第67話……副王ドメル

 統一歴566年3月中旬――。


 オーウェン連合王国は一万五千の兵を発し北上した。

 それと同時にケード連盟も副王ドメル率いる一万五千の兵を南下させ、ジフの地に駐留するフレッチャー共和国軍を挟撃したのであった。


 ジフの地には防衛に適した要害もなく、共和国軍は堪らず逃走。

 こうしてさしたる障害もなく、ジフの地は奪還されたのであった。


「我等は急ぐ故、オーウェン連合王国の軍は後からゆっくり参られよ!」


「……な、何を!?」


 この挑発にも似たドメルの発言に、王国の若い貴族たちは発奮。

 両軍は競い合うように東進、共和国の巨大穀倉地帯として有名なアタゴ平野に侵入したのであった。


「進め!」

「掛かれ!」


 両軍は国境沿いの共和国の砦を蹂躙。

 その地で幕舎を張り、作戦の大綱を定めるべく軍議を開いたのであった。




◇◇◇◇◇


 オーウェン連合王国軍本営の大幕舎。

 ここにオーウェン・ケード連合軍の諸将が集まっていた。


「まずは我がケード連盟軍が南下、いずれ来るであろう共和国の本隊と戦う。周辺地域の占領はオーウェンの皆様方に任せようと思う」


 今回のケード連盟の総大将、ドメルはそう言い放った。

 それに対し、王国の諸将は反発する。


「何を仰るか!? そもそも貴公らはそもそも援軍。主体は我等がオーウェンですぞ!」


「……では、役割を交換なさるかな?」


 このドメルの発言に王国軍の諸将は押し黙る。

 いかに平和ボケしているとはいえ、共和国軍の兵力は強大。

 ケードの強兵なしには、到底野戦での勝利は望めなかったのだ。


「副将殿の意見を賜りたい!」


 私は王国若手の貴族にそう促される。

 そう、今回の王国軍の副将はこの私であったのだ。

 豪胆で鳴るオルコック殿の上座に座るのには未だなれないが……。


「さすれば、わが手勢五千で周辺地域の占領を致そう。それ以外の軍は南下するというので如何でござろう?」


「お、おう。それは良い!」


 この私の意見に王国軍の諸将は喜んで同意。

 会議は決し、総大将である女王陛下の許可も得、この方針で共和国と戦うことになったのであった。




◇◇◇◇◇


「……では、オルコック殿。陛下をたのみまするぞ!」


「お任せあれ!」


 私は南下する主力軍二万五千と別れ、この地に残った。

 周辺の辺境貴族達を討伐するためである。


「……さて、のんびりするか」


 そう言う私に、ナタラージャが不安そうに聞いてくる。


「元帥! 周辺貴族を討伐せぬのですか?」


「ああ、今はしない」


「訳をお聞かせください」


 アーデルハイトも聞いてきたので、しかたなく説明することにした。


「今、敵の周辺の在地領主たちは、昔からの共和国の家臣ではない。きっと我等が有利となれば態度を変えるであろう。それまで待つのだ」


「我等の主力が敵との決戦に勝てると?」


「……ああ」


「負けた場合は?」


「ここで、味方の退路を確保する。心配するなアーデルハイト」


「申し訳ございません」


 敵におとる戦力で、敵地に布陣することに不安を覚えるアーデルハイト。

 その見識は正しい。


 私も正直怖いのだ……。

 だが、今回の私は王国軍全体の副将。

 自分を偽って、余裕があることを皆に見せつけなければならなかったのだ。



 それから二日後――。

 私の元に伝令がやってきた。


「ご注進! ご注進!」


「どうした?」


「我等、連合軍の本隊。敵の本隊と会敵とのことにございまする!」


「……して、敵の数は?」


「八万とのことにございまする!」


「……八万だと?」


 兵力差は感じていたが、まさかここまでとは。

 この報を聞いた兵たちがざわつく。


 ……まずいなぁ。

 極めて不味い。


「アーデルハイト!」


「はっ」


「この地に砦を築く。至急兵たちに用意させよ!」


「畏まりました」


 余裕を見せるために簡易の陣つくりをしていたが、裏目に出たと言えよう。

 もはや猶予はない。


「ナタラージャ!」


「はっ」


「斥候を増やせ! 竜騎士をも使って索敵範囲を拡大させよ!」


「畏まりました」


 肝心な場面で、頼りになるスタロンがいない。

 彼には今、本国からの輜重隊の護衛役を任せていたのだった。




◇◇◇◇◇


 月の明るい晩。

 兵たちが夜も徹して砦建築を急ぐ中。

 私は幕舎にて休息をとっていた。


「……ふう、少し寝るか」


 書類仕事を片付け、蝋燭の灯を消す。

 闇夜の中、疲れた体に毛布を被せた瞬間だった。


 カキーン!


 白刃が私の首筋を襲う。

 寸前のところで、名工が造った籠手で受け止める。


 相手は黒ずくめの衣装で、顔を隠していた。

 ……敵に雇われた暗殺者か!?


「何奴!? 出会え!」


「……」


 私は飛び起き、敵の二の太刀を躱す。

 そして愛剣を抜き放ち、敵の三の太刀をはじき返した。


「誰だ貴様!?」


 私の声を聞きつけ、幕舎に入ってきたのはナタラージャ。

 彼女の剣が暗殺者を襲う。


 暗殺者は不利を悟り、逃げようとしたが、その足にポコリナが嚙みついた。

 敵が怯んだ隙に私が当て身をする。


 ズサッ!

 暗殺者は地面に倒れ込む。


「殺すな! 生かして捕えよ!」


 騒ぎを聞きつけ、衛士たちが集まってきた。

 暗殺者は捕えられ、縄で縛り上げられた。


「殺せ!」


 そう叫ぶ暗殺者の覆面をとると、赤い髪の女の顔が現れたのであった。

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