第68話……アタゴ大平原の地方領主たち

 統一歴566年4月――。

 フレッチャー共和国アタゴ大平原の中心地であるネト城政庁。


 共和国本国から派遣されていたトレイバー督戦将軍は、城主であるコリンズ辺境伯にイラついていた。

 このコリンズ将軍は地方名士であり、周辺の地方領主たちの盟主格でもあった。


「辺境伯殿! 敵の王国軍は五千に満たないのですぞ! すぐに出陣して蹴散らしましょう!」


「しかし、我らが主力兵は本国のカリバーン城へ送り出しております。今、諸将が率いるのはかき集めた農兵ばかり。とても戦えと命令するのは厳しいかと……」


「その農兵が一万もいるのです! 戦において数は絶対。それに敵は遠路はるばる侵攻してきたのです。それを討たずして貴族が名乗れましょうや!?」


 共和国において民衆に選ばれた執政官は絶対的存在。

 その代行者である督戦将軍であるトレイバーの意見を否定するのは、共和国に対する忠誠を疑われる行為であったのだ。


「わかりました。各地方領主に出陣を下知いたします」


「うむ! それでこそ共和国の貴族というもの! 敵を蹴散らしましょうぞ!」


 こうして、アタゴ地方の共和国軍は、城の防備に三千の兵を残し、地方領主たちの兵も併せ一万二千の兵で、国境境にいる王国軍めがけて出陣することとなったのだった。




◇◇◇◇◇


 ネト城から出陣の三日後。

 コリンズ辺境伯率いる一万二千はとある高台に陣を敷いた。


「辺境伯様、本国の本隊が王国軍の本隊を破るまで、我等は城に籠っていた方が良いのではないでしょうか?」


「左様、左様。主力同士の決戦で敵を破ってからの方が、敵の戦意は落ちるはず。そこを一気に襲うべきなのです!」


「我等の主兵を抽出した本隊八万の相手は、僅か一万五千の敵。負けるはずはございませぬ!」


 アタゴ平原の地方領主たちがコリンズ辺境伯に、異口同音に不戦を唱える。

 ここアタゴ平原の地方領主たちは、共和国の本国から遠いこともあり、自立性の強い貴族たちだったのだ。


「わかった、わかった。主力同士の趨勢が決まるまで、この台地から動かぬようにしよう。皆も安心してくれ」


「頼みましたぞ!」


 このコリンズ辺境伯。

 地方領主たちに慕われる人徳の人であったが、その人当たりの良さの反面、勇猛果敢な将といった感じではなかった。


 その翌日。

 今度はトレイバーと督戦将軍がやってきた。


「敵は僅か五千。我等の三分の一ですぞ! なのに何故我等は、敵に怯えるように高台に籠っているのですか?」


「……いや、まあ、トレイバー殿。落ち着かれよ。今、敵の将であるシンカーとやらに、腕利きの刺客を放っており申す。敵将を失った敵は必ず潰走するはず! そこを襲えば必勝間違いござらぬ」


「そ、そうか。速やかに敵を撃破してくれよ? 某の出世が掛かっておるからの。頼みもうすぞ!」


「お任せあれ」


 共和国の本国は栄えていたが、それはこのアタゴ平原をはじめとした地方に、毎年重税を課していたからであった。

 それもあって、地方の共和国軍の将兵の厭戦気分は酷く、農地を心配する脱走兵が出ないようコリンズ辺境伯は気を配った。

 在地の下級貴族にとっては、王国と共和国はどちらが味方でも良いというくらいの惨状であったのだ。




◇◇◇◇◇


 国境境の王国軍陣地。

 リルバーン侯爵家の本営。


 赤毛の暗殺者が、私の前に引き立てられていた。


「其方、名は?」


「……エクレア」


 驚いたことに暗殺者は名を話した。

 偽名かもしれないが……。


「誰の命令で襲ってきたのだ?」


「それは死んでも言えぬ!」


「……だろうな」


 私が逆の立場でもそうだ。

 雇い主を言えば、自分の縁者にも害が及ぶ。


「金で雇われたのか?」


「……そうだ」


 私も傭兵時代は金で動いた。

 食わねば、名誉どころではないからだ。


「では、いくら払えば私につく?」


「……は?」


 女暗殺者はきょとんとした。

 暗殺者は捕まれば間違いなく殺されるからだ。


「いくら欲しい?」


「一月、金貨50枚」


 この回答に私も、傍にいたアーデルハイトも驚く。

 暗殺者を雇ったことがないからわからないが、この高額請求はありえないだろう。

 凡そ今の日本円にして、500万円ほどの月給が欲しいとのことだったのだ。


「お前は馬鹿か? 生かされるだけでもありがたいとは思わぬのか? 今、我が主の不興を買えば殺されかねないのだぞ!」


 アーデルハイトが厳しく詰問する。


「思わぬ! 我が里はアーバタ病の地。働けるものが稼がねば、里全体が飢えて死に絶えてしまう!」


「……!?」


 アーバタ病。

 生まれながらに顔が醜く爛れる病気。

 その外見から極めて忌み嫌われ、多くが隠里に捨てられることになる。


 原因は呪いのせいだとか、魔力のせいだとも言われる。

 病が進むと筋肉や臓器をも犯し、寝たきりになる怖い病であった。


「つまり、皆の生活費のために、その金額が必要だと?」


「左様」


 女暗殺者はそれだけ吐き捨てると、好きにせよといった感じで俯いた。


「わかった。ひと月に金貨50枚を遣わす。我がリルバーン侯爵家の為に励め!」


「……ま、誠ですか!?」


 私の回答に女暗殺者だけでなく、アーデルハイトまで驚いた。

 ……やばい、また我が家の金庫番を敵に回した気がするなぁ。


 だが、ここは戦場。

 私はすぐに頭を切り替える。


「……でだ、エクレア。早速に仕事だ。急ぎ周囲の敵情を探って参れ!」


「はっ!」


 女暗殺者は、音もなく私の前から去っていったのだった。

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