第69話……謀略の徒、シンカー。
オーウェン連合王国軍。
リルバーン侯爵部隊の本営。
「ご注進! ご注進!」
前線から伝令がやって来る。
伝令の話によると、我が王国軍主力は寡兵ながら優勢に戦いを進めているようだった。
だが、敵主力を敗退させたというまでには至っていないようであった。
出来れば主力部隊が勝ってから動きたい。
であるが、ここから二日の高地に、周辺貴族たちが出張ってきているのも確認できていたのだ。
「出陣したいと思うが、皆はどう思う?」
私は皆に出陣の可否を問うた。
このまま陣に引き籠り続けるのは、敵を勢いつかせる恐れがあったからだ。
「正気ですか? 相手は報告によれば一万二千。お味方は五千ですぞ!」
リルバーン家に古くから仕えるモルトケが反対する。
この意見には多くの家臣たちが賛同した。
「そうです。もし負ければお味方の補給線が途切れかねません」
家宰で副将格のアーデルハイトも反対する。
たしかに、私が守っている陣地は味方の補給線をも警戒する役目を担っていたのだ。
この砦を手堅く守れば補給線は安泰かもしれない。
だが本来の私の部隊の役目は、この地域を占領する事であったのだ。
「ナタラージャはどう思う?」
「はっ! 私は如何に不利であろうと、敵を破れと言われれば従うまでにございまする!」
「……ふむう。概ね反対の者が多いか。とりあえずは防備に徹しよう。濠を深くし、柵を多く設けよ」
「はっ」
私は家臣たちの意見に反論する材料もなく、とりあえずは静観することに決めたのであった。
◇◇◇◇◇
二日後――。
数に勝る敵が押し寄せて来るかと思えば、高台に籠ったままだという。
そんな時、エクレアが帰ってきた。
「敵情はどうであった?」
「兵たちにまるでやる気がありまえぬ。戦えば十中八九は勝てるかと」
「……ほう。もっと状況を詳しく述べよ」
「はっ」
エクレアから聞くに、敵の主力は農兵で装備は劣悪。
しかも、老人や子供までかき集めてきているとのことだ。
指揮官階級にまでやる気がないらしい。
「ナタラージャ、偵察に出る。ついて来い!」
「はっ!」
私はコメットに跨り、敵陣が見える場所まで駆けた。
エクレアは味方になったばかり、その言葉を素直に信じるのは早計だったからだ。
そして遠眼鏡で敵陣をつぶさに観察した。
「どうやらエクレアの言っていることが正しそうだ」
「なぜです?」
「敵の旗を見よ。立て方がまるで成っていない。幕舎も柵もまるで素人の仕業だ」
「そうですか? 私にはわかりませんが」
ナタラージャは分からないようだが、私は戦場にて、やる気のない者たちとも共に戦ったのだ。
その経験から、旗の持ち方、柵の立て方ひとつで、敵の戦意が読み取れたのだった。
私は陣に帰ると、部下を招集。
意見を聞かずに命令した。
「全軍出撃! 遅れをとるな!」
「はっ!」
意外なことに味方は素直に命令を聞いてくれた。
私の部隊は二日の行軍を経て、敵が籠る高地の下に布陣したのであった。
そこまで近づいても敵に動きは無かった。
だが、守りは固めているようで、むやみに攻めると被害が出そうであった。
◇◇◇◇◇
フレッチャー共和国軍。
コリンズ辺境伯の本営。
「辺境伯様! 敵がすぐそこまで迫っていますぞ!」
「決して打って出るな! 守りを固めろと伝えよ」
「はっ」
コリンズ辺境伯個人に戦意が無かったわけではない。
むしろ、戦えば気が楽になったに違いない。
だが、彼の指揮下の兵士と敵の兵士では、練度と士気が天と地ほどの差があったのだ。
まともに戦えば負ける。
彼にとって、とり得ることにできる作戦は陣に籠ることだけだったのだ。
……高台の陣に籠れば勝機は見える。
彼は我慢したつもりだった。
だが、王国軍は奇妙な作戦に出てきた。
「アタゴ平原の地方貴族の方々! 我等は貴方がたと戦う気はござらぬ! 打つべきはトレイバー督戦将軍のみ! 早々に退去なされよ、追撃は致さぬ!」
王国軍は槍刀の戦を選ばず、大声による語り掛けを行ってきたのだ。
「辺境伯! どうなさいます?」
側近が顔面蒼白し、コリンズ辺境伯に問う。
「……ぬ、ぬかったわ。奴らは我々の想像を超えた難敵であったわ!」
コリンズ辺境伯の悪い予感は当たり、味方の地方領主たち続々と山を降りたのだった。
その様子を見て、督戦将軍のトレイバーが辺境伯を問い詰める。
「……な、何とかせぬか!? 味方を束ねるのが辺境伯のお役目ぞ!」
「それが出来れば苦労はございませぬ。この戦に勝ち目はござらぬ。我等も早々に撤退すべきでござろう……」
「う、うぬぬ……」
この夜。
さらに多数の脱走兵が続出。
それを見たコリンズ辺境伯とトレイバー督戦将軍は、僅かな手勢を連れて高台から逃げ延びたのだった。
「今に見ておれ!」
トレイバー将軍はそう吐き捨てる。
……が、彼が逃げる途中。
街道脇の茂みから多数の矢が撃ち込まれた。
「……う、ぐっ!」
無数の矢が彼の馬に刺さり、彼自身も矢を受けて倒れ込んだ。
そして彼は、モミジという小柄な将の捕虜となったのだった。
「勝鬨!」
「えいえいおー!」
リルバーン侯爵率いるオーウェン連合王国軍は、戦うことなくフレッチャー共和国軍に勝利。
高台に蓄積されていた膨大な物資の鹵獲に成功したのであった。
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