第74話……共和国との決戦【中編】

 統一歴566年7月――。

 オーウェン連合王国軍四万五千とフレッチャー共和国軍六万は、ルドミラ平原南部で激突した。


 フレッチャー共和国の総本営――。


 総大将はキンバリー=コレット大将軍が務めていた。

 この大将軍、以前に王国軍の捕虜になっていたが、多大な身代金を引き換えに共和国に帰ってきていたのだ。

 ……ただ、周りには、門番を殴り倒して脱走してきたと吹聴していたのだが。


「敵の攻撃が始まりました!」


「うむ」


 伝令からの開戦の知らせを聞いた後、彼は木材を組んで作った櫓に登り、戦況を眺める。


「……なんだと!?」


 戦況を眺める大将軍の眉間に深い皺が入る。

 王国軍右翼を務めるケードの竜騎士部隊を先頭にした突撃が凄まじく、それに対する共和国軍の左翼は押しまくられていたのだ。


 彼が味方の劣勢を知るのと同時に、伝令が駆けてきた。


「お味方左翼より、援軍を乞うとのことです!」


「後備えの予備隊を左翼に回せ!」


「はっ!」


 大将軍は不満であった。

 我が方は六万、敵は四万五千、数で考えれば負けない戦だが、平和慣れした共和国軍の戦意の低さは著しかった。

 しかも、相手の軍の前衛部隊は元味方。

 その立ち位置に共感する下級貴族たちの士気も振るわなかったのだ。


「掛かれ! さがるな!」


 共和国軍の劣勢は深刻だった。

 それは士気だけでなく、戦闘技量も相手に及ばなかった。


 共和国は人口大国で、相手より常に多い兵士数を動員できたため、今まで歯向かってくる勢力があまり無かったのだ。

 それにより、兵士の訓練の必要性は下がっていたのであった。


 そして、その兵士の技量差は、主に傭兵業を産業とするケードの相手をする左翼に大きく現れたのだ。


「左翼のお味方劣勢! このままでは……」


 幕僚が大将軍を急かす。

 このまま左翼を放置すれば、崩壊するのは時間の問題と思われたのだ。

 戦闘狂を思わせるケードの兵士たちは、狂気を携えて確実に共和国軍の左翼を侵食していた。


「……ところで、敵の左翼はどうか?」


「敵にやる気があまり見られません」


 大将軍は幕僚の意見だけでなく、斥候を出して丁寧に調べさせた。

 やはり味方右翼は、矢や魔法を交わすだけの消極的な戦闘に終始していたのだ。


「よかろう。右翼から部隊を抽出して、左翼に回せ!」


「はっ!」


 こうして、共和国軍は右翼の兵を、次第に左翼へと移していったのだった。




◇◇◇◇◇


 オーウェン連合王国、リルバーン侯爵家本営――。

 私は小型竜族であるコメットに跨り、戦況を俯瞰していた。


「元帥! 再び敵兵が右翼側に移ったようです」


「……うむ」


 私の率いる兵は五千。

 それに対して、正面に敵対する部隊は一万を超えていた。


 だが、それも段々と減ってきた。

 前線の敵兵たちの顔に、不安の色が見て取れる……。


「元帥、そろそろでは?」


 アーデルハイトが私にそう言う。

 時来たれり、というべきか。


「信号弾を上げろ! ナタラージャ隊に突撃の準備をさせろ!」


「はっ」


 魔石で作られた信号弾が、空に打ちあがり煌々と煌めく。

 これは、敵軍に不戦を促す合図であった。


 戦場で味方に刃を向けるのは忍びない。

 ……だが、不戦なら?

 そう、戦わぬだけなら。

 私は、事前に敵貴族たちに、不戦を促すような手紙と金品を多数贈っていたのであった。


「ナタラージャ隊に突撃するよう伝えよ!」


「はっ!」


 伝令が矢のように馬を走らせる。

 ナタラージャ率いる竜騎士隊には、事前に敵部隊を左側から迂回し、敵の後ろへ回る様に伝えていたのだ。


「続いて我等も出るぞ! アーデルハイト、後は頼む!」


「はっ」


 私は右手を挙げ、突撃準備の合図を送る。

 率いるは、約五百騎の騎乗騎士達だった。


「突撃!」


 私の率いる騎士達は、ナタラージャ隊の更に左側から敵を迂回することを試みた。

 思った通り、敵はナタラージャ隊の迂回を阻害するのに集中し、その外側を進撃する私の部隊の進撃には手つかずとなったのだ。


「蹂躙せよ!」

「立ち止まるな!」


 我が騎士隊は、敵後背に回ることに成功。

 後方に構える指揮官を騎射で狙い打つ。

 相手の指揮官が、慌てて落馬する姿が見てとれた。


 討たずとも、指揮系統の攪乱には成功しただろう。

 私は敵右翼後背を素通りし、敵中央部隊の後背へと迫った。


 立派な幕舎や大きな旗が立ち並び、補給物資が山と積まれている。

 間違いなくここが敵の本営だろう。


「火を掛けい!」


 敵のテントや旗に、魔法や魔道具で火を掛けていく。

 繋がれていた高級将校用の馬の縄は、残らず斬り飛ばした。


「止まるなよ! ついて来い!」


「はっ」


 相次ぐ乱戦で、私に従う騎士たちは一騎、また一騎と減っていく。

 敵共和国軍の総本営に切り込んだときには、私の周りに付き添う者は、僅か五十騎に満たなかった。


「出会え! 出会え!」


 敵の本営護衛部隊と交戦。

 だが相手も前線に兵力を投入したと見え、本営の護衛は寡兵であった。


「死ねい!」


 私と騎士たちは、敵の護衛部隊を切り倒す。

 もう何度、敵に剣を振るっただろう。


 ミスリル鋼とはいえ、刃に鋭さを全く感じない。

 まさに剣で殴り倒すという感じであった。


「貴様は誰だ!?」


 本営の巨大幕舎の中にいたのは、敵総大将ではなく、高級文官と女性たちであった。

 多分、女性は各貴族達からの人質であろう。


 文官も剣を抜いて抗するが、文官共に負ける我等では無かった。

 私は、誰彼構わず蹴り飛ばし、縛り上げていく。


「おい! 貴様等の総大将は何処だ!?」


「……も、もう、後方にお逃げになったのだよ」


 痣だらけになった文官がそう答えた。


 ……むうう。

 逃げられたか。

 だが、まだ戦いは終わっていない……。


「元帥! ご無事でしたか!?」


 ナタラージャが後ろから駆けよってきた。

 彼女も手勢の多くとはぐれていたが、竜騎士たちと合流出来たのは大きかった。


「馬に乗るものは人質を連れて陣へ帰れ! 竜に乗るものは我に続け!」


「はっ」


 我等が襲ったのは、敵後背の一部に過ぎない。

 特に、多数の精兵が残っているであろう敵左翼の抵抗は、激しいものが予想されたのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る