第72話……キムの報告
私はネト城攻略後。
女王陛下の本隊を急いで追わずに、この地に留まった。
周辺の治安責任者にはナタラージャを任じ、統治の補佐官としてはアーデルハイトを充てたのだった。
「アーデルハイト!」
「はっ」
「この城の書物庫から地図類を押収し、レーベ城まで運ぶよう手配してくれ。そのあとエクレアを呼んでくれ」
「はっ、かしこまりました」
戦に手堅く勝つには、地理を知るのが最も肝要だと私は思う。
その他、各地の特産物や鉱脈などが記された風土記なども、接収するに勤めたのであった。
アーデルハイトの退室と同時に、暗殺者のエクレアが部屋に入って来る。
「ご用はなんでしょうか?」
彼女は恭しく跪き、私の言を待った。
「もっと楽にしてくれ。で、用事はね。諜報要員をもっと増やしたいんだ。役に立ちそうなものを三十名ばかり見繕ってくれ」
「どのような者をご希望ですか?」
「委細、任せる!」
「……は? 今何と?」
「以後、諜報分野は任せるから、好きにやってくれ。人員の給料は出す!」
「隠里の病気の者を雇っても?」
「構わないよ」
「有難き幸せ、この御恩は終身忘れませぬ……」
それだけ言い残すと、彼女は音もなく消え去った。
この人事は、彼女を厚遇しすぎと言う者もいるだろう。
だが、私はこれでも、傭兵として腕に自信があるつもりだ。
その私が、もう少しのところで、打ち取られるところだったのだ。
彼女をそれだけでも味方にしておく価値があると私は思うのだ。
その二日後――。
キムがレーベの地からはるばるやってきた。
「おう、元気か? 遠路すまんな。まあ一杯やってくれ」
私は葡萄酒の入った器をキムに手渡す。
「有難うございます」
「……で、早速すまんが、例の件はどうであった?」
私は陣中から使者を送り、キムにまだ人の手のついていないゲイル地方を調べてもらっていたのだった。
人材を雇うにも、畑を拡げるにも資金がいるのだ。
何かいいものでも発見できはしないかという試みだったのだ。
「元帥、あの地の真珠と毛皮は特産物の素質が十分です。加工業者を選定し、我がリルバーン侯爵家の専売品とするべきです」
「そうか。あと、ホップの奴にも一枚かませてやってくれ」
「畏まりました」
次にキムは、地図を机に拡げる。
「さらに、ゲイルの山には銀鉱が眠っておりまする」
「……ふむ」
正直、銀は金に比べて安い。
実際に鉱脈によっては、採算が合わない場所も結構あったのだ。
「驚くなかれ、技師に調べさせたところ、我が侯爵家の既存鉱山の三倍の収益をはじき出せるとの試算が上がっておりまする」
「……ぶっ」
私は思わず葡萄酒を噴きだした。
キムの顔に少しかかってしまい、慌てて布を差し出す。
「すまん、すまん。それはミスリル鉱山も併せてのことか?」
「もちろんでございます。しかも、この三倍という数値は控えめに見積もっております。王宮には是非ともご内密に……」
「お、おう」
これは非常に嬉しい。
我が侯爵家の収入の四割は鉱山関係だ。
……それが、三倍にもなる?
私はドキドキしっぱなしであった。
「あと、アリアス殿に調べてもらったのですが、ゲイルの山には魔石の鉱脈もあるとのこと」
「そうなの?」
魔石は低品質ならば、薪の上位用途。
高品質ならば、城攻めにも使える武器となったのだ。
だが、そのエネルギーの多さに、採掘と加工には細心の注意が必要であり、新規に参入するには技術的に高い壁もあるのも事実であった。
「……で、安全に掘り出せそうか?」
「わかりませぬ」
「まぁ、ほっとくのも勿体ない。予算を幾らかつけてアリアスの爺さんに任せよう」
「それがよろしいかと」
魔石鉱山は当たればデカい。
無視するのはあり得ない。
だが、開発費用もデカいので、まずはコツコツと始めようといったところである。
「あと、蒸留所の件ですが……」
「そんなのあったっけ?」
「はい、ウイスキーという高級酒が販売に至りました。レーベの名産になると良いですね」
「そうかそうか」
その後、キムには領地の細かい報告を受けた。
概ね、領内開発は捗っているようである。
「キムには良い話を聞かせてもらった。この城下にはいい店があるんだ。一緒に行かないか?」
「もちろんです」
私はキムの働きに少しでも報いるため、ネトの街で一番大きな料理屋に出向いたのだった。
戦地なので、舐められないよう立派な服を着用し、護衛も連れて来ていた。
「お邪魔するよ!」
「侯爵様、ようこそいらっしゃいました」
店の主人が恭しく出迎えてくれる。
案内されたのは、三階にある貴賓室であった。
窓からネトの街並みが一望でき、夜景が美しかった。
まずは、温かい山羊乳のスープで胃を温め、アタゴ平原名産の彩り豊かな温野菜を頂く。
さらに、チーズフォンデュを楽しむ。
次は、目の前で川魚の塩焼きを作ってもらった。
そしてメインは骨付き子羊肉のシチューだった。
贅を堪能する為、メインは二人分を頼んである。
私とキムは、地産の銘ワインを片手に、白パンをシチューに浸しながらに、たらふく貪ったのだった。
「お味は、お口に合いましたでしょうか?」
総料理長と名乗る男が恭しく尋ねる。
「ああ。旨かったよ!」
「では、デザートのほうをお持ちしますね!」
……ぇ?
まだあるの?
お腹いっぱいなんだけど。
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