第73話……共和国との決戦【前編】

 統一歴566年6月――。

 私はコリンズ辺境伯を通じて、アタゴ平原に点在する地方諸侯の軍に参集を号令。

 女王陛下の軍が待つルドミラ平原を目指した。


「出発!」


 長年にわたる共和国への恨みか、はたまたコリンズ辺境伯の人徳か、遠くからも兵が集まり、その数合わせて三万五千。

 意気揚々と進軍は続き、周辺の村々からも歓迎ムード。

 飲み水や飼い葉、宿営地にも苦労せずに、無事に女王陛下の軍に合流したのだった。




◇◇◇◇◇


 女王陛下の軍に合流すると、早速シャーロット陛下が諸侯を連れて出迎えてくれた。


「リルバーン侯爵! よく来てくれた」


「ははっ!」


「辺境平定ご苦労だった。しかし、凄い軍の数だな」


「すべては陛下のご威徳の賜物です」


「ははは、謙遜せずともよい。全て卿の手柄だ。後で手厚く報いようぞ!」


「有難うございます」


 そんなやり取りの後。

 陛下と共にアタゴ平原の地方諸侯の軍を見てまわった。

 それに応じるように、コリンズ辺境伯が出迎えてくれた。


「卿がコリンズ辺境伯殿か?」


「はっ、陛下の御尊顔を拝し、恐悦至極に存じまする」


「うむ。リルバーン侯爵から聞いたであろうが、所領を安堵する故、余のために尽くせよ」


「ははっ」


 コリンズ辺境拍が率先して、地方貴族達を順々に紹介、次々に陛下に引き合わせた。

 地方諸侯たちは皆、共和国との袂を分かち、女王陛下に臣従を誓ったのだった。


 地方諸侯の軍は、正式に王国軍に編入され、王国軍は四万五千もの大軍に膨れ上がったのだった。


 その後、周辺の諸城を襲っていたケードの軍と合流。

 自領奥深くに陣取っていた共和軍と対峙したのであった。




◇◇◇◇◇


 王国軍本営幕舎内。

 軍議に連合軍の諸将が集まっていた。


「……では、我がケードが最右翼でよろしいな?」


 ケードの副王ドメルが、軍議進行役のオルコックに問う。


「それで結構です。そして左翼にリルバーン侯爵殿の軍。中央最前列を新規参入の御諸侯がお勤めになります」


「ははっ」


 近日に降伏した貴族たちが、最も危険な最前衛を務めるのが、この世界の習わし。

 それは裏切りを警戒する意味合いもあった。


「わはは! では我等がケードの力をお見せしよう!」


 副王ドメルはそう言い放って、早々に軍議を中座。

 それに連なるケードの諸将も会議場を去ったのだった。

 このことにより、ち密な作戦による連携など不可能となった。


「やむを得ぬ! この一戦に王国の命運がかかっていると思って諸将は奮戦せよ!」


「はっ」


 女王陛下は混乱を嫌い、軍議を短く締めた。

 敵は六万、我が方は四万五千。


 だが勢いは此方にあったのだ。

 何故なら、敵は決戦を恐れ、自領深くにひいている。


 ……もちろん、我が方の補給線を長くする思惑もあるだろうが。

 王国軍の諸将もオルコックを先頭に、意気揚々と会議場から出ていったのであった。


 私は会議場に残っていた。

 人気が無く、静かで心が落ち着く。

 冷めきっているお茶を口に含む。

 そうすることで、戦で昂る頭を冷やすのだ。


 ……どこかに敵の罠はないか?

 心配性な私は、机の上の大きな地図に忙しく目線を這わせていた。


「シンカー、我が軍は勝てるのだな?」


 振り向くと女王シャーロットが心配そうにこちらを向いている。

 彼女も何か心配なのかもしれない。


 ここは敵地奥深く。

 もし大きく負ければ、味方に付いている貴族達も裏切りかねない。

 逃げ帰るのは至難の業となろう。


「大丈夫です。勝てますよ」


「……そうか」


 私は精一杯、古の不敗の名将のような笑顔を作ったつもりだ。

 その甲斐あってか、彼女は威厳を保ち、護衛を伴って幕舎をでていった。


「……ふぅ」


 私はため息をつき、水差しに入ったお茶をお代わりしたのであった。




◇◇◇◇◇


 陽が高らかに昇っている。

 それを隠す雲は一つたりともなかった。


「貴様等、オーウェン王国の兵は、何故、我が先祖伝来の地を荒らされる? おかえり願いたい!」


 共和国の若手の貴族が、開戦前に一騎で前に進み、白々しい言上を大声で宣う。

 これに対し、我が方の若手貴族が言い返しているらしいが、遠くて聞こえない。


「掛かれ!」


 どうやら右翼のケードが仕掛けたらしい。

 竜騎士たちが土煙を上げて突撃していくのが遠くに見える。


 ドンドンドンドン!

 それに引きずられていくように、両軍の本陣から陣太鼓が、勇壮に打ち鳴らされる。

 大きな青銅製の銅鑼も鳴り響き、戦士たちの戦意を昂らせていった。


「撃ち方始め!」


 共和国自慢の魔法部隊が、火球の魔法を飛ばしてくる。

 それに対して、王国軍は長弓部隊を前に繰り出し、矢で応じた。


「どうなさいますか?」


 アーデルハイトが私に聞いてくる。

 幸運なのか不運なのか、私が担当する王国軍左翼の相手は、すこし後方に陣取っており、戦端を開くには距離があったのだ。


「……」


 私の心は、根っからの勇者ではない。

 大事なところで、敗けたくないという感情が、決断を鈍らせていた。


「……やるか、各隊に前進するように伝令を出せ!」


「はっ」


 私の指示にアーデルハイトが頷き、彼女の右手が上がる。

 今回意趣を凝らして、ゲイル地方から法螺貝という大笛を突撃の合図としていた。

 腹の底を震わすような重低音が響き渡る。


 我が家の最前列は、モミジが率いる長弓隊。


「放て!」


 矢の大軍が大気を震わせ、敵陣に落下していく。

 彼等の長射程は、敵を驚かせるに十分であった。

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