第71話……論功行賞
統一歴566年5月――。
山々には緑が拡がり、穏やかな天気が続いていた。
ネト城の政庁は巨大で、アタゴ平原の豊かさを象徴していた。
城内の謁見の広間は大理石があしらわれ、その豪華さはレーベ城とは比べ物にならない。
私はその豪華な部屋の玉座に座り、捕虜の謁見に臨んでいた。
「くそう! 凶賊シンカーめ! 無念じゃ……」
「この、無礼者!」
捕虜になった督戦将軍トレイバーが私に気勢を吐く。
それを我が軍の副将格のアーデルハイトが窘めた。
「……さて、どうしたものか」
私がこうつぶやくと、下座に列席する地方貴族から怨嗟の声が上がった。
「奴のせいで我々は散々だ!」
「そうじゃ、そうじゃ、我等は重税にどれほど苦しんだか!」
「リルバーン侯爵殿! 奴をぜひ縛り首にしてくだされ!」
彼は皆から恨まれているようだ。
……さて、どうしたものか。
「凶賊シンカーめ! 早くワシを殺さぬか!」
「貴様、黙れ!」
私の代わりにアーデルハイトが怒ってくれて手間が省ける。
ここで、すぐそばに控えるコリンズ辺境伯が発言した。
「我等は全て共和国を裏切りました。ここで督戦将軍だけを処分しては、私の目覚めも悪いのです。……できればご温情を賜りたく」
その発言に一同がざわめくが、辺境伯はこの一帯の盟主格。
彼の発言は場を纏めるのに十分であった。
さらに言えば、ここにきて命乞いをせぬ督戦将軍を私も斬りたくはなかったのだ。
「……よかろう、命は助ける。獄に繋いでおけ!」
「はっ」
今回は調略で費用がかなり掛かっている。
彼は貴重な身代金要員になるだろう。
「……でだ、この城には共和国の巨大な宝物庫がある。ここに収められている莫大な宝物を、ここに列席する諸将で分かち合おうと思う!」
「ぇ? 我等も取り分があるので?」
一人の地方貴族が恐る恐る聞いてきた。
「もちろんだ! 諸侯の働きあってこの城が落ちたのだから!」
「「おお!」」
「流石はリルバーン侯爵殿!」
「我等は王国側について大正解よの!」
この分配案に地方貴族たちは大喜び。
私も逆の立場なら喜ぶに違いない。
「まず、宝物庫において最も明媚を誇った名剣ヒューベリオンを、この度の遠征でもっとも功績ある者に授ける!」
私がこう発言すると、みな誰であろうかとお互い顔を見合わせる諸将。
「功績第一位、アーデルハイト! 前へ出よ!」
「は? ……はっ?」
驚き挙動不審になるアーデルハイト。
まさか自分であるとは思わなかったようだった。
だが、万雷の拍手に包まれ、照れを隠しながら彼女は私の前へ進み出た。
「アーデルハイト。此度の遠征にて、前線での槍働きのみならず、後方の輜重管理でも功績第一。これからも頼むぞ!」
「ははーっ!」
このような儀式。
私のような傭兵上がりには大した価値はないが、貴族家においては子々孫々に語り継がれるほどの最大の名誉であったのだ。
私は今までの感謝を表すために、この大舞台において、アーデルハイトを選んだのであった。
ちなみ勲功第二位は、督戦将軍を捕えたモミジ。
勲功第三位は、後方で輜重輸送を黙々と努めているスタロンとしたのであった。
その後――。
私は戦勝祝賀会を盛大に行った。
アタゴ平原の山海の珍味がこれでもかと並び、美しい舞姫たちも多数動員。
まぁ私は、地方貴族たちの挨拶攻めに遭い、ほとんど食べられなかったのだが……。
◇◇◇◇◇
城主の部屋――。
机の上に置いた、小さな燭台だけが辺りを照らす。
私は宴席が終わった後。
コリンズ辺境伯を呼びよせた。
「辺境伯殿、此度のご加勢誠に痛み入る」
「……いえいえ、こちらこそ寛大なご処置。感謝に絶えません」
「辺境伯殿には、引き続きこの城を治めていただき、周辺の諸将を率いて頂きたい」
「……ま、誠ですか?」
確かに、地方貴族達には知行安堵を約束した。
だが、コリンズ辺境伯は先日降ったばかり。
彼は当然のことながら、処罰があると思っていた様であった。
「女王陛下には取り成しておきますゆえ、これからも頼みまするぞ!」
「はっ! この御恩、末代までも忘れません!」
辺境伯は御礼として、毎月の贈り物を約束。
彼と暫し葡萄酒を酌み交わし、歓談した後で別れたのであった。
◇◇◇◇◇
辺境伯が帰った後。
私は疲労で机に突っ伏していた。
部屋にいるのはアーデルハイトのみ。
尚、ナタラージャは城下の見回りに出ていた。
皆、働き者だなぁ……。
「アーデルハイトもさがって休んでいいぞ!」
私はだらしなく鼻をほじりながらにそう言った。
もう堅苦しい儀式や、宴会でグッタリだ。
堅苦しい総大将とか勘弁してほしい……。
最近たまに、気楽な一兵卒に戻りたくなる時があるのだ。
「元帥……、私はまだ、ご褒美を頂いておりませぬが?」
「ぇ~? なんとかっていう名剣あげたじゃん??」
私は駄々っ子の様にそう言った。
それを聞いた彼女は、疲れた私の肩を揉みながら、耳元でささやいてくる。
「元帥……、私を朝まで可愛がってくださいまし……」
「……!?」
後ろをコッソリ振り返ると、頬を赤らめる彼女は、いつの間にか薄絹の衣装に着替えている。
私は剛勇で鳴る彼女と、戦場に赴く決意を固めたのであった。
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