第76話……オパール誕生!
「どうしたものかな?」
ケード連盟の副王ドメルは、広大な防御区画をもったカリバーン城を眺めながら呑気にそういった。
たしかにフレッチャー共和国の兵は弱かった。
だが、それも優位な城に籠られては、練度の差が一気に縮まる。
今回の攻撃側の兵士は4万五千、守る側も同等の兵力と見積もられたため、攻める糸口は見つからなかったのだ。
「よし、そいつらを連れていけ!」
「はっ」
だが、副王ドメルや親衛隊長オルコックが焦らないのには理由があった。
それは市街地での略奪行為や奴隷狩りに、兵士たちが熱中しているからであり、もはや攻撃どころではないからであった。
王都シャンプールの外郭城壁が落ちた時も、同じような惨状が拡がっていたのだ。
勝った時に、略奪や奴隷狩りの権利がないと、安い給料では誰も命がけでは働かない。
こうして兵士たちや下級貴族たちに、金銭的に美味しい思いをさせることも、とても大切な国家統治政策の一つだったのである。
「流石に大国フレッチャー王国の首都となると広大な広さだな!」
「……ああ、略奪し甲斐があるぜ!」
王国軍の兵士たちは夜を徹して略奪に勤しむ。
これに腹を立てて敵が出てくれば、攻撃側の思うつぼ。
敵領地での略奪は、立派な攻城戦術の一つなのである。
「さっさと歩かんか!」
奴隷階級に落とされたカリバーン市民たちは、長蛇の列となって近場の奴隷市場へ連れていかれた。
……だが、資産を持った富裕層は城の内郭部に身を潜めている。
何時の世も、人間の住む世に平等などはないのだろうか。
◇◇◇◇◇
566年7月下旬――。
オーウェン王国側は略奪行為を一旦停止。
編成を整え攻勢に出た。
「掛かれ! 怯むな!」
頭上には無数の矢が飛び交い、足元には魔法弾がさく裂した。
前線で濠を埋めにかかるのは下級兵士たち。
彼等は城側の猛反撃で、ただ無意味に躯を晒すだけの結果になった。
「攻城塔前へ、投石器も投入しろ!」
「はっ」
王国側は多数の攻城兵器を制作。
戦線に投入するも、所詮は城側の方が、設置された投石器などの位置も高い。
高度差による射程を武器に、共和国側は一方的に王国側の攻城兵器群を破壊していったのだった。
「……むぬぬ」
オルコックは悔しがるが、相手は高い城壁を備えた大城郭。
偵察兵を送るが、これといった弱点は発見できなかった。
しかも、頼みのケード連盟の兵士たちは城攻めに参加してはいない。
彼等は、城攻めの不利を察し、郊外の小貴族の農園等を荒らしに出かけていたのだった。
私は戦線の膠着を見て、女王陛下に謁見した。
「女王陛下、ここまでかと存じまする。敵の首都の市街地は焼き払いました。シャンプールの敵は討ったかと思われます」
「ふむう、元帥がそう申すなら、潮時なのだろう。よかろう。オルコックには引き上げる様伝えよ! 全軍を纏めよ。王都シャンプールに凱旋いたす!」
「はっ!」
女王陛下は私の進言を受け入れ、撤退を決断した。
城側の反撃に備え、私の部隊とケードの一隊がしんがりに残ったが、城から打って出てくる気配はなかった。
その後、王国軍は意気揚々と西進。
八月の初旬には、王都シャンプールに凱旋したのであった。
「女王陛下万歳!」
「シャーロット陛下万歳!」
王国国民は今回の遠征の成功を賞賛。
大国フレッチャーを追い詰めた女王シャーロットの武威は、広く諸国に鳴り響いたのであった。
◇◇◇◇◇
566年8月――。
緑が青々と映え、時折積乱雲が運んでくる雨が、さらに植物を育んだ。
そんな恵の雨の日。
領主の間に赤子の声が響き渡る。
魔力持ちの母の子は、母の胎内で早く育つ。
今日この日、イオは私の初めての子を出産したのであった。
「どうであった?」
出産の場に、男は忌むべき存在。
私は隣室で侍女からの報告を聞いた。
「……そ、それが」
「死産だったのか?」
「……いえ、元気な女の子でした」
侍女は申し訳なさそうにそういった。
身分が高い家は、男の子を尊ぶ。
だが、私は元が貧しい身の上。
そんなのはどうでもよかったのだ……。
「イオ、よくやった!」
私はイオの待つ部屋に急いで入り、ねぎらいの言葉を掛けた。
「お前様、申し訳ありません」
「なあに、王宮にたんまり賄賂を贈れば、女でも領主になれる。気にするな」
小さな籠に眠る我が子。
なんと可愛いものか。
今から成長が待ち遠しい。
「……ん?」
この子の眼が紅い。
魔力持ちか!
これはむしろ幸運なのではないか?
「お前様、この子に名前を付けてやってください」
私はこの時の為に名前を考えていた。
女の子だった場合は……。
「この子の名は、オパールだ。ダメかな?」
「いえ、良い名前だと思います」
私は先日のカリバーン城での惨状に気分を悪くしていた。
だが、このことで、天にも上るような晴れやかな気分となったのであった。
私は執務室に戻り、我が子オパールの未来を馳せた。
どんな可愛い娘に育つのだろうか。
「誰かある! モルトケを呼べ!」
「はっ」
私の呼び出しに、いそいそとモルトケがやって来る。
彼は初老の武人で、旧臣たちの筆頭格であったのだ。
「モルトケ! 我が娘オパールの養育係を命じる!」
貴族家の長子の養育係は、その家の紛れも無き重臣の証拠である。
よって、とても名誉な役割とされていたのだ。
「……は、はっ! 有難き幸せ! この身に代えましてもこの重役、果たしまする!」
この後――。
私はオパールを跡継ぎにすることを書面にしたため、王宮に早馬を飛ばした。
……これで私が死んでも、家は困らぬ。
私は、とてもすがすがしい気分になったのであった。
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