されるままに、笑みを作り民衆に手を振ったのであった。


 馬車は王宮の正門に着き、衛兵の案内を受けて式典の会場へと入ったのだった。




◇◇◇◇◇


 式典会場――。

 文武百官が居並ぶ中。


「女王陛下の御入来!」


 女王陛下を玉座に迎え、式典は始まった。

 煌びやかな衣装をまとった音楽隊が演奏。


 私には退屈な時間が続いた。

 そして式辞は終わり、軍功表彰の儀となった。


「リルバーン侯爵!」


「はっ」


 呼ばれて女王陛下の前に進み出る。

 とはいっても、陛下はひな壇の上であり、かなりの距離はあるのだが。


「リルバーン侯爵殿、先の戦いの大功績、誠に見事。オーウェン連合王国の公爵に封じ、宰相に任じる! そして銀龍大勲章を授ける。 以後益々余を助けよ!」


「ははーっ」


 ……むぅ、公爵ときたか!?

 本当は領地が欲しかったが、最近の王国に余剰の直轄地は無いはずだ。

 きっと領地の代わりにくれたのだ。


「おおー!」

「流石はリルバーン卿だ!」


「公爵など、先々代にさかのぼるまで記録に無いぞ!」


 列席した貴族たちは、私の公爵就任に騒めく。

 先の王は、宮中の権力を掌握するために公爵たちを、実力で排除したらしいのだ。


 ……だが、勲章を授かった瞬間にことは起こった。


「動くな!」


 会場に数ある入り口の全てから、武装した兵士たちが雪崩れ込んでくる。

 長槍兵に長弓兵、重歩兵に魔導士まで。


「動くと容赦せぬぞ!」


 その矛先は、何と女王陛下にまで。

 私に限らず、諸侯の腰には儀礼用の細剣のみ。

 とても勝負にならなかった。


「貴様等、何者だ!?」


 前宰相で、国家の元勲たるフィッシャー宮中伯が大声で問うた。

 そこに完全武装で姿を現したのは、クロック侯爵であった。


「卿たちは、はるか西側に布陣しているはず! それはどうなった!?」


「五月蠅い! それよりも国家を蝕む賊徒シンカーを捕えるほうが先決よ!」


 私に近づきそう言ったのは、サワー宮中伯。

 クロック侯爵派閥の秀才と称される青年貴族だった。


 多分、こいつ等が計画したことだろう。

 凡庸で優しいクロック侯爵にこんな大それたことを企図するわけがない。

 まぁ、凡庸で優しいから人気があるともいうのだが……。


「罪状は何かな?」


 私はそう聞いてみた。

 会場を見ると、多くの貴族が奥方を人質に取られているのだ。

 もはや歯向かうのは愚策であろう。


「……ふふふ、これを見よ!」


 宮中伯が合図すると、衛士が大量の羊皮紙をもってきた。

 その一枚を見てみると、私が傭兵時代に犯した微罪が、びっしりと書かれていたのだ。


「……暇人め! そこまでして私を貶めたいか!?」


「あはは! 何とでも言いたまえ。この薄汚い傭兵上がりが。この国賊を牢にぶち込め!」


「はっ」


「リルバーン卿!」


 女王陛下が叫ぶが、要らぬことを言わさぬ様、フィッシャー宮中伯などが女王の口を押えた。


 そして、私は縄でぐるぐる巻きにされ、床へ倒された。

 ついでにサワー宮中伯に頭を踏まれる。


「いい気味だな。偽物の英雄君。冷たい地下牢が君への報償だ!」


 私は更にミスリル銀でできた鎖を巻かれた。

 これは魔法封じの為だ。

 念には念を入れてのことだろう……。

 ご苦労なこった。


「こっちだ、こい!」


 私は衛士たちに連行され、宮殿の地下にある政治犯用の冷たい石造りの地下牢にぶち込まれたのであった。

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