第75話……共和国との決戦【後編】
オーウェン連合王国とフレッチャー共和国との戦いは熾烈を極めた。
共和国側の総大将の潰走で、流れは王国側だったが、総数で勝る共和国の備えは厚く、決着はなかなか着かないでいたのだ。
「掛かれ!」
私は竜騎士隊を率い、敵軍左翼に突撃を試みる。
だが、背後を突かれたはずの敵兵は、秩序を保ったまま、中隊ごとに円陣を組み、守りを固めてきたのだ。
「止まるな! 掛けろ!」
私は部下たちに立ち止まらないことを命令。
止まると矢の餌食になるし、なにより竜騎乗兵の強みは、その快速にあったのだ。
だが、敵の左翼部隊はよく訓練されており、こちらの突撃に際し、重歩兵が槍衾を作ってきた。
「左へ旋回! 駆け抜けろ!」
流石の竜騎士も、槍衾には闇雲に突っ込めない。
左右に機動し、騎射を試みるにとどめる。
……敵の左翼の指揮官はどこだ?
私は魔法の掛かった眼力で周囲を見渡す。
……いた。
奴も騎兵部隊を率い、機動力を武器に王国側の歩兵を蹂躙していたのだ。
「突っ込め!」
私は隊の先頭に立ち、敵部隊に躍り込む。
だが、すぐに乱戦になり、敵将の位置が分からなくなる。
「どけ! 雑魚は邪魔だ!」
敵騎兵を二騎、三騎と打ち倒すと、敵将が向こうから駆けてきた。
「名のある敵将とお見受けする。我は怪力将軍ブンリョウなり!」
敵将は大音声で名乗りを上げ、大木の様に太い両手で、大戦斧を振り下ろしてきた。
ガキーン!――
私は敵の斬撃を剣で受け止めるが、衝撃で両腕が痺れ上がってしまう。
「……くそう、人間の力とは思えん!」
私がそう呟くと、思いに反して相手から返答があった。
「そうよ! 我は巨人族と人間の子也!」
……ぶ?!
本当に怪物なのか。
「それを地獄の土産に死んでしまえ!」
ブンリョウと名乗る男は、再び大戦斧を振り下ろしてくる。
……不味い。
未だに、私の両手は痺れから回復していなかったのだ。
「……風の聖霊よ!」
私は瞬間転移の魔法を唱える。
間一髪のところで、私はコメットと共に先ほどの地から15m離れた地に転移した。
だが、奴の斧が左肩を掠ったようだ。
鋼鉄より丈夫な竜鱗で作られたスケイルメイルが、無残に千切れ飛んでいたのだ。
肉も少し抉られたようで、肩口に鮮血がにじむ。
「ヤツは化け物か!?」
私は奴を再び視界にとらえる。
そこには味方の兵士を次々に死体に変えていく、殺人マシーンとしての奴の姿であった。
奴は大戦斧を振りまわし、時には斬撃で、時には刺突で、まるで阿修羅か魔神のような戦いぶりであった。
「貴様、逃げおったか!?」
再び奴に見つかった。
私はミスリル鋼でできた短弓を素早く構え、ヤツが乗る馬の頭を射た。
奴の馬は馬鎧を着ていたが、私の矢は隙間を掻い潜り、馬を即死に至らしめた。
「……ひ、卑怯な! 貴様は武人としての魂はないのか!?」
奴は馬から転げ落ち、そう喚いた。
それを味方の槍歩兵たちが一斉に取り囲む。
「縛り上げろ!」
……たしかに、卑怯かもしれない。
だが、それは人間に対してだと思う。
私は怪物とまともに一騎打ちをする気はなかったのだ。
左翼を指揮する敵将を捕えたこともあり、敵の指揮系統は瓦解。
敵兵は次第に逃げ散っていき、抵抗を続けるのは下級指揮官クラス以上のみとなっていった。
「追撃だ! 歯向かうものは容赦するな!」
「おう!」
潰走状態となる共和国軍に対し、王国軍は追撃を開始。
陽が落ちるまで、延々と逃げる兵士を追いまくったのであった。
「えいえいおー!」
日暮れと共に、私は追撃の停止を命令。
各隊は隊列を整え、翌朝の進撃に備えたのであった。
◇◇◇◇◇
566年7月中旬――。
オーウェン連合王国軍は、フレッチャー共和国の首都城であるカリバーン城を取り囲んだ。
この城もまた、王都シャンプールなどと同じく、街を取り囲むように城壁が張り巡らされていた。
「掛かれ!」
私は負傷していたので、後方で休んでいた。
城の近くの高台で、敵味方の戦いをのんびりと見物することにきめこんでいたのだ。
よって、実質的な攻城戦指揮は、親衛隊長オルコックが執った。
「弓放て!」
敵の魔導士の魔法を掻い潜り、大盾を持った重歩兵が前進。
王国軍は外周の濠を埋めていき、攻城塔や投石器で攻撃。
最後は破城槌などで城門を破壊した。
「突入せよ!」
ケード連盟軍の竜騎士隊を先頭に、王国軍は市街地に乱入。
先日の恨みとばかりに各地に放火、略奪の限りを尽くしたのであった。
逃げまどう市民を相手に、王国軍はこの戦いに勝利を確信したのかもしれない。
「……な、なんだと!?」
だが、略奪を終え、冷静になって、敵城の備えに驚いた。
市街地を取り囲む城壁とは違い、王宮を守る城壁は見たこともないほど高い。
城壁の外周に備わる深い濠には、周囲の川から水をも引かれていたのだ。
城壁の上には投石器やバリスタがずらりと備わる。
長弓を構えた兵士以外に、怪しげな衣をまとう高位の魔導士たちの姿も多数あったのだ。
勝ち誇っているはずの王国軍の目の前には、大国フレッチャー共和国が、その贅の限りを尽くした巨大な城塞がそびえ立っていたのだった。
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